第百二十九話 葡萄畑(カスケード)

「それは、わたしがこれから書く真理の書で、お答えしましょう」
ミラノ公に、大見栄を切ったパスティールは、ラテン語で書かれた聖書を先ず入手した。
新約聖書は、ローマ帝国の公用語である古代ギリシャ語で4世紀から5世紀に亘って書かれた。
1455年にグーテンベルグによって活版印刷が発明されるまでは、古代ギリシャ語で書かれた新約聖書は、修道士の手で筆写されていたために、数は極めて限定されており、非常に高価なものであったが、活版印刷が発明されることによって、安価で一般大衆の手に入るようになっていた。
葡萄園を営むパスティールにとっても、聖書を読みたくても、手に入り難い代物であったのだ。
マルチン・ルターによって為された宗教革命の背景には、活版印刷の発明によって、古代ギリシャ語以外の言語、つまりラテン語、フランス語、英語そしてドイツ語の聖書が世に出たことが、一般大衆のルターへの支持基盤となったことを見逃してはならない。
一通り聖書を読んだパスティールは失望した。
『十字架に架けられても、自説を曲げなかった人物が、このようなことを言う筈がない・・・』
パスティールの生まれ持っての洞察力が、聖書の行間に浸透していく。
新約聖書の序章は、「マタイの福音書」である。
イエスの十二人の使徒の一人であるマタイによる口述伝書だ。

“イエス・キリストの誕生の次第は次のようであった。
母マリアはヨセフと婚約していたが、二人が一緒になる前に、聖霊によって身ごもっていることが明らかになった。
夫ヨセフは正しい人であったので、マリアのことを表沙汰にするのを望まず、ひそかに縁を切ろうと決心した。
このように考えていると、主の天使が夢に現れて言った。
「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」
このすべてのことが起こったのは、主が預言者を通して言われていたことが実現するためであった。
「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。
その名はインマヌエルと呼ばれる」
この名は、「神は我々と共におられる」という意味である。
ヨセフは眠りから覚めると、主の天使が命じた通り、妻を迎え入れ、男の子が生まれるまでマリアと関係することはなかった。
そして、その子をイエスと名付けた”

『これは一体何を象徴しているのか?』
パスティールは窓外の葡萄園を眺めていた。
シエナの葡萄園は、険しい丘陵地にあって、最上段から最下段まで100m近い落差がある段々畑の様相である。
古代エチオピアのシバの女王の出身地は、紅海を挟んだアラビア半島の先端にある、イェーメンの国である。
太い長靴の形をしたアラビア半島は、足首以上は平坦な砂漠であるが、甲の部分は、まさに足形と同じで、標高2000m以上もある台地である。
イェーメンはまさに足の甲の部分に当たる地であり、昔から急な勾配の所にある段々畑で葡萄をつくっていた。
その様相は、何段にも亘る滝の姿を髣髴させるところから、「カスケード」と称せられていた。
段々畑の葡萄園を眺めていたパスティールは呟いた。
『「カスケード」だ!シバの女王がソロモンに大神殿の建築を薦めた原点は、イェーメンの「カスケード」という葡萄畑だったのだ!そして、シバの女王こそ、「カスケード」だ!ソロモンとシバは、アダムとイヴを原点に置いた、人間の根源を示唆した言葉だったんだ!』
一枚の紙に、「カスケード」とパスティールはイタリア語で書いたのが、その後ヨーロッパの近代化に大きな影響を与えた、パスティール・ボッチェリの「カスケード」の始まりである。