(その五) 安らかな死

自分の家で人生最後の幕を安らかに閉じることができないで、病院の集中治療室で七転八倒の苦渋の死で人生の幕を閉じる人が圧倒的に多い現代社会です。
自分の家が極楽浄土に続く天国で、病院の集中治療室が死刑執行場の地獄です。
病院という死刑執行場にせっせと通うお年寄りは、地獄の死を自らたぐり寄せていることに気づいていないのです。
自ら他殺の道を選んでいるのです。
病院の集中治療室で死ぬことは、まさに、合法的な他殺の現場なのです。
自分の家で人生最後の幕を安らかに閉じることが、自らの死を選ぶ天国なのです。
他殺は地獄です。
自殺(自らの死という意味ですが・・・)が天国です。
いい加減に・・・してもらいたいものです。

「気前よくなれ!粋な老人」の(その五)を以下紹介しておきます。

(その五) 老人の青春(が何だ!)

老人たちが、一番求めているものは何でしょうか。
天国に行ける安らかな死でしょうか。
悟りの境地でしょうか。
いや、そんなものは泡のような、シャボン玉のような、ちょっと風が吹くと消えて無くなってしまうようなはかない、空しいものです。
お釈迦さんが、空だと言ったのは、空しかったからだと思います。
人間は幸せだと思うことは出来ます。
だけど幸せだと感じることはなかなか出来ないものです。
何故だと思いますか。
ほとんどの人間は、幸せと思っているだけで、幸せと感じてはいないでしょう。
これを知るのは、とてもむつかしいのです。
それをぐだぐだ説明したら、みなさん又かと思われるでしょうから止めます。
要は、皆さんのは幸福観であって幸福感ではないのです。
またまたむつかしいことを言ったようです。
ほんとうに(本当に、と書こうと思ったのですが、これも止めました)みなさんにわかって(解って、と書こうと思ったけど、これも止めました)もらうことは難しいことです。(しまった!いやこれの方がいい。いやどうかな。最近は”むつかしい”と言うのではなくて”むずかしい”と言うらしいから、読む人が勝手に判断してくれるでしょう)
まあ、ほんとうに嫌(いや)な世の中になったものです。
すみませんが、書く気がなくなりましたので、今日はここいらでペンを(いやキーボードです。こういうことになると、やけに細かく指摘してくる。もう、まったく)しまいます。
ああ疲れたなあ、最近の年寄り相手にするのは。
これまた失礼しました。さようなら!