第百三十六話 Cascade226 過ち

「『カスケード』という一冊の本が、人間の性を紐解いてくれようとしているだけさ」
五郎の言葉で昔の父とのことを思い出していた容子は、大学時代に「マルクス研究会」で五郎に言ったことが脳裏に浮かんだ。
「デカルトやライプニッツ、カント、ヘーゲル、そしてマルクスの世界は、わたしにとっては、何の魅力もないものになってしまったわ・・・」
容子は五郎に吐き捨てるように言った。
「わたしはボッチェリの世界に魅力を感じているの・・・」
『確かに、フランスやドイツで誕生した近代哲学は、砂を噛むような味気なさを感じたし、ギリシャ哲学のように二千数百年前のものとは思えない水々しさも感じられなかった・・・それに対してボッチェリの考え方は、イエスが民に語りかけたような平凡さがあるのが魅力ではあった・・・しかしそれは・・・』
思い出す度に、首を横に振って忘れようとするのが、容子の30数年間の癖となっていた。
五郎は、容子がボッチェリのことを思い出しはじめていることを確信した。
イエスとボッチェリが時空間を超えた糸で繋がっていることを確信した。
そして、「カスケード(下)」を徐に開いた。
そこに何が書かれているのか、五郎は知る由もないが、偶然であっても開けられた処が、必然の入り口であると確信した。

“Cascade 226 過ち
わたしの兄弟たち、あなたがたのうち多くの人が教師になってはなりません。
わたしたち教師がほかの人たちより厳しい裁きを受けることになると、あなたがたは知っています。
わたしたちは皆、度々過ちを犯すからです。
言葉で過ちを犯さないなら、それは自分の全身を制御できる完全な人です。
馬を御するには、口にくつわをはめれば、その体全体を意のままに動かすことができます。
また、船を御覧なさい。
あのように大きくて、強風に吹きまくられている船も、舵取りは、ごく小さな舵で意のままに操ります。
同じように、舌は小さな器官ですが、大言壮語するのです。
御覧なさい。
どんなに小さな火でも大きい森を燃やしてしまう。
舌は火です。
舌は「不義の世界」です。
わたしたちの体の器官の一つで、全身を汚し、移り変わる人生を焼き尽くし、自らも地獄の火によって燃やされます。
あらゆる種類の獣や鳥、また這うものや、海の生き物は、人間によって制御されていますし、これまでも制御されてきました。
しかし、舌を制御できる人は一人もいません。
舌は、疲れを知らない悪で、死をもたらす毒に満ちています。
わたしたちは舌を、父である主を賛美し、また舌で、神にかたどって造られた人間を呪います。
同じ口から賛美と呪いが出て来るのです。
わたしたちの兄弟たち、このようなことがあってはなりません。
泉の同じ穴から、甘い水と苦い水がわき出るでしょうか。
わたしの兄弟たち、いちじくの木がオリーブの実を結び、ぶどうの木がいちじくの実を結ぶことができるでしょうか。
塩水が甘い水を作ることもできません。”

五郎の話が終わると、容子が独り言のように喋りはじめた。