第百十三話 カスケード

桜から郁子に連絡があったのは、たけしが逮捕されてから5ヶ月後のことだった。
桜が、郁子に会うために、わざわざ平泉から京都にやって来たのである。
京都駅に迎えに行った郁子が見た桜のお腹は既に膨らんでいた。
「あの人が、京都にいるのでやって来たんです」
無邪気な顔をして言う桜だった。
郁子と桜の京都での生活が始まった。
そして予定通り、桜は義幹を生んだが、それから一週間後、桜は嵐山の堰で水死体として発見された。
警察の鑑識では、身投げ自殺とのことだった。
半年近い共同生活で、郁子は桜のことを、年は若いが度胸の座った娘だと思っていた矢先の事件だった。
桜が身投げ自殺をしたことを、たけしに内緒にしていたのだが、更に義幹までが殺されたとなると、余計何も言えなかった。
郁子はたけしの顔を見ながら思った。
『どうせ、この人も一生刑務所生活で終わってしまうんだから・・・』
「桜ちゃんが自殺をしたの・・・」
郁子は目を伏せながら、たけしに告白した。
たけしの目が痙攣をしているのを察した郁子は、義幹の不幸まで一気に言うことは、余りに残酷だと思った。
「お兄ちゃんがさっき言ったことは本当なの・・・」
心の中で感じることと、体が反応することは、まるで別人でようである。
言ってはいけないと思うと、余計口に出してしまう。
「義幹ちゃんも、二条城で殺されたの・・・」
郁子はとうとう真実を言った。
しかしたけしは予想に反して、いたって冷静だった。
「どうせ、両親ともにこの世にいないのと同じなんだから、却ってその方がいいだろうな・・・」
独り言を呟くように言っているたけしの握りしめた拳が震え、目の前の机が、がたがたと揺れている。
そんなたけしの様子を見ていた郁子の顔が青くなった。
平泉で風俗娘を惨殺した時の表情を思い出したのである。
「ちょっとお前に頼みたいことがある」
たけしは意識して話題を変えているようだった。
「うん、何かしら?」
郁子もほっとした様子だった。
「『カスケード』という本を読みたいので、今度の面会の時でいいから、差し入れしてくれないか?」
「『カスケード』という本?」
首をひねっている郁子に、胸のポケットから一枚の紙片を取り出して見せた。
郁子はその紙片を見て、ハッと驚いた表情をして、そのまま黙ってしまったが、その後をたけしが続けた。
「この本は上・中・下で計3巻の本だが、取り敢えず上巻だけでいいから、今度来る時に頼む」
郁子は緊張した面持ちで頷いた。
拘置所を出た郁子は思い込んでいる様子だった。
「藤原郁子さんですか?」
下を向きながらタクシー乗り場に立っていた郁子に、検事の森五郎が声を掛けてきた。
郁子は、相手が誰なのかわからないまま、五郎を凝視していた。
「京都地検の森です」
五郎は、自分の正体を最初から打ち明けた。
郁子も度胸が座った女である。
「地検の方が、わたしに何の用事でしょうか?」
下から覗き込むように五郎を見た。
「強制は致しませんが、よろしければご一緒して頂けないでしょうか?」
実直そうな五郎を見て、直感的に郁子は悟った。
『この人は、あの弁護士に比べて信頼できそうだ・・・』
そう感じた郁子は、たけしから依頼を受けた、「カスケード」という本のことを探るための絶好の機会だと判断した。
「ああ、いいですよ?」
ふたりは、鴨川河畔にあるホテルに入って行った。