(その六) 死への病

森羅万象流転する。
流れるとは動くことです。
転するとは回転することです。
つまり、流転するとは円回帰運動することです。
春・夏・秋・冬の一年も円回帰運動です。
朝・昼・夜の一日も円回帰運動です。
誕生・生・死の一生も円回帰運動です。
病気も健康・普段・病という円回帰運動です。
健康・普段・病・健康・普段・病・・・と繰り返します。
誕生・生・死という一生の円回帰運動の、特に『生』の過程の中で、病気の円回帰運動をするのです。
つまり、生とは、
健康・普段・病・健康・普段・病・・・を繰り返し、そして、それから最後に死で締め括る。
従って、
誕生・生・死という一生の円回帰運動とは、
誕生・健康・普段・病・健康・普段・病・健康・普段・病・・・死で締め括ることになります。
従って、
生きている間は、如何なる病気であっても必ず治るのです。
死期に際しては、如何なる病気であっても必ず死ぬのです。
病気が、生死に関わるのではないのです。
従って、
死期さえ判っていれば、「治る病気か」、「治らない病気か」を明確に把握することができるのです。
お年寄りになるということは、己の死期を知るということです。
ところが、せっせと病院通いをする。
これでは、死期などわかる筈がない。
だから、治る病気も治らない病気に医者にされてしまうのです。
生への病が判れば、死への病も判るのです。
いい加減に・・・してもらいたいものです。