第五章 オロチの内輪もめ

8人兄弟のヤマタのオロチが何故28人いる高句麗の大王・李生成の子供の中から選ばれたのか、説明しておかなければならない。
李生成は8人の女御から28人の子供を産ませた。
正妻には子供がいない。これは彼らツングース系騎馬民族の慣習である。
正妻以外に愛妾つまり女御が8人いたのだが、そのひとりガコという名の女御はまさに子供を産むマシーンのような女で立て続けに7人の男子を産んだ。7人の男子が歳子。
他の女御に産ませた子供は男子が3人、女子が17人で、幸い28人の中の末子が双子の男子であったため、このふたりのどちらかが李生成の後を相続することに決まっていた。
双子の兄弟の名をアメとクニと言い、アメを李生成の正式の相続者と決め、クニがガコの子である7人兄弟の更に末子としてヤマタのオロチ8人兄弟に仕立てあげ出雲の統治をさせることに決めた。そのクニことヤマタのオロチの相続末子がズガである。
しかし、このことは李生成以外誰も知る者はいなかった。
イガとエガの「蒲焼き事件」以来、イガはまったく精気を失い、替わって何を考えているか分からないガガが口出しするようになってきた。
またもや狡猾なエガがガガをそそのかし始め、エガはズガの1才違いのすぐ上の兄だけに、末子相続の慣習とはいえ、あきらめきれない感情があった。
ズガの顔立ちから、性格まで他の兄たちやエガとまったく違うことに密かに疑いを持っていた。
『ズガを亡きものにすれば自分が相続権を持てる・・・』
エガはことある毎に他の兄たちをそそのかしてズガを抹殺しようとしていた。
末子相続の慣習は、一族の長期安定化のためには効果的な制度で、人間の情念からみれば、兄弟の関係は極めてギクシャクしたものになる。だから内部紛争が絶えない。
エガはズガの出自についてガガに言ったことがある。
「ガガ兄さん。ズガは本当にガコ母さんの子だと思いますか。わたしは、違うと思います。あまりにも外見も性格も我々と違い過ぎると思いませんか?」
「うん、確かにそう言えば、ズガだけは違う点が多い。しかし、それだけでは断定は出来ないし、迂闊な動きをすればこちらが大怪我をする。何か証明できるようなものがあるというのか?」
エガの狡猾さが発揮された。
「みんな、ガコ母さんから産まれた時の臍の緒を持っているでしょう。ズガが持っているか確かめたらどうですか?」
「もし、ズガが持っていたら、お前もわしも命はないぞ!」と言われてエガは震えた。
狡猾で臆病だから、そそのかして人にやらせるが自分は手を染めないのがエガのやり方。その性格を知り抜いているガガはそう簡単には載せられない。
「お前が、その証拠を探すのだ!」とガガに言いつけられて、返ってエガは窮地に追い込まれた。ガガの方が一枚上手だった。
追い込まれると臆病なエガといえども動かざるを得なくなってしまった。
臍の緒はみんな自分の寝室の違い棚の引き出しに置いてある。エガはズガがいない間を見計らって寝室に忍び込み、違い棚の引き出しを引いてみた。
「何をやっているんだ、エガよ!」という声が聞こえて、後ろを振り返ってみるとズガが仁王立ちしていた。
兄弟といえども末子相続権を持つ者は、兄に対しても呼び捨てにするし、態度も主従の関係をはっきりさせる。
オロチ兄弟全員集まっての一族会議が行われた。
当主のズガからエガの行状について話題が出て、エガの処分と共謀者の吟味が為された。
エガはガガにそそのかされたと主張したがガガは否定する。
ズガから最終判決が言い渡された。
「疑わしき者は、みんな罰せられる。これが我が一族の掟である。従ってガガの右腕、エガの左腕を切断の刑にて処する」
二人は口を震わせながら反論した。
「ズガ、お前が末子相続者である証明の、ガコ母さんからの臍の緒を見せて見よ!」とガガが最後の勇気をふり絞ってズガに迫った。
「いいとも。だがもし証明されたら、ガガよ、命はないものと覚悟できるか?」不敵な笑いをしながら言うズガに圧倒されて他の者たちは黙ってしまった。
腕切断の刑は扶余族の慣習で、一族の仲間を罰するときの一番軽い刑。最も苛烈な刑は断種の刑である。
一族の者がみんなでガガの腕と体を取り抑えて、長であるズガが切り落とす。
それを見ていたエガは、余りの恐ろしさに卒倒したが、エガに水をかけるよう命令したズガは、泣きわめくエガの左腕を切り落とした。
さすがに他の兄たちも、ズガにその後、逆らうようなことは一切しなくなった。

