(その二十三) 感無量から感動へ

年を取ると涙もろくなるようです。
感無量になるわけです。
年を取らなくても涙もろいようです。
感動するからです。
若い頃は感動するが、年寄りになると感無量になる。
それでは感動と感無量とはどう違うのでしょうか。
感動と感無量は正反対のものです。
感動とは動いているものを感じることです。
感無量とは止まっているものを感じることです。
若い頃は死に無縁の境地だからです。
年寄りは死に有縁の境地だからです。
死とは動きが止まることだからです。
年寄りは動きが止まることに感じる。
若い頃は動きに感じる。
老人になっても感動することが大事です。
老人のおろかさ(頑迷さ)は感無量になるからです。
そんな老人なら、いい加減に・・・してもらいたいものです。

「気前よくなれ!粋な老人」の(その二十三)を以下紹介しておきます。

(その二十三) 感動するということ

みなさん、今までに感動したことはありますか。
もちろん、誰でもあるはずです。
その時の気持ちは、どんな感じだったでしょうか。
映画を見て感動した。
音楽を聴いて感動した。
人の話を聴いて感動した。
美しい人を見て感動した。
凄い人と出逢って感動した。
・・・・・・・・・・・
すべて外部環境から受けた印象です。
自分の話で感動した、自分のかっこよさに感動した、自分の頭の良さに感動した、こういう人はナルシストと言いまして、要するに病気です。
どんな病気かと言いますと、セルフ・マスターベーション症候群というやつです。
ちょっと下ネタの話になりますが、マスターベーションと言うのは自慰というように、自ら慰めるものなのですが、実はその背景には他のものが潜んでいることに気がつかなくてはなりません。
自身の体であっても、実は他のものであるのです。
ここで理解不能状態に陥った方は、今日でもさっそくマスターベーションをやってみて、その姿を鏡で見たら、わたしの言っていることが理解できると思います。
慰めている自分と、慰められている自分の二人がいることに気がつくはずです。
そして主人公は、慰められている自分の方にあることもわかる筈です。
従いまして、マスターベーションというのは、正確に言えば、自慰ではなくて他慰であるのです。
ナルシストこそ自慰(セルフ・マスターベーション)をする異常者であります。
それは、他人(ひと)を人と見ることが出来ないで、物としか見えない病気なのです。
また英語の話をしますが(もういちいち弁解はしません)、
感動した時、Impressive!と言います。
これは、内に(Im=In)ある心を打つ(Press)ということです。
こういう点でも英語の方が、真実を伝える言葉なのでしょうか。
Impress の反対語に Express という言葉があります。
外(Ex)に向かって打つ(Press)ということで、述べるとか、主張するとか、の意味に使われます。
ナルシストは感動した時(実際にはナルシストは感動出来ない症候群という病気なのですが)、Expressive!と言っておるわけです。
そういたしますと、聞いている側は、「こいつ、阿呆とちがうか!」と思うのですが、本人は気づいていないのです。
精神に障害を起こしている人間の特徴は、気づきがないことです。
「そんなこと言ったら、ほとんどの人間が精神障害を起こしていることになるではないか!」
実は、その通りなのです。
わたしも含めて、ほとんどの人間は程度の差こそあれ、精神障害を起こしておるのです。
その障害の程度を少しでも少なくする方法が感動することです。
Impressive!と内にある心に響かせることです。
そのためには、先ずセルフ・マスターベション症候群を治すことです。
わたしが以前書いた詩を最後に紹介して、感動についての話を終えたいと思います。



通り道に 同じ石が 同じところに いつも ある

はじめて 見たときは 足で蹴った

翌日も 見たときは 足で踏んだ

その次の日も 見たときは 手で投げた

その次の次の日も 見たときは 手で持った

その次の次の次の日も 見たときは 優しく 声をかけた

そしたら 石があったかく 感じて 反応した

そのときまで 石は あなたを物と 思っていた

そのときまで あなたも 石を物と思っていた

そのあと、お互い 物と思えなくなってしまった

ある日 通り道に 同じ石がいた

おはよう と どちらもあいさつをした


(参考)心の旅の案内書 − 物質と非物質