第六章 罠にはまったねずみ

「石川さん。今日の四反田会長との会談は決裂したということにしておきましょう。僕は安川顧問、嶋さんに、そう報告します」
村木の意図を計りかねている石川に、話を続けた。
「要するに、踏み絵をするのです。まあ僕の指示通りにしてください。また連絡します」
石川と別れた村木は、車の中から安川に電話をした。
「もしもし、安川ですが」
村木からの電話を待っていた雰囲気の口調だった。
「もしもし、村木です」
「おお!村木君か。会長との会談はどうだったかね?」
気になって仕方ないといった雰囲気が伝わってくる。
「駄目でした。完全に決裂です。安川さんが言われていたように完全対決しかないようです」
電話の向こうで困った顔が想像できる。
安川は黙ったままだ。
「これから、どうしましょう?」
「石川君に会ったらどうかね?」
村木の罠で、ねずみの正体を見せ始めた。
「石川さんに会って何を話すのですか?」
「とにかく、石川君に会いたまえ」
もう、しどろもどろだ。
「分かりました。それじゃそうしましょう。しかし、安川さんの最終条件を提示してください。それでないと会っても無駄になる恐れがありますから」
返事が帰って来ない。
「まあ、村木君。とにかく石川君に会いたまえ」
これしか言うことが出来ないのだ。
「いや、安川さんは我々のリーダーです。この前の会食の時にも安川さんと嶋さんが強硬路線で行くんだと一番強く言われていたじゃないですか。山田ご老体が、向こうの事情も考えてやったら、と言われた時、安川さんは、おいぼれは黙れ!とまで言われたじゃないですか。今はっきりと条件を提示してください」
困り果てた安川が、重くなった口を開いた。
「そりゃあ、君。何だよ。ううん・・・。本岡専務を一年以内に首を切る。これが最低条件だよ」
「もし、石川さんが受けなかったら?」
「ううん・・・。そりゃあ君、対決するまでだ」
遂に言わせたと思った村木は、きっちり録音されているか確認した。
「もしもし村木ですが。石川さん?」
村木は安川との電話の後、すぐに石川に電話した。
石川も待っていた様子で、「はい、石川です。安川さんと話されましたか?」
「今、終わったところです。あなたに会え、と一点張りです。多分、四反田会長に提案した要望をあなたから会長さんに、もう一度交渉させようという腹でしょう。そこで、今晩会いましょう」
「ええ、今晩ですか?」
石川もまだ村木の意図を完全に掴めていない。
「回転の悪い連中だなあ、全く!」
そう思っていらいらしたが、正確に石川に指示した。
「今晩、ええと六月二十三日ですね。七時に会ったことにしておきましょう。会った結論は決裂です。いいですね」
石川は、手帳に書いた。
「ええと、六月二十三日午後七時、村木氏と会談。ですね」
「明日また電話します」
村木は電話を切った後すぐに安川に電話をして今夜七時に石川氏と会うことになったと伝えた。
その日の午後六時頃、石川から電話がかかってきた。
「嶋君が、わたしの部屋の前でずっと待っていて、部屋に戻るところを捕まって、話があると言うんです」
「嶋さんが?」
「ええ、今晩あなたと会う事を知っていて、嘘でもいいから、四反田会長が本岡専務を一年以内に首を切る約束をした、と村木君に言って欲しい。と言うんです」
「嘘でもいいからですか?」
村木は溜息をついた。
「それで?」と聞くと、
「そんないい加減なことは言えない、と断りましたが。それでいいでしょうか?」
「まあいちいち手の焼ける連中だ」と内心思いながら、「それで結構です。もし今晩の会談のことを明日でも聞かれたら、話を合わせておいてください」
そう言って村木は電話を切った。
そして翌朝一番、村木は安川に電話をした。
「やはり、駄目でした。こうなったら安川さんの言われたように対決ですね。
そこで明後日、この前の店で嶋さんと一緒に打ち合わせをしましょう」
一方的に言って電話を切った村木は、「チェッ!」と胸の悪さを吐いた。
六月二十六日午前十一時、村木は約束したレストランに一枚の紙と、胸にテープレコーダーをしのばせて入っていった。
二人は既に、予約したテーブルに座っていた。
村木は椅子に座るなり、一枚の紙を安川に手渡して言った。
「ここに、お二人のサインをお願いします。決行する上での連判状です」
安川は、その紙を読んで、そして嶋に無言で渡した。
嶋も読んだ後、テーブルの上に連判状を置いて、「村木君。今ここで対決しても効果がない。ここはもう少し長い目でやった方がいいと思う」
「何を言ってるんですか!あなた方二人が強硬路線を言い張ってきたのじゃないですか。そうでしょう安川さん?」
安川は困った表情で黙っていたが、村木が義憤で燃えているので重い口をやっと開けた。
「村木君、そう言うけどね。わしはもう辞めていくからいいが、嶋君はまだ高田化学の社員だからね。だからこういう稚拙なものにサイン出来ないよ」
「もういいです。それなら失礼します!」
村木は椅子を蹴るようにして店を出て行った。
「何て奴らだ。もうサラリーマンはご免だ!」