第二章 半島の意味

唐王朝が中国歴史の中で最も隆盛を極めたのは、高句麗を傘下に治めたからである。
元王朝が最大の版図を広げることが出来たのも、高句麗の流れを汲んだ高麗を傘下に置いたからである。
高句麗と同じ扶余族の百済は、663年に白村江(はくすきのえ)の戦いで、天智朝と連合した結果、新羅・唐連合に敗れ滅亡した。
高句麗も、唐と連合した新羅に滅ぼされるが、末裔の高麗が918年に新羅を滅ぼし、936年朝鮮半島を統一した。
1392年、明の朱元樟に滅ぼされるまで、高麗は元朝の傘下で朝鮮半島を支配していた。
唐、元、明は常に高句麗・高麗をその傘下におくことで、大王朝を維持していた。
その理由は、高句麗・高麗の鉄を利用したからで、その高句麗・高麗は出雲から鉄を入手していた。
その出雲を支配して、鉄器を高句麗に送っていたのがヤマタのオロチで、当時の倭国で出雲は最重点戦略地域だった。
銅製武器しか持っていなかった九州や四国、畿内を本拠地にしていた農耕型民族である弥生人にとって、気候的には決して恵まれた地域ではなかったが、鉄鉱石の産地であることで、鉄器を持つ出雲狩猟型民族は脅威であった。
紀元前後の日本は、まだ統一された国家ではなく、地域毎に民族の違う、多民族国家であった。
農耕型民族である弥生人の間では、食料の蓄積が可能なことから貧富の差ができ、支配階級と非支配階級に区分けされ、支配階級が大きな力を持つに至り、国家としての基本形態へと進化していった。
つまりゲマインシャフトからゲゼルシャフトに移行出来たのに対して、狩猟型民族である縄文人の食料が熊や鹿といった備蓄の利かないものだったため、必然的に平等社会の形態、つまりゲマインシャフト共同社会から抜け出せなかった。
しかし、戦をさせたら縄文人の方が、腕力があって強い。
鉄器を持つ出雲人は更に強力になる。
出雲が最重点戦略地域であったのは、こういった理由からである。
この現象は、人間という腕力的には最も弱い動物でありながら、腕力の強い他の動物を、その支配下においていった歴史に象徴される。
村落集合体から国家に進化していく過程が、ゲマインシャフトからゲゼルシャフトへの移行であり、支配集中権力と個別腕力(暴力)のパラドキシカルな関係となる。
ゲマインシャフトからゲゼルシャフトへの移行の狭間であった当時は、出雲を制した者が、日本の支配者になれる最大の要件であった。
ヤマタのオロチの切り札はここにあったが、酒と女に溺れたヤマタのオロチは、人間的ではあったが、支配勢力の拡大にとって一番大事なことに気づかなかった。
出雲にやって来たフツシは、このことに気づいていた。
一方、高句麗と同じ扶余族だった百済人は九州に渡って農耕型弥生人となっていた。
フツシがヤマタのオロチを破り、出雲を手中に収めてから九州に進出していく理由が、ここにあったが、その話は後にして、フツ親子とヤマタのオロチとの対決の話に戻っていこう。

ヤマタのオロチ兄弟の本名は、上からイガ、ガガ、ヤガ、フガ、キガ、アガ、エガ、ズガと言う。
彼らの共通点は酒と女に目がないこと。
だが、それ以外の点ではまったく違った性格と特徴を持っていた。
イガは情緒不安定で、いい時は優しい面が出るが、ひとたび切れると残忍そのものになる。李生成はイガの残忍さを知り抜いて、今までにも新羅や百済との戦でイガを大将にして勝ち抜いてきた。
ガガは、まったく目立たない地味な性格で、何を考えているか李生成ですら分からなかった。しかし、その目の奥に潜む残忍性は返って不気味であった。
ヤガは、ガガと正反対で、賑やかそのもので、黙っていることが苦痛らしく、しょっちゅう喋っていて、思ったことはすぐ口に出す。
フガはお人よしで、酒と女好きを除けば善人だが、酒と女になると人格がなくなってしまう。
キガは変人だ。いつも妄想に取り憑かれていて、李生成の後を継ぐのは自分だと大口を叩くが、いざ行動となるとまったく体が動かない、頭でっかちの男だ。
アガは完全な二重人格者だ。言っていることと、やっていることが支離滅裂だ。完全に精神障害をきたしている。
エガが8人の中で、一番狡猾で身勝手な男で、いつも自分の利ばかりしか考えられない男だ。
ズガが末子だが、やはり末子相続の慣習の一族だけに、何事にも優れているし、リーダーシップを発揮する。一番恐ろしい男だ。
フツはヤマタのオロチに知られているから、フツシが彼らの様子を伺いに行くことになった。
クシがフツシを引き連れて挨拶にいくことになった。
「クシよ。今日は酒か女かと思ったら、若い男ではないか。何者だ、こ奴は?」ズガが大きな声で、いかにも自分が一番偉いと鼓舞しているかの振る舞いで言った。
「はい、ズガ様。ここにいますは我が姫イナダの許嫁で、フツシと申します。本日はみなさまにご挨拶をと参上致しました」淡々と喋るクシに他の兄弟たちが、貪欲な顔立ちで睨んでいた。
彼らにとって許嫁と聞くだけで、欲望が湧いてくるのだ。他人の女を寝取ることが無上の快感であるらしい。
「フツシと申したな。お前はどこの国から参ったのか?」とイガが尋ねたが、フツシは黙って答えなかった。
「はい、イガさま。フツシは伊吹の山の出でございます」とクシが代わりに答えた。
それが余計イガには気に入らなかったらしい。
「伊吹の山の者であれば、トビの術を心得ておるはずだ。ここで披露せよ」とフツシに向かって命令口調で言った。
気の強さではフツシは誰にもひけをとらない。
「トビの術は一人で披露できませぬ。相手が要ります」とフツシは答えた。
「それなら、わしが相手しよう」とイガが長子の威厳を示そうとした。
トビの術とは忍びの術だが、それは遥か後のことで、当時の狩猟時代には、獣相手の素手の闘技であった。
フツシもイガも扶余族だから体格は六尺をゆうに超える。横にいたクシなどは五尺にも満たない。
イガも自信たっぷりにフツシの前に立ちふさがった。
頭も切れるフツシは自分の方から仕掛けようとはしないで、相手の出方を待っていた。
イガがフツシの胸ぐらを掴まえようと右腕を伸ばした、その瞬間フツシの左手が、伸びてきた腕の内側をすっと通ってイガの右肩を掴み、思いきり引き下ろした。
フツシの強力な腕力でイガは前にのめった。
そして、その後は何が起こったか誰も分からない程の一瞬でイガは口から泡をふいて気を失っていた。
他のオロチたちはフツシに、飛びかかろうとしたが、ズガが一喝した。
「手を出すな!」と言って、フツシに向かって笑った。
「フツシとやら。いつかお前とは雌雄を決する時が来そうだな」
フツシも思った。
『このズガがヤマタのオロチの頭だな・・・』