第十話 天然色の思い出

「あんだ、郁子という女性から電話だで」
お升が、奥座敷の前の廊下から雄仁に言った。
訛のある言葉が、お升の印象をひどく下げているが、彼女の心根の優しさと女らしさを、最近やっとわかってきた雄仁だった。
彼女の言葉の間から、その心情が吐露されていた。
襖を開けると、廊下で、目を真っ赤にしているお升が立っていた。
彼女の細い腕を優しく掴んで、部屋の中へ誘おうとした。
「だめだ、今は。旦那さんに叱られるで・・・」
殊勝な物腰が、訛のある言葉とアンバランスで、ますます雄仁の欲情をそそった。
例の首筋に稲妻が走ったが、今度はいつもの橙色の稲妻ではなく、青色が混ざっている。
雄仁の精神に変化が出てきた。
お升の腕を優しく放してやり、「ありがとう」と言って、彼が先に廊下の突き当たりにある玄関に向かって歩き出した。
雄仁の背中の目が、お升の動向を観ていた。
頭を垂れて、雄仁のうしろをついて来る。
『かわいいなあ!』
再び、青色の混ざった稲妻が、今度は全身を走った。
『ハナからの囁きがやって来るはずだ!』
雄仁はそう思ったが、その気配が一向にない。
何故か、雄仁にはまだわからなかった・・・。
「もし、もし。平岡ですが」
電話の相手が郁子とわかっているのに、素気ない応対をしたのは、お升に対する哀れみであったのだろうか。
「雄仁さん、わたし郁子。いま平泉の中尊寺に来ているの」
急に、橙色の稲妻が雄仁の首筋を走った。
うしろに控えていたお升が、雄仁の背中から橙色のオーラが発しているのを見た途端、「わああ!」と叫んで廊下の奥に走り去って行った。
橙色の稲妻と、青色が混ざった稲妻が渦巻く、雄仁の五感は歓喜に満ちあふれていた。
平泉には、怪し気なホテルはひとつもない。
苛だつ郁子をよそに、雄仁の五感は青色の混ざった稲妻に身を任せ、快晴の空に溶け込むような気分に満足していた。
急に、郁子の手を握った雄仁は、「ゆっくりふたりで、平泉の町を散策しよう」と優しく言った。
最初は、雄仁の様子をいぶかった郁子だったが、彼の態度が心の底からのものであるとわかると、急に頭を垂れて、しくしく泣き出した。
『かわいいなあ!』
お升に対して思った同じ感情だった雄仁の背中は、青色一色の稲妻が走っていた。
『こんな気分のとき、必ずハナから囁いてくる筈なんだが、今日はそんな気持ちがしない・・・』
新しい確信のようなものが、雄仁の胸の中に生まれていた。
ハナからの囁きがまったくなかった。
少し寂しい気持ちになる雄仁だった。
しかし、郁子との平泉の散策は、奇麗な天然色の思い出になるように気がしてならなかった。