第十三話 発つ陸奥・平泉

雄仁が平泉を発つ日がやって来た。
支度が済んだ雄仁が荷物を持って玄関に出ると、今屋の人たち全員が、見送りに出てくれた。
しかしその中に、今屋の主人とお升の姿は見えなかった。
「みなさん、長い間お世話になり、ありがとうございました」
深々と頭を下げる雄仁の姿を見て、泣き出す女中がいた。
泣き声が聞こえる方に目をやると、はじめて今屋の前に立って、思案にくれていたときに出会った、丁稚風の少年と、番頭格の男がそこにいた。
すっかり彼らのことを失念していた雄仁は、己の身勝手さに対して自責の念にかられた。
みんなに見送られて、今屋の玄関を出ると、何とそこにいたのは、交番の警官であった。
「本官が、平泉の駅まで同行します」
警官の帽子をきっちり被って、敬礼をして見せた。
玄関先まで、店の人たちが出てきて見送ってくれた。
彼らの視線を背中に感じながら、雄仁は警官に囁くように言った。
「また例のところで一休みしませんか?」
警官は、直立不動の姿勢で敬礼して雄仁に言った。
「そりゃあ、ありがでえこっだ!」
束の間の2時間を、平泉の思い出に残して、雄仁は駅に入った。
警官は、涙を流しながら、ずっと敬礼したまま立っていた。
駅のプラットホームに入ると、そこにお升と今屋の主人が、雄仁の来るのを待っていた。
「なんだって!」
雄仁は二人の様子を見て仰天した。
二人は腕を組んで、雄仁に向かって手を振っている。
「あんだ、よぐ見だか?」
「平岡さん、よく見ておきなさいよ?」
二人とも微笑ながら言った。
「これはどういう意味でしょうか?」
雄仁は今屋の主人に訊ねてみた。
「お升は、わたしの家内です」
「ええ、何ですって!」
雄仁は一瞬、二人から飛ぶようにして引き下がった。
「このひどは、わしの旦那だで!」
お升が最初に、「あんだが探している藤原一郎さんで方は、うじの旦那さんだべ」と言ったときの「旦那」とは、店の旦那ではなかったのだ。
そして、お升と今屋の主人に挟まれて一緒の布団に寝たのは、雄仁が二人の寝床に勝手に侵入したのだった。
真っ赤な顔をして二人に深々と頭を下げる雄仁は、やっと幻想の世界から解放された。
その瞬間(とき)、ホームに東京行きの汽車が入ってきた。
「いろいろとお世話になりました」
列車の中から、雄仁は二人に礼をして言った。
お升と今屋の主人は、嬉しそうにどこまでも手を振っていた。
窓を閉めて、「フッ」と溜め息をついた雄仁が席に座った。
「何だって!」
またまた仰天する雄仁は、今までのことが幻想ではなくて、現実であったことを思い知るのであった。