第五章 会長との会談

本社会長室のあるフロアーの応接室に通された村木は、内心嫉妬心を燃やした。
性格的に妬みややっかみを持ったことがない村木だったが、田舎くさい会社と思っていたが、社長と会長だけがいるフロアーは、床も大理石張りで、まるでハーレムの雰囲気だったからだ。
以前、大手総合商社の副社長室に通されたことがある。
その時の豪華さをまざまざと見せつけられて、村木は、「大企業と言っても、所詮大阪のローカルカンパニーだ」と思ったことがある。
そして安川が入っていた副社長室も、大したことはない。
ところが、会長・社長のフロアーだけは全く特別で、大手総合商社でも歯が立たないほど豪華絢爛たるもので、正直言って驚きと嫉妬心が湧いたのだ。
ソファーに座って待っていると、四反田が入って来た。
後ろには人事担当常務の石川がいた。
「人見知りするらしいと聞いていたが、やはり一人で会うのはいやらしい。所詮小者だ」
内心思いながら、一応の挨拶をお互いに交わした。
最初は一般の世間話をしていたが、村木はぐずぐずしているのが嫌いだ。
自分の方からずばり切りだした。
「わたしが言いたいのは、自分個人の好き嫌いで、会社の人事を采配するのは如何なものかと思うのですが。今ちょうど大河テレビドラマで徳川吉宗が放映されていますが、正直言って、あなたは五代将軍綱吉ですね。そして本岡専務はさしずめ柳沢吉保ですね。やはり吉宗になって身近な側近は、大岡越前のように、せいぜい奉行程度にしておくことが公正な指導者ではないでしょうか。
話は変わりますが、安川顧問が、本岡専務の首を一年以内に切る約束を、あなたから取りつけるようにと言っておられます。どうでしょうか?」
横で石川が必死にメモを書いている。
「あなたの言われていることは、ごもっともです。わたしも今までのやり方について反省しております。これを機会に社内を刷新しようと思っております。何とか、本岡君の首を一年以内に切るという条件はご勘弁ねがいたいのですが。安川君と話をした時は、そんな話は一切出なかったのですがね」
村木も安川の言う、一年以内というのも大人げないと思っていた。
「わたしは、誰をどうこう言うつもりはありませんが、株式会社は社長や会長の私有物ではありませんね。それなら誰に対しても公正な評価をすべきで、特に会社に損害を与えた人間の信賞必罰に好き嫌いの判断での個人差があってはなりません。それをきっちりやって頂ければ、それ以上何も申し上げることはありません。だから今回の件もきっちりけじめをつけてください」
「よく分かりました。当然のことです。ところでわたしは安川君と会った時に、取引は一切しませんでしたから。これだけは申しあげておきます」
村木の頭のシャープさは天下一品だ。ちょっとした言葉も逃さない。
最後に四反田が言った言葉に引っかかったが、敢えてそれ以上追求しなかった。何となく分かったからだ。
「ところで、橋本社長は、わたしに、責任を取って辞めると言っておきながら、辞めるどころか昇格しておられる。あの人はどぶねずみの皮を被ったスカンクです」
村木の言葉に四反田も苦笑した。
会談が終わった後、石川が追いかけて来た。
「村木君。ちょっとお茶でも飲まないか」
石川の用件は分かっていた。
近くの喫茶店に入って、石川が注文している間に、村木は胸の中にあるボタンを押した。
「村木君。君に忠告しておいた方がいいと思ってね。安川さんを信用してはいけないよ。あの人は、会長と会談した時に取引を申し入れたんだよ」
大体は予想してたが、
「どんな条件の取引なんですか?」
石川に聞いてみた。
「村木君を抑え込むことの出来るのは自分一人だけだ。だから自分の要望を聞いてくれたら村木君を黙らせる。と会長に言ったそうだよ」
頭に血が昇った村木だったが、冷静に聞いてみた。
「安川さんの要望というのは何ですか?」
「嶋君を取締役に昇格させることらしい」
「何て汚い奴等だ!」と思った村木は一計を案じた。