はじめに

1927年にドイツの理論物理学者ウエルナー・ハイゼンベルグが「不確定性原理」を発表した。
電子のような素粒子といったミクロ世界では、神は存在し得ないことを証明したのである。
それまでの物理学界を支配していたのはニュートン力学であり、20世紀のはじめに発表されたアインシュタインの相対性理論であったが、それらの理論は、未来は決定しているという未来決定論であった。
すなわち、
全知全能の神のみぞ知る決定論であった。
ところが、
ハイゼンベルグの「不確定性原理」は、未来は決定し得ないことを、式で証明してみせたのである。
ΔxXΔp>h/4πというのがその式である。
Δxというのは位置の不確かさを表わす関数で、Δpは運動量の不確かさを表わす関数で、hは「プランク定数(約6.63X10-34ジュール秒)、πは円周率(約3.14)を表わしている。
この式の右辺のh/4πは、分子も分母も一定の値であることから、左辺の二つの値(位置の不確かさと運動量の不確かさ)のうち、一方が小さくなればもう一方が必然的に大きくなる。
極言すれば、
位置の不確かさを極限まで小さく(つまりゼロ)にすると運動量の不確かさが無限大となり、逆に運動量の不確かさをゼロにすると位置の不確かさが無限大になる。
まさに、
位置と運動量(速度)は同時に確定できない証明に他ならない。
アインシュタインはこの「不確定性原理」が、未知のものがまだ存在する故のもので、それを「神はサイコロを振らない」と表現して反論したのである。
爾来、
いずれに軍配が上がるのか、まだ確定できていない。
その答えを見出すのが、この作品の狙いである。


2014年3月5日 木 村 順 冶

第一部 (ミクロ世界) 第二部 (量子経済学)
第一章 量子力学 対 釈迦の空理論 第一章 経済学=量子経済学
第二章 無限宇宙 & 有限宇宙 第二章 金融はボソン世界の話
第三章 現実の正体 第三章 ボソン世界=錯覚の世界
第四章 唯物論 & 唯心論 第四章 カネとヒトの関係
第五章 量子力学の誕生 第五章 人本主義→金本主義
第六章 粒子・波動は二元要因 第六章 逆さま社会
第七章 粒子は静止 & 波動は運動 第七章 金本主義→人本主義
第八章 量子力学は正しい二元論でなければならない 第八章 永久流動性
第九章 干渉 & 共鳴 第九章 中間子(交換子)の極大化
第十章 共鳴=実在 & 干渉=映像 第十章 おカネの集中化
第十一章 実在は観測不可能 & 映像は観測可能 第十一章 金融緩和 & 金融引締め
第十二章 人間社会は干渉を起こす社会 第十二章 金融引締めの真の意味
第十三章 間違った人間社会 & 正しい自然社会 第十三章 PER & PLR
第十四章 波動はイメージ(想像) 第十四章 Losing profit & Losing debt
第十五章 五感の正体 第十五章 財産・借金二元論
第十六章 排他律ではなく排自律である 第十六章 カネ & 貨幣
第十七章 1のぞろ目 & 6のぞろ目 第十七章 モノ & カネ & 貨幣
第十八章 決定的なもの(神)など一切無い 第十八章 カネはモノの子供
第十九章 大体の宇宙 第十九章 カネ持ちは無用
第二十章 大体=正確 V.S.正確=大体 第二十章 “カネ持ちは無用”は普遍の真理
第二十一章 科学の進歩の意味 第二十一章 糞以外の何者でもない科学
第二十二章 進化⇔退化 OR 進化一方通行 第二十二章 科学・宗教 対 阿呆
第二十三章 エネルギーという特異点 第二十三章 量子経済学の最小作用原理
第二十四章 粒子線(粒子)と電磁波(波動) 第二十四章 貨幣はカネの干渉縞
第二十五章 理由なき事象を無視する科学者 第二十五章 社会(市場=マーケット)の誕生
第二十六章 ノーベル賞とは何者? 第二十六章 交換 & 流通
第二十七章 動物の全能性 第二十七章 蓄積の許容範囲
第二十八章 STAP細胞論文事件の陰謀 第二十八章 貨幣とカネの方程式
第二十九章 すべての物体に全能性がある 第二十九章 蓄積できるカネ & 蓄積できない貨幣
第三十章 個性と個体 第三十章 経営の基本要件(ヒト・モノ・カネ)
第三十一章 神(波動)と人間(粒子) 第三十一章 粒子・波動二元論
第三十二章 量子力学は新興宗教 第三十二章 粒子(カネ)・波動(貨幣)二元論の本質
第三十三章 科学者は先ず哲学から学ぶべき 第三十三章 カネ・貨幣二元論
第三十四章 言葉の進化 第三十四章 好いとこ取りの相対一元論=錯覚(間違った)二元論
第三十五章 数式は言語ではなく言葉である 第三十五章 流動性 & 静止性
第三十六章 数式は人間みんなのもの 第三十六章 金融の正体
第三十七章 言葉は生死を理解する方便 第三十七章 使用価値と交換価値
第三十八章 生死の分岐点 第三十八章 冷戦結果の反対現象が起こっている
第三十九章 粒子(実在)と波動(映像) 第三十九章 世界の反転現象
第四十章 至極当たり前でない量子力学 第四十章 拝金主義の終焉が間近い
第四十一章 本当の常識 第四十一章 ボソン=二元子
第四十二章 われわれの常識 第四十二章 ボソン=二元子=分化子
第四十三章 解決不能な四苦八苦の原因 第四十三章 量子力学は詐称ビジネス学
第四十四章 人生の悩みの原因 第四十四章 物理学=金融学=映像学
第四十五章 悩みは絶対解決不可能 第四十五章 マクロ経済とミクロ経済
第四十六章 状態 第四十六章 実体のあるおカネ & 実体のない貨幣
第四十七章 ニュートン力学と量子力学の違い 第四十七章 個人信用と国家信用
第四十八章 人間社会しか表現できない量子力学 第四十八章 個人(点)だけの実在世界
第四十九章 フェルミオン世界 & ボソン世界 第四十九章 貨幣の本当の意味
第五十章 マクロ世界・ミクロ世界 & ミディアム(グレー)世界 第五十章 破産が消えた日
   
