第百十九話 回想の衝突

「何処で会おうか?」
五郎が訊く。
「決まっているだろう?」
亨が訊く。
心の中で同じことを考えていることをふたりは承知していた。
「桂の筍亭だろう?」
五郎の方から斬り出した。
亨は32年前のことを思い出した。
福知山からの帰り道に、容子が亨に告白した。
「亨さん、あなたの赤ちゃんが欲しいの・・・」
そしてふたりは結ばれ、容子が妊娠した。
それから一ヶ月も経たない内に、五郎から呼び出された。
「亨!お前容子に何をしたんだ!泥棒猫のようなことをしやがって!」
今にも亨を殴らんばかりの怒り様だった。
「別にお前に文句を言われる筋合いはないだろう!彼女は、お前とは何もないとはっきり言ってたよ!出石(いずし)という蕎麦屋で・・・」
五郎は驚いた様子で言った。
「そうか!あいつはそう言ってたか!お前たち丹後半島に行ったんだな?」
五郎は考え事をしているようだった。
それから三日後、亨がアルバイトをしている青木・赤井・黒田法律事務所に、五郎は突然やって来た。
「お前、丹後半島の帰りにあいつを抱いたんだろう?その後に桂の筍亭に立ち寄らなかったか?」
突然の五郎の質問に驚いた亨だったが、それよりも桂の筍亭の話が出たことに更に仰天したのだ。
ホテルを出た亨と容子は、容子の運転する車で亀岡から京都に向かった。
国道9号線を走って京都郊外の桂まで差し掛かった時、容子が微笑ながら亨に言った。
「お蕎麦だけで、お腹空いたでしょう?激しい運動をしたから・・・」
素人の女性を抱いたのは容子がはじめてだった亨は、まだ気持ちが高ぶっていて、食欲はまったくなかったが、容子の言われるままにした。
国道9号線は五条通りの延長線にあり、右手に桂離宮の看板が見えて来た時、容子はハンドルを急に左に切った。
すぐに鬱蒼とした竹林が前面に現われ、左手に豪奢な寺が見えた。
天鏡院という寺である。
「なんだい!寺に行って願でも掛けるのかい?」
容子が運転する車は、左手に寺を見ながら、更に鬱蒼とした竹林の中を入って行った。
一台の車が通るだけで精一杯な道が100メートル程続いたと思うと、急に前面が開けて、壮大な屋敷が視界に入って来た。
「ここは一体?」
亨はおどおどしながら容子に訊ねた。
「ここは、筍料理の有名な店なの。筍をたくさん食べると赤ちゃんが授かると言われていること知っている?」
茶目気たっぷりに、下から覗き込むようにして亨を見る容子は、ほくそ笑み、完全に勝ち誇っているようだったことを、亨は今でも忘れられない。
そして容子のうしろには、五郎の微笑んだ顔が浮かんでいた。
五郎も32年前のことを思い出した。
容子は五郎に完全に従服していた。
「五郎さん、お願いがあるんだけど・・・」
うつむきながら、容子は言った。
普段なら、容子の様子を窺うようなことをしないのだが、珍しく自分の方から言い出す容子に戸惑った五郎は、うつむきながらも、ほくそ笑んでいるような印象を一瞬持ったのだ。
「何だい?」
「筍亭という料理屋さんに行きたいんだけど、いいかしら?」
五郎は黙っていた。
「筍をたくさん食べると赤ちゃんが授かるらしいの・・・」
『赤ちゃん?』
五郎は内心仰天していたが、黙っていた。
「わたし、五郎さんの赤ちゃんが欲しいの」
それから、一ヶ月が経った時、再び容子は五郎を筍亭に誘った。
「わたし亨さんの子供を身篭ったの。ここの筍をたくさん食べてね・・・」
筍亭の個室の部屋で食事を終えたあと、ゆったりとお茶を飲んでいる時に突然言われたのだ。
「ここは、俺を裏切るために用意された店か?」
五郎は怒りに満ちた言葉で毒づいたが、あの時と同じように、うつむいてほくそ笑んでいる容子であり、その背景に亨の微笑んだ顔が浮かんでいた。