(その二十六) 大晦日

2005年も今日で終わります。
2005年の日本は最悪の年でした。
日本人全体が頽廃の坩堝に呑み込まれたかの様相です。
1億3千万の老若男女悉く超拝金主義の陰謀に使嗾され、マニュアル化されたプラスチック人間に成り果ててしまった感を拭い去ることができません。
このマニュアルこそ「ユダヤ議定書」ではないでしょうか。
新春を迎えるにあたり、「ユダヤ議定書」を熟読吟味して、褌の紐を引き締められんことを・・・。
いい加減にしなければならないおろかな(頑迷な)老人方も、大晦日と元旦だけは・・・しなくてもいいでしょう。

よいお年を・・・。

「気前よくなれ!粋な老人」の(その二十六)を以下紹介しておきます。

(その二十六) 考える力がなくなった大人

最近の日本人の多くが、どうやら脳味噌を退化させてしまったようです。
原因はいろいろあると思いますが、これをまたここで申し上げますと、ますます考える力が減少していくので、問題提起だけにしておきたいと思います。
わたしが持っている「ユダヤ議定書」なる非売本に、こう書かれています。
「我々が世論の賛成を求めるのは、我々の行動に対してではなく、我々の言葉のみに対してである。我々は、我々の欲する通りに行動する。しかし、一般民衆に対しては、我々が常に一般民衆の幸福に役立ちたいという希望と確信に則っていると吹聴することは忘れないように。
口喧しい人間を政治問題から遠ざける為に、我々は恰も政治上の新しい問題として経済問題を持ち上げ、この経済問題に熱中没頭させるのだ。
我々は、一般民衆に娯楽、スポーツ、クイズ、セックスを与え、彼らを煽って、政治に対する関心から、彼らの頭を其の方へ向けさせ、自ら考える力を削ぎ落としてしまうのだ」
最近の若い者たちは、マニュアル化されてしまってプラスチック人間になっていると言ってきましたが、なんのなんの、大人たちも完全にプラスチック人間になってしまったようです。
その最大の原因は、やはり敗戦後の我が国を立ち直らせる為に、日本株式会社の護送船団でやって来たことに対する副作用が出てきたのではないかと思います。
猫も杓子も、大企業になり、そこで寄らば大樹の陰に隠れておれば、結構な生活が出来るようになったお釣りが戻って来たのではないでしょうか。
大樹の陰に隠れておればよかった時代に、何も考えなくても済む癖がついてしまったようです。
ところが、今や大樹がどこかへ行ってしまった。
気がつけば己一人丸裸でサバンナのど真ん中に立っておる。
周りには、ライオンやハイエナや禿鷹がいて、虎視眈々と狙っておる。
そんな中におるのが、我々日本人であることを、今こそ認識すべきだと思うのですが、みなさん如何でしょうか。

「いい加減にしろ!おろかな(頑迷な)老人」− 終わり −