内紛を鎮圧したズガは、自分の出生の事実をはっきりさせるため高句麗のピョンヤンに一度帰ろうと思っていた。
エガから臍の緒を見せろと言われた時は、確かに違い棚の引き出しの中にあったから、別に疑いの気持ちは起こらなかったが、エガとガガを処罰した後、ふたりの臍の緒をこっそり調べたら、ふたりの箱は同じなのに、自分の箱はまったく違っていた。
オロチの館は清田という出雲の奥地にあり、そこで鉄の精錬を行っていた。
清田とフツ親子が身を寄せていたクシの館のある横田は、ともに出雲の奥地にあり、やはり鉄の精錬を行っていたが、ヤマタのオロチが統治してからは、出雲のすべての鑪(たたら)はヤマタのオロチが管理し、その数は数十もあると言われ、清田や横田は大鑪があった。
足で踏んで風を送る鞴(ふいご)から踏鞴(たたら)と呼ばれるようになり、踏鞴を使って精錬する所も鑪(たたら)と呼ばれるようになった。
出雲の鑪で造られる和鋼(わはがね)は刀の最良の鋼として重宝され、武器としての鋼の刀と銅剣では、まったく勝負にならず鋼の刀を武器にした唐や高句麗が大陸や半島を支配できたのは出雲の鑪で造られた刀を武器にして戦が出来たからである。
出雲の日本における重要戦略地域としての存在感は、尼子一族が毛利元就によって滅ぼされたころ、織田信長によって武器の主流が刀や槍から鉄砲に変わって、鉄砲が堺で大量生産されるようになっても、材料の鉄は出雲から手に入れるしかなかったことからも窺われる。
信長が執拗に毛利攻めをしたのも、鉄の供給源である出雲を確保したかったからである。
明治維新における長州の影響力の背景にも出雲の存在があったことは否めない。
出雲は鉄鉱石を大量に産出した所であったが、精錬技術は大陸から半島を経由して渡来して来た高句麗の金岡氏によって伝来されたものである。
その後、鑪が高殿(たたら)とも呼ばれるようになったのも、精錬所の上に金屋子神(かなやこのかみ)としてたたら吹きの技術を守る神が祀られるようになってからだが、金屋子(かなやこ)は金岡氏から来ている。
クシが槌の技術と、たたら吹きの村下(今でいう職長)であったから、オロチ一族は彼を大事にした。
ズガは李生成から一時帰国せよとの命令が来たと嘘をついて、ピョンヤンに帰った。
李生成に謁見したズガは自分の出生の事実を教えて欲しいと懇願した。
「お前は、わしの後を継いでもおかしくないだけの資格を持っておる。たまたま双子に産まれ、兄のアメをわしの後継者に決めた故、不憫に思ったクニをオロチ兄弟の末子として、出雲を統治させようと思ったのだ」
「それでは、わたしの本当の名はクニというのですか?」と驚くズガに李生成は頷いた。
「それより、お前は知らないだろうが、わしと同じ血を引く者でフツという男が倭の国に行ったと聞いておる。その名前を聞いたことはないか?」
「いえ、ありません。しかし伊吹の山から来たというフツシという若者が出雲におります」
ズガが答えると、李生成の顔色が変わって、しばらくは黙っていたが、徐々に話し始めた。
「フツシという若者はフツの子だ。しかし実はわしの子であり、お前の弟である。わしがフツの妻に手を付けた結果産まれたのがアメと、クニすなわちズガお前との双子だった。そして、その後、わしの寵愛を受けて産まれたのがフツシなのだ。その時、母親は死んでしまった。フツは、それをわしが殺したと思っているのだ・・・」
李生成の話に驚きながらもズガは訊く。
「それは18年前の出来事なのに、何故今ごろ出雲にフツが、そしてフツはどこにいるのでしょうか?」
「多分、他の兄弟はフツのことを知っておるから、出雲のどこかに潜んでいるのだろう」李生成が言うと、「フツシは、このことを知らないでしょう・・・」とズガが答えた。
「まず知らないであろう。フツには悪いことをしたと思って、アメとクニをわしの後継者にした。しかし、フツシの母親が死んだときにフツは産まれた赤子を連れ去った。わしに復讐するためであろう。そうなると、お前は兄弟同士で殺し合いをしなければならなくなる」李生成の顔は曇っていた。
『道理で、初めて顔を合わした時から、親しみを感じたのだ』とズガは心の中で呟いた。
「しかし、このままでは、いつか兄弟同士の殺し合いになるでしょう」とズガが言う。
李生成は、それには何も答えなかった。
出雲への帰路の船の中で、ズガは遠くに見える出雲の地を見ながら、殺し合いになるかも知れない我が弟のフツシに会いたい想いが膨れあがっていた。