第八章 穏やかな日々

「はい!デューク。久しぶりね」
クセイン夫人のマーゴットが村木を思い切り抱いて、そして口にキスをして歓迎してくれた。
今から15年前に夫婦で日本に来たときに、村木はマーゴットとカスピ海に面するラシットという町の名士であるカハラム・ゴルマーを京都へ案内したことがあった。
その時の彼女の態度が、実に控えめだったことが印象に残っていた。
ドイツ系と言っても生まれも育ちもアメリカで、ちょうどミシガンを挟んでシカゴの反対側にあるグランラピッズ出身のアメリカ人だ。
クセインと同じミシガン大学で国際関係論を学んでいた時にクセインと出会って結婚した。
クセインの父親のマンスール・グラブチは敬虔なシーア派イスラム教徒で、イランのバザールで商いをしていた。
気性が明治時代の日本人と同じで、保守的であったから、二人の結婚はなかなか許されなかった。
異常なほどの潔癖症は、やはりゲルマンの血のせいか、家にいても毎日掃除ばかりしていた。
「相変わらず趣味は掃除かい?」
冷やかして言うと、真面目な顔をして、「わたしは一生掃除婦さんね」と言ってウィンクした。
「デューク。高田化学を辞めたんだろう?」
クセインが急に言ったので、村木は驚いてしまった。
「どうして知っているんだ?」
「知らなかったよ。だがお前はいずれは辞めると思っていた。あの会社と合う訳がないとずっと思っていたからだ」
村木は、そうは思っていなかった。
「日本の大企業なんて、みんな同じさ。まあ、俺みたいな一匹狼を受け入れてくれただけ、まだましだよ、あの会社は」
「お前は、いつもそうだから日本の会社ではいくら仕事が出来ても偉くなれないんだ。まあそれより自由人になったのだから、ゆっくりしていけよ。オーガスタでゴルフ三昧しよう、お前はテヘランでもゴルフは超一流だと言われていたからな。その代わりの俺の趣味も付き合えよ」
「狩猟かい?」
クセインはニタッと笑った。