第百三十四話 Cascade(Annex)

「五郎さん、あなた、一体わたしに何を言いたいの?」
容子の性格が露呈した。
ふたりのやり取りに呆然としている亨だったが、五郎が余りにも冷静な態度でいるのに、安心感を持ったようだ。
自分の女房が動揺しているのに、彼女と対峙している五郎が冷静でいることに安寧状態でいられる自分に不思議さを感じるのだった。
『彼と筍亭で話をしなかったら、こんな風には落ち着いてはいられなかっただろうなあ・・・』
『心なんて、どうにも変わるものなんだ。まさしく変幻自在とは、己の心のことであり、不幸な気持ちなんて、いい加減なもんだ!』
内なる囁きなど、今までの自分の人生で聞いた経験など皆目なかったと錯覚してきた亨にとっては、所謂現実の事態よりも重要な問題に思えてならなかったのである。
五郎は、容子と同じ土俵に上ることは命取りになることを、32年前の辛い経験から学んでいた。
楽しい経験から一生を決定するような教訓を学ぶことは決してないが、辛い経験から学ぶことは多い。
『いま、幸せだ!』と思った瞬間に、絶望の断崖に立っているのだ。
『なんて、不幸なんだ!』と思った瞬間に、絶望の断崖から振り向き直して、希望の田園に向かって一歩を踏み出しているのだ。
32年前の五郎と亨のふたりは、小椋容子という絶望の断崖に立っていたのだが、断崖は五郎に背を向け、亨に笑顔を見せたのだ。
そのお釣が、32年間の不惑との葛藤であった。
亨のこの期に及んでの気持ちは、32年間の集大成であった。
五郎は再び、「カスケード」を開いた。

“Cascade 3 誘惑
イエスは悪魔から誘惑を受けるため、霊に導かれて荒れ野に行かれた。
そして四十日間、昼も夜も断食した後、空腹を覚えられた。
すると、誘惑する者が出て来て、イエスに言った。
「神の子なら、これらの石がパンになるように命じたらどうだ」
イエスはお答えになった。
「『人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる』と書いてある」
次に、悪魔はイエスを聖なる都に連れて行き、神殿の端に立たせて、言った。
「神の子なら、飛び降りたらどうだ。『神があなたのために天使たちに命じると、あなたの足が石に打ち当たることのないように、天使たちが手であなたを支える』と書いてある」
イエスは、「『あなたの神である主を試してはならない』とも書いてある」と言われた。
更に、悪魔はイエスを非常に高い山に連れて行き、世のすべての国々とその繁栄ぶりを見せて、「もし、ひれ伏してわたしを拝むなら、これをみんな与えよう」と言った。
すると、イエスは言われた。
「退け、サタン。『あなたの神である主を拝み、ただ主に仕えよ』と書いてある」
そこで悪魔は離れ去った。
すると、天使たちが来てイエスに仕えた。
イエスは、ヨハネが捕らえられたと聞き、ガリラヤに退かれた。
そして、ナザレを離れ、ゼブルンとナフタリの地方にある湖畔の町カファルナウムに来て住まわれた。
それは預言者イザヤを通して言われていたことが実現するためであった。
「ゼブルンの地とナフタリの地、異邦人のガリラヤ、暗闇に住む民は大きな光を見、死の陰の地に住む者に光が射し込んだ」
そのときから、イエスは、「悔い改めよ。天の国は近づいた」と言って、宣べ伝え始められた”

容子は、ふたりの視線を避け、じっと下を見ていたが、五郎の話が終わると、彼を睨みつけた。
その形相はまるで悪魔の天使のようであった。
『「カスケード」だ!』
奇せずして、五郎と亨のふたりの男が、同じ想いを持ったのである。
「おふたり揃って、一体わたしに何の用かしら!」
ほくそ笑むような顔つきで容子は、五郎と亨のふたりを向こうに回して対決する姿勢である。
「『カスケード』という一冊の本が、人間の性を紐解いてくれようとしているだけさ」
五郎は淡々と喋っている。
五郎が言った『カスケード』という言葉で、容子は30数年前のことを思い出した。