第百三十八話 女の原罪・姦

『哀れな女性だ。自分のルーツが分からないということがこれほど哀れなものなのか・・・・』
小椋容子の夫である小椋亨も、五郎と同じ想いだった。
『小椋卓は、宇都宮ユキを手篭にした結果、容子が生まれた・・・』
亨の脳裏にはっきりとした映像が浮かんでいる。
『小椋容子に、複数の男が交わった結果、娘の祥子が生まれた・・・』
亨の脳裏は真白だった。
『娘の祥子は、・・・再び手篭にされて・・・・』
もう一人の亨が叫んだ。
『お前、何を妄想しているんだ!』
小椋亨は、現実と妄想の区分けができなくなっていた。
横で様子を見ていた五郎が、再び「カスケード」を開いた。
“Cascade 118 姦通の女
イエスが朝早く、神殿の境内に入られると、民衆が皆、御自分のところにやって来たので、座って教え始められた。
そこへ、律法学者たちやファリサイ派の人々が、姦通の現場で捕らえられた女を連れて来て、真ん中に立たせ、イエスに言った。
「先生、この女は姦通をしているときに捕まりました。こういう女は石で打ち殺せと、モーゼは律法の中で命じています。ところで、あなたはどうお考えになりますか」
イエスを試して、訴える口実を得るために、こう言ったのである。
イエスはかがみ込み、指で地面に何か書き始められた。
しかし、彼らがしつこく問い続けるので、イエスは身を起こして言われた。
「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい」
そしてまた、身をかがめて地面に書き続けられた。
これを聞いた者は、年長者から始まって、一人また一人と、立ち去ってしまい、イエスひとりと、真ん中にいた女が残った。
イエスは、身を起こして言われた。
「婦人よ、あの人たちはどこにいるのか。だれもあなたを罪に定めなかったのか」
女が、「主よ、だれも」と言うと、イエスは言われた。
「わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい。これからは、もう罪を犯してはならない」”

容子は、亨と結婚してからは貞操をよく守ったと言える。
逆に言えば、独身の頃の自堕落さは際限がなかったとも言える。
『わたしは、不義密通の罪は犯していない!』
自分に言い聞かせるのだが、何か空しさが襲って来る。
空しさとは、この世的に言えば、罪意識と言ってもよい。
釈迦は、現世的苦悩を紛らわすために、「空」の概念を編み出した。
イエスは、現世的苦悩を紛らわすために、「愛」の概念を編み出した。
モーゼやムハンマドは、現世的苦悩を紛らわすために、「戒め」の概念を編み出した。
女は、現世的苦悩を紛らわすために、「姦」の概念を編み出した。
現代を除いて、宗教の開祖、教祖で女性はいない。
ボッチェリは、その著「カスケード」で言う。

“姦通とは本来、女性から男性に性行為を要求することである。
「姦」という言葉は、"Adultery"であり、古代ローマ語であるラテン語の、"Adulescere"をその語源としており、"Adult(成人、成虫)"は、"wasp(体が細くて腰がくびれた女王蜂)"と同義語である。
女王蜂が、複数のオス蜂(働き蜂)に性行為を要求することから、姦通という言葉が生まれた。
人間社会では、性行為を要求するのは男性の方からだと思われているようだが、これは大きな誤解であり、性行為を要求するのは女性からだとするのが本来の姿である。
ローマ帝国の五賢帝の時代に、「姦通」の概念が、男性から女性に要求するものに変形してしまったのだが、悪名高いカリギュラ帝の時代では、一般民衆の間では、女性からの強要の姦通が日常茶飯事であった。
アマゾネス社会が古代ローマ時代の社会を髣髴させる遠因が、この常識の反転にあることを見逃してはならない。
男性社会が登場する背景に、この反転現象があったことが極めて重要な要因である。
これからしばらくの間は、男性社会が続くであろうことは予測に難くない。
しかし、そうだからと言って、人間社会の根本に女性があることには何ら変わりはないのである。
世界は、論理とその破壊を続け、いつしか原点に戻る時期がやって来る。
その時、真の人間社会が到来する。”