第百二十三話 対決

「娘さんは祥子さんと言ったなあ?」
五郎が徐に口火を切った。
頬が引き吊りながら、亨が言った。
「ああ、俺に似合わず、なかなか出来のいい娘だよ」
皮肉のつもりで言ったわけではない。
「そうか、そんないい娘かい・・・」
下を向きながら呟く五郎。
「あの子は、間違いなく俺の子だよ!」
毅然とした表情で亨が言った。
「そりゃ、そうだろう!奥さんは、お前の子を孕んだと、俺にはっきり言ったんだからなあ・・・」
ふたりの心の底で思っていることは、まったく正反対であるのは、お互いに承知しているだけに、核心に迫る話には、やすやすとは持ち込めない。
「ひとつ聞きたいことがあるんだが・・・」
亨から攻勢に入った。
「お前が俺に殴りかかろうとした、あの日のことだが、あいつはお前に一体何を言ったんだ?」
亨は、ずばり切り込んだ。
やり手の弁護士として名を馳せただけに、話の切り口を心得ている。
「お前の子供を妊娠したと言ったよ」
『わたし亨さんの子供を身篭ったの・・・』
五郎は何度この台詞を頭の中で繰り返したであろうか。
32年間、この台詞が脳裏から離れたことはない。
この台詞のお陰で、裁判に勝ったこともあるし、敗けたこともある。
絶対に有罪だと確信した被告を、この台詞のお陰で、放免したことも幾度かある。
そんな時、放免した被告と、亨の姿と重ね合わせたことがあり、鬱病になったこともある。
『容子は俺の女だ!』
容子に三下り半を突きつけられるまで、こんな台詞を自分に吐いたことは一度もなかった。
自分の手許から離れてはじめて価値を知る。
価値あるものは手離さない限りわからない。
そんな自己と他人の矛盾の狭間で生きているのが人間であり、矛盾を矛盾とも気づかないで死んでいくのも人間だ。
男と女の間の闇の川とは、この深淵なる狭間を言う。
男は、対岸に想いを馳せて生きていく。
女は、川に想いを馳せて生きていく。
対岸がなければ川は存在しない。
川がなければ対岸は存在しない。
川は対岸を削って流れていく。
対岸は自己の身を川に溶け込ませ、悦びを感じる。
『容子は俺の女だ!』
五郎が一方の岸から叫ぶ。
『容子は俺の女だ!』
亨が他方の岸から叫ぶ。
ふたつの『俺』が、対岸から叫ぶ。
肝心の『女』は川に身を任せている。
ふたりは、そのことに気がついたから、32年前にふたりのその後の人生を決定づけた場所に一緒にやって来たのだ。
「母親という言葉が生まれたのは、人類が原人から新人に進化したおよそ50万年前であり、その時に相手の男はみんな叔父さんと呼ばれていた。つまり女は複数の男と交わり、その中で子供を生んでいた。それが結婚制度の原形が生まれたおよ5千年前にやっと父親という言葉が生まれたのが人類の歴史であり、原形は現代女性にも、今でも色濃く残っている・・・」
五郎の話は観念的であったが、何を言いたいのか、亨には嫌というほど理解できた。
「生物はすべて子孫保存本能欲を持っているが、雌が直接的動機に基づくのに対し、雄は間接的動機に基づかざるを得ない。この決定的要因を、結婚制度というものをつくることによって人類は5千年前に忘却してしまったが、女の体、つまり細胞のひとつひとつのDNAには色濃く残っているということだろう?」
亨の話に五郎は頷いた。
「お互い、叔父さんで満足しようということだなあ!」
32年間溜まっていた埃が一気に雲散霧消した五郎と亨は、テーブルに出された筍料理に舌鼓を打った。