第百十四話 哲学の町・京都

「あのう、『カスケード』という本、ご存知ですか?」
ホテルに入ったふたりが、ロビーの横にあるコーヒーショップのテーブルに座った途端に郁子が五郎に訊ねた。
「『カスケード』ですか・・・・・・ううん!」
五郎は考えていたが、京都大学時代の「マルクス研究会」で、読んだことのある本の題名が、『カスケード』だったことを思い出した。
「カスケードという言葉は、階段とか、踊り場とか、段々畑の段のことを意味している英語ですが、語源はイタリア語で「滝」の意味です・・・」
五郎が大学生の頃、読みあさった本は、ほとんど哲学書だった。
近代哲学と言えば、イギリス、ドイツかフランスが本場であり、イタリア人の哲学者は珍しい。
『我思う、故に我あり』で有名な近代哲学の父と呼ばれているデカルトはフランス人だ。
解析幾何学の数学者でもあった彼は、その著「方法序説」で心身二元論を展開、ルネサンスによって、自己の存在の自立を主張してきた人間的自我は、デカルトによって自己の存在原理を見出した。
一方、唯一の実体は「神すなわち自然」であると主張した一元論で以って、デカルトの二元論を克服しようとしたのが、オランダ生まれのユダヤ人哲学者スピノザである。
他方、多元論によって、デカルトの二元論の克服を目指したのが、ドイツ人哲学者ライプニッツだ。
一元論、二元論、多元論といった考え方は、まさに幾何学数学者デカルトの座標軸理論を基本に置いた自然科学としての哲学である。
自然科学としての哲学を、実践による経験論の哲学に導いたのがイギリスのフランシス・ベーコンだ。
更に経験論と合理性を統合したのがドイツの哲学者カントであり、そこから近代自然科学が誕生したのである。
哲学とは、まさに自然科学の父であったことを忘れてはならないし、その延長線上に、哲学書として著した「プリンキピア」のニュートンがいる。
ニユートンは、その著「プリンキピア」で、万有引力や慣性の法則を発表して、近代物理学、近代数学の礎をつくった。
経験主義のイギリスは産業革命を果たし、合理主義を引き継いだドイツでは、ヘーゲルやニーチェが、その後の啓蒙思想を生んでいくのである。
大学時代の「マルクス研究会」で読んだ近代哲学の歴史を思い出していた五郎だったが、その中でユニークなイタリア人哲学者ボッチェリが著した『カスケード』の記憶が蘇ってくるのだった。
「『カスケード』という本は、イタリア人哲学者ボッチェリが書いたものだと思いますが・・・・」
郁子は五郎の話を聞いて驚いた。
「哲学書ですって!」
兄の藤原たけしは、東北大学を中退した後、平泉警察の平警官となった、女好きの典型的な凡夫である。
そんなたけしが、哲学書を読みたいと思っているとは、郁子には到底信じられなかった。
「その本がどうかしたのですか?」
検事である身分を明かしているだけに、詮索するような質問をしたくなかったが、『カスケード』だけでは、話が進まないと思った。
「いえ、・・・。その本は何処に行けば手に入るでしょうか?」
五郎は思索を停止した。
「一般書籍店では売っていないと思いますよ。古書籍店に行けば何とか手に入るかも知れませんが・・・」
郁子は思った。
『やはり、この人は信頼のおける人だ!』
五郎は思った。
『やはり、この人は信頼のおける女性だ!』
ふたりの間に何かが芽生えたが、それは計り知れない。
「銀閣寺の近くに古書籍店がたくさんありますがね・・・」
案内してもよい雰囲気を醸し出しながら言った。
「銀閣寺と言えば、哲学の道が有名ですよね・・・」
女らしい発想である。
鴨川河畔のホテルを出たふたりは、鴨川の堤を歩いて、今出川通りまで出た。
「ここから、まだ大分ありますから、タクシーに乗って行きましょう」
五郎が言った。
「できれば歩きたいんですが・・・」
下を向きながら郁子が言った。
東大路通りと交差している百万遍まで、歩いて行ったふたりは、そこで都屋の看板の下から出て来た平岡雄仁の姿を見た。