(その十六) 日本の男と女

「気前よくなれ!粋な老人」を書いた四年前の頃の日本の男と女の状況が助長されただけなので、そのまま紹介するだけに止めます。

(その十六) 日本の男と女

男と女は、同じ人間なのですが、まるっきり正反対の生きもののようです。
わたしは五十五才になりますが、若い時から激しい運動をしていて、今では、もう運動を止められなくなってしまいました。
心臓の筋肉が、ヒクヒクと痙攣をするのです。
だから、常に運動をしている状態にして置かないと、ヒクヒクです。
困った面もあれば、いい面もあります。
ヒクヒクをさせない為に、常に運動をしなければならず、お陰で中年太りとは縁がありません。
男は結婚すると、すぐにブクブク太り出します。
一方女性は、結婚すると一見やつれて見えるぐらい、細くなります。
若い時は、男の顔はピリッと引き締まっている。
女の顔はぽっちゃりとしているのが大体の傾向です。
それが、歳を重ねるにつれて、逆になる。
理由はいくつかあると思います。
まず一番の理由は、女性は子供を産むからです。これは我々男性には、想像出来ない苦痛らしい。
普通二人か三人産むから、それだけで蓄積してきたエネルギーをかなり消耗します。
二番目の理由は、結婚すると、男性は概ね精神的労働をするが、女性は家事という、これはかなりハードな肉体労働をします。
そこへ子育てとなるとやつれざるを得ないのでしょう。
稼いでくるのは亭主でも、労働は女性の方が遥かにハードなわけです。
ところが、最近は様相が変ってきて、結婚した男性がやつれてきて、女性がブクブクしだした。
これは、どういう変化なんでしょうか。
やはり、男性が、子供を産む宿命を背負っている女性よりハードな労働をしているからではないでしょうか。
それとも、女性の労働が、今までのようなハードなものでなくなってきたからでしょうか。
わたしは、今はサラリーマンではありませんが、以前、一膳めし屋に昼飯を食べに入って、一汁四菜ぐらいの昼食を取っていましたら、隣のテーブルにサラリーマン風の上司と部下が二人並んで食べ出しました。
五十才を過ぎた上司が一汁一菜で、部下の若いのが、一菜だけでご飯を食べているのです。
思わず、わたしは、自分の二菜を差し上げようと思ったのですが、余りにも失礼なので、全部食べてしまいました。これでも太らないように抑えたつもりだったのです。
一言も喋らずに黙々と食べておられるから余計、哀れに見えました。
「この人たちは、何が楽しくて生きているのだろう?」とも思いました。
わたしは食べ終わって千二百円を払って店を出るつもりでしたが、ちょっと気になって、彼らを観察することにしたのです。
本を書くようになると、こういった場面に物凄く関心が湧いてくるものです。
そうしますと、二人が別々に精算するのか、上司が部下の分も支払ってやるのか、興味津々になってきまして、じっと食べ終わるのを待っていたのですが、これが遅いのです、二人とも。
それは、ご飯粒一つ一つ噛み締めて食べているのです。
それでもわたしは、『こうなったら、とことん付き合うぞ!』と食べ終わるのを待ちました。
やっと終わって、精算が始まりました。
わたしは固唾を呑んで、見ていました。
そうすると上司の方が、わたしに気がついたのか、わたしを睨むのです。
わたしは顔を背けて、耳を傍立てていました。(犬がやるやつです)
「こちら、四百五十円。そちらは五百円」と店のおばさんが言うと、二人共、五百円玉を一つだして支払いました。(お前は見ていないで耳を傍立てていただけではなかったのか。と言われそうですが、実はそっと見ていたのです)
『ああ!かわいそうなサラリーマン男性諸君!』と思って、暗い気持ちになって店を出ますと、高級な西洋レストランから、ぶくぶく太ったおばさん連中が五人で、大きな笑い声を恥ずかしげもなく出して出て来たのを、その二人が恨めしそうに立って見ておりました。
『ああ、日本は、いやだ!』と思い、すぐに日本をずらかりました。