第百三十七話 哀れな女

「わたしは一体誰の子なんでしょう。そして、わたしが生んだ子は、一体誰の子なんでしょう。わたしは自分の父が誰だかわからない。そして、わたしの子は誰が父なのかわからない・・・」
五郎は思った。
『哀れな女性だ。自分のルーツが分からないということがこれほど哀れなものなのか・・・・』
人間以外の生き物は、たとえ子供を妊娠しなくても、性行為のあった相手から烙印を押されていて、違う相手との性行為によって妊娠した際にも、今まで性行為した相手の全情報が生まれてくる子供に引き継がれる。
子供を産んだ後、父親は家族から離れて一人で生活をするのが常識なのは、オスとしての責任は、母親が子供を妊娠するまでのことで、子供を産んだら、オスは御用済みとなるのである。
父親が誰であるのか、母親にとっても、生まれて来る子供にとっても関係ないのである。
しかし、人間の場合だけは、母親が子供を産んだ後も、父親も一緒に生活をする習慣ができてしまった。
しかしこのような習慣が誕生したのも、今からおよそ5千年前のことであって、この程度の記憶はDNAの浅薄な部分にしか刻まれていない。
しかし、それ以前の人類の記憶は、最低でも50万年もの永きに亘っていて、父親の存在観はまったくと言っていいほどない。
5千年対50万年では、勝負にならない。
血縁関係における重石の程度は、男と女では1対100というわけだ。
容子の例は、人間として極めて珍しいものだが、一般の動物では日常茶飯事である。
五郎と亨が、最後には男つまりオス同士の了解で収まったのも、突き詰めてみれば、当たり前のことなのだった。
烙印を押されるのは結局はメスなのである。
『哀れな女性だ。自分のルーツが分からないということがこれほど哀れなものなのか・・・・』
小椋容子の夫である小椋亨も、五郎と同じ想いだった。