(その十一) 死を嫌がる原因(1)

死の恐怖の正体はわかった。
それでは死を嫌がる原因は何でしょうか。
自他の区分けをするからです。
フランスの哲学者であるジャン・ポール・サルトルは“他人が地獄”と言いました。
他人との関わりが苦だというわけですが、他人との関わりが楽であることもある。
“他人が地獄でもあり、天国でもある”と言い換えた方がいいでしょう。
自他の区分けがあるから苦と楽がある。
自他の区分けがあるから天国と地獄がある。
おろかな(頑迷な)人とは、苦と楽を別のものと考えている人のことです。
おろかな(頑迷な)人とは、天国と地獄を別のものと考えている人のことです。
おろかさ(頑迷さ)は老人の十八番(おはこ)です。
そんな老人は、
いい加減に・・・してもらいたいものです。

「気前よくなれ!粋な老人」の(その十一)を以下紹介しておきます。

(その十一) 旗幟鮮明にする(優柔不断を断ち切る)

目を閉じると真っ暗になりません。
どちらかと言うと灰色になります。
何故でしょうか?
また訳のわからないことを言って、年寄りを騙そうとしているのではないかと疑われそうです。
「人生真っ暗闇」とよくしょげている方々がいますが、人生真っ暗なんていうことは在り得ないのです。せいぜい灰色です。
灰色は黒と白の混合色です。
「また気が狂いはじめおった」と思われたでしょう。
本来、色の中には黒と白はないのです。したがって灰色もないのです。
お前は一体何を言いたいのか?
要するに、人生には楽しい綺麗な色しかないのだから、楽しまなければ損だと言いたいだけです。
七色にはそれぞれの性格がありまして、
心の状態が色の好みで判るのです。
たとえば
赤色 それなら正義の色だけど、肉欲の色でもあります。
橙色 それなら自己犠牲の色だけど、食欲の色でもあります。
黄色 それなら慈悲の色ですが、知識欲の色で微妙な色です。
緑色 それなら充実の色だが、強烈な権力欲の色でもあります。
青色 それなら誠実な色だけど、金銭欲も強いのです。
藍色 それなら優しい色ですが、反面向上欲旺盛です。
紫色 それは愛する色で、悟りを欲する色でもあります。
すべて二律背反(難しい表現をしてすみません。両刃の剣ということです)であって絶対に良いとか、悪いというものは無いのです。
そして、この七色が人間の心の色の基本になるものだということを知っておいてください。
この七色は、実は光の合成で出来ているもので、七色の虹がそうですし、プリズムで生じる色も、この七色です。
この光の合成によって生じる色を鮮やかな色といいます。
本来、人間はどの色が強いか弱いかがはっきりしているのですが、ほとんどの人の色は混合色で、特に多いのが黒と白という混合色なのです。
しかし 黒と白というのは色ではないと申しましたね。
実は、色の遍在を白といい、色の不在を黒と言うのです。(ちょっと難しいでしょうか?)
実は光というのは、最高のマッチングをすると白色になる。
光の三要素というのを聞いたことがありませんか?
赤・緑・青を光の三要素といって、七色の基の色になるものです。
一方絵の具の三原色というのも聞いたことがあるでしょう?
赤・黄・青を言います。
これらが最高にマッチングすると暗い黒色になります。
白色が遍在で、黒色が不在を意味しています。
まあ、平たく言えば、光はどこにでも在る。それが遍在です。
そして光の無い状態を不在と言って(当たり前ではないか!)、それが暗闇の黒さなのです。
従って白と黒の混合である灰色というのは、遍在と不在の混合ということで、不可能なことです。
人間という動物は複雑な生きもので、在り得ない状態の中に在ろうとする厄介な代物なのです。
常に灰色というグレーゾーンに居たがるのです。
それが悩みという形で顕れてくるのです。
宗教では、煩悩を断ち切ることが悟りに至る道なんて言うものだから、人間はますます混乱していくのです。
そうと思いませんか?
過去何千年といろいろな教祖と宗教が輩出しても、人間の悩みは減るどころか、ますます混沌状態になっている。
これだけで、宗教は百害在って一利なしは明白であるのに、みんなそれに頼っている。
自分にマッチした鮮やかな色を発見し、その色に埋没、耽ることです。
一番良くないのが、灰色のゾーンに入ってしまうことで、迷路に入ってしまい、自己否定しているのと同じです。
自分の立場を旗幟鮮明にすることです。
それが自己を肯定することです。