第百十七話 東山山荘

雄仁は銀閣寺に向かっている様子だった。
銀閣寺は別称で正式名は慈照寺という。
足利八代将軍義政が建立した山荘殿を、義政の死後遺言で禅寺にしたものである。
三代将軍義満の孫にあたる義政は、悪名高い日野富子の夫であり、祖父義満の怨霊と、婦人富子の怨念に一生苛まれた将軍である。
富子との間の子をつくることを拒んできた義政は、後継ぎに出家していた実弟の義視(よしみ)を指名していたが、富子との間に嫡男義尚(よしひさ)が生まれると、富子の陰謀などもあって、後継争いが起こった。
結果、自身の優柔不断さが、数十年に亘る戦乱の世を招き、延いては戦国時代のきっかけをつくった応仁の乱を生んだ将軍である。
自身の優柔不断さを嘆いた義政は、世を儚んで出家して東山殿になった。
その時に建立したのが東山山荘殿こと、後の銀閣寺である。
雄仁にとっては、金閣寺は憎き義満の建立した寺であるが、銀閣寺は義満に対する身内の懺悔の想いが込められた寺だけに、親近感が湧いても不思議ではない。
記憶喪失症に陥っていたが、銀閣寺の山門を見ると、何かを思い出したようである。
雄仁の母親ハナが島根の木次から、雄仁を訪ねて京都にやって来た時に、独りでやって来たのが、この銀閣寺であった。
仙洞御所はふたりにとって思い出の場所であったが、銀閣寺は雄仁の記憶には刻まれていない。
それにも拘らず、雄仁は何かを思い出したようだった。
雄仁のあとをついていった郁子は、雄仁の様子が変わっていることに、当然のことながら気づいていなかった。
異常者としか思っていなかった。
雄仁は何かに導かれるように、観音殿に入って行った。
観音殿は銀閣寺の別称になったもので、金閣寺の舎利殿に対し、観音殿と呼ばれ、当初は銀泊を施されることになっていた。
舎利殿と観音殿。
金閣寺と銀閣寺。
三代将軍となって皇位纂奪を図り室町幕府の絶頂期の象徴である金閣寺と、戦国時代を招き室町幕府滅亡期の象徴である銀閣寺。
『ここで自分は生まれ変わることができるかもしれない・・・』
雄仁は思った。
雄仁のそんな想いも知らずに、郁子も銀閣寺の山門を潜って行った。
銀閣寺の山門から観音殿までの間に、大きな木塀がある。
木塀を挟んで、雄仁と郁子が向かい合っていた。
木塀がちょうど鏡となって、郁子の方に観音殿が映し出され、雄仁の方に山門が映し出された。
金閣寺に比べて銀閣寺の境内は狭いだけに、一層暗く感じる。
郁子は、木塀に映った観音殿とその前に立っている雄仁とのコントラストが、昼間であるのに、夜の光景と変化している。
まさに銀閣寺の夜景に雄仁が立つ姿は、金閣寺が燃える夜景のネガとして郁子に映り、そのネガが雄仁にはポジとして映ったのである。
雄仁は、郁子のお陰で記憶喪失から帰還した。
その瞬間、木塀はただの塀に戻った。
しかし雄仁は新しく生まれ変わったのである。
「カスケード」
郁子が携えている本に気が付いた雄仁の表情が一変した。
昼間というのに、銀閣寺境内には、誰ひとりいない。
雄仁は無言で郁子の手を握り、観音殿に誘った。
ふたりは一言も言葉を交わさずに、眼だけで言葉を交わした。
雄仁の瞼に、郁子の目も眩むばかりの美しい裸体が静かな動きをしている姿が映し出されている。
郁子の瞼に、雄仁の目を覆うばかりの醜い裸体が激しい動きをしている姿が映し出されている。
郁子が静かに手を動かすと、雄仁は激しく体を動かす。
雄仁が激しく手を動かすと、郁子は優しく体を動かす。
女の静かな動きと、男の激しい動きが、まわりの自然を吸い寄せるかの如く、一体感を内外に与える。
そしていよいよ、『今、ここ』の瞬間(とき)がやって来た。
愛しさと憎しみとが溶け合って、ふたりはひとつになった、その瞬間(とき)、ひとつがふたりになって、お互いの存在に気がついた。
「君は?」
雄仁が郁子に訊ねた。
「わたしのこと覚えていないのね!」
郁子は優しく言う。
「夢の中で会ったことがあるような気がする・・・」
郁子は悟った。
『喋り方が違う!この人は、殺人をした精神異常者ではない!』
お互いに素裸であることを忘れて、ふたりは見つめ合っていた。
東山からは、西山にある高雄の方から太陽が沈んでいく様がくっきりと見える。
『今、ここ』がにじり寄るように、一刻一刻と太陽が地球の大地に溶け込んでいく。
そんな光景の中で、銀閣寺の中に、ふたりは溶け込んでいった。