第三部 (量子哲学)
第一章 「神の一撃」
第二章 「神」=科学の不完全性
第三章 「はじめ」と「おわり」
第四章 人類の原罪
第五章 宗教そのものが罪深きもの
第六章 宗教から解放されれば悩みはなくなる
第七章 科学から解放されれば悩みはなくなる
第八章 宗教や科学などなくても生きられる
第九章 電子なしでは生きられない
第十章 生きるとは?
第十一章 ボソンの時代(組織の時代)→フェルミオンの時代(個人の時代)
第十二章 波動の時代→粒子の時代
第十三章 ニセモノの時代→ホンモノの時代
第十四章 自我意識=排他律 V.S. 真我意識=排自律
第十五章 自己否定=自己肯定
第十六章 真偽二元論→超真偽三元論
第十七章 錯覚 V.S.覚醒
第十八章 生 V.S.死
第十九章 絶対二元論
第二十章 相対一元論→絶対二元論
第二十一章 相対論と絶対論
第二十二章 光絶対論である特殊相対論
第二十三章 アインシュタインの真の狙い
第二十四章 許されざる者・アインシュタイン
第二十五章 魑魅魍魎の科学界
第二十六章 光と電波は同じではない
第二十七章 電流=電子群の流れ
第二十八章 科学=宗教
第二十九章 粒子・波動二元論
第三十章 “自分”の正体
第三十一章 自我意識(Ego) & 自他意識(Alone-ness)
第三十二章 自他意識(Alone-ness)
第三十三章 ホンモノの自分=自他意識(Alone-ness) & ニセモノの自分=自我意識(Ego)
第三十四章 現代文明人(どぶネズミ)の辿り着く先
第三十五章 神は錯覚の産物


おわりに

マクスウエルが電磁波理論で構築した、光は波(波動)であるが、それまでの常識だったことを、光は粒子でもあることを予言して、現に、光子という光の粒子が発見されたことによって、アインシュタインはノーベル賞を受賞した。
粒子でもあり、波動でもある。
量子力学の根幹中の根幹である考え方である。
量子力学の発展に大いに貢献したアインシュタインだったが、もう一つの量子力学の根幹中の根幹である考え方の、ハイゼンベルグの「不確定性原理」を真向から反論して、“神はサイコロを振らない”と言い切った。
爾来、
マクロ世界を論じた「相対論」のアインシュタイン。
ミクロ世界を論じた「不確定性原理」のハイゼンベルグは、物理学世界を二分した東西横綱として君臨し、軍配はどちらに上がるか、決定できる行司がいない。
だが、
科学者ではないが釈迦なら、この取組みの行司を務めることができるだろう。
なぜなら、
「五蘊皆空度一切苦厄」
すなわち、
釈迦は、波動とはわれわれの感覚器官である五感で感知する、単なる現象(映像)に過ぎないことを悟っているからである。
まさに、
視覚に絶対必要な光、聴覚に絶対必要な音は、量子力学が粒子であり波動でもあると主張する、排他律が機能しないボソンに他ならない。
だのに、
電子や原子核子である陽子や中性子という、排他律が機能するフェルミオンも粒子であり、波動であると主張する量子力学。
相撲界では、取組みの結果に対して、行司の最高峰に君臨する木村庄之助であっても、どちらかに軍配を上げなければならないのが常識だが、まさに、相撲界も錯覚の陥穽(落とし穴)に嵌っている。
なぜなら、
四人の相撲審判から「物言い」が入って、どちらにも軍配が上げられず、「相撲取り直し」という決定が、現に為されているからである。
これでは、行司は必ず「指し違え」という間違いを犯すことになるという矛盾撞着が生じる。
釈迦が行司をすれば、両者のいずれにも軍配を上げないであろう。
なぜなら、
いずれも勝ちを収めていないからである。
まさに、
本作を「量子力学の陥穽」と命名した所以である。


平成26年9月1日   木 村 順 治