第四十二章 スルタンとの謁見

二人を脅した村木だったが、裏ではアテネ空港の待ち合いロビーからゲリーに電話をして二人のNOCもマスカット空港の入出国管理事務所に届けてくれるよう頼んでおいた。
農・漁・鉱業大臣のアル・フタイムがわざわざマスカット空港まで、迎えに来てくれていた。
国際空港と言っても、ドバイやアブダビのような大きな空港ではなく、ローカル風だが、ここの国はすべてが綺麗で清潔感に溢れている。
スルタンの方針なのだが、やはりアメリカの影響が大きい。
空港から、黒塗りの外交官リムジンでスルタンの宮殿に向かって行く途中、興味津々で外を眺めていた乾と上田を見たフタイム大臣は上田カメラマンのことが気に入ったらしく、しきりに上田カメラマンの下半身を舐めまわすように見ていた。
それに気づいた村木は、「アル。相変わらず両刀使いかい?奥さんが八人もいる上にとは、精力は衰えていないようだね」
村木に指摘されたフタイム大臣は、平然と村木にネゴしてきた。
「ミスタームラキ。この男の子はまだ十五才ぐらいかい?1万ドルでどうだい?」
村木も冗談で言った。
「まだ十三才のまっさらの子供だ。2万ドルでないと駄目だ。一切のネゴは無しだ」
フタイムはニタニタ笑いながら、「だけど、横にいる大ねずみみたいなのも売りものだろう。どこから見つけてきたんだ?多分お前さんの本拠地イランのガズビンで使いものにならなくなったのをおまけに連れて来たんだろう。これを売りさばくのは、ここでも難しいよ。隣のイェーメンのしかもホデイダの港町ぐらいしか買い手はいないのは、お前さんもわかっているはずだ。よし、わかった。二人まとめて1万五千ドルでどうだ?」
二人の会話はアラビア語でしていたから、二人は全然わかっていない。
しかし、何とも言えない目つきで舐めまわされていることに気づいた上田カメラマンが、村木に言った。
「あの、ちょっとお尋ねしたいのですが。わたしの話しをされていたんですか?」
「そうだ。この大臣さまが君を1万ドルで買いたいと言っておられるのだ。君はまっさらだろう?」
真っ青な顔になって、横の乾に助けを求めた。
「乾先輩。わたしが1万ドルで売買されそうなんですよ。何とか言って下さいよ!」
急に色めきだった乾記者は、村木に尋ねた。
「ところで、つかぬことをお聞きしますが、わたくしめの値踏みは如何なものでしょうか?ええ」
村木は笑いながら、「君は、おまけだ」
「おまけ?どういう意味でございますか、それは」
突っかかるように、体を乗りだしてくるのに圧倒されて、さすがの村木もたじろいだ。
「おまけというのはだな。君は使いものにならないが、上田カメラマンがまっさらなことを気に入って、仕方ないから君もまとめて買ってやると言ってるんだ。だから、君は値無しなんだ」
「まことに、お手数をおかけして申し訳なく思っておりますが、この大臣のお方にお伝え願えないでしょうか。ええ」
真剣な顔をして、村木は聞いた。
「何を言えばいいんだ?」
「はい。わたくしめもまっさらなんでございます。ええ」
村木は噴き出してしまった。
仔細をフタイム大臣に説明すると、彼も噴き出してしまった。
車はスルタンの住む宮殿に入って行った。
「この話しは後にしよう。まずはスルタンの謁見だ」
上田カメラマンはほっとしていた様子だったが、乾記者はまだこだわっていた。
謁見室に入ったら、既にゲリーが来ていて、スルタンと話していた。
「やあ。ミスタームラキ。久しぶりですね。相変わらずお元気のようで,お会いできて嬉しいです」
村木は、国王に対しての礼をつくして挨拶した。
村木が、どこの国でも歓迎されるのは、その国の礼儀を知っていて、まず国に対して敬意を表する仕方をわきまえているからだ。
日本の外交官は、大国だったらぺこぺこするが、小国だったら見下ろす態度を極端にする。だから世界の国々から、日本の外交官は馬鹿にされるのだ。
「国王閣下。本題に入っても構わないでしょうか?」
もう一つ、村木が歓迎されるのは、実にフランクかつストレートなのだ。
礼は尽くすが、いざ交渉となると対等の姿勢で堂々と臨んでくるところが、相手からすると畏怖心を持つらしい。
さすがのスルタンも、「どうぞ、いいですよ」と言いながら構えた。
「今回の墜落事故の背景など、わたしにとっては興味ありません。CIAやFBIがやったことであっても関係ありません。たまたま飛行機に乗り合わせた、一人の女性が無事でいる確認と、その女性の解放だけが、わたしの希望であります」
スルタンもすぐに答えた。
「その女性が、今回の偽装事故の狙いである人間の秘書をしているそうです。そう簡単にはいかないと思いますが」
「エリザベス・タイラムはスメイニ師の秘書ではありません。彼女はロンドンに住んでいて、わたしに会いにイランに帰って来たのです。そしてそこでたまたま、彼女の父君であるアバス・タイラム氏の友人であるスメイニ氏もロンドンに行くと言うので、同行しただけです。わたしが嘘をついていると思われますか?もし疑っておられるなら、わたしと彼女の父君のアバス氏、そしておまけにここに同行している日本のジャーナリストを人質として扱ってください。アバス氏は事故現場のスイス山中に今おりますが、すぐに呼び寄せます」
村木の迫力ある説明に、スルタンもため息をついた。
「ううん!相変わらずミスタームラキはハードネゴシエーターですね。ゲリー君。君はもうアメリカ政府とは関係ないが、どう思いますか?」
ゲリー・ルイスは村木のことを知り尽くしていた。
「国王閣下。スメイニ師さえ抑えておけば、アメリカ政府は目的達成のはずです。あとは情報のリークですが、ミスタームラキの筋からは、有り得ないのは、閣下が一番よくご存知のはずです」
スルタンは納得してフタイム大臣に指示を出した。
「我が国の軍隊を出動させ、インターコンチネンタル・ホテルを一日占拠しなさい。そしてエリザベス・タイラムをミスタームラキのもとへお連れするよう計らいなさい。もしCIAやFBIの猛者連中が反撃しようとしたら軍隊に任せなさい」
村木はスルタンの足下に臥した。
「ミスタームラキは、アメリカ政府よりも信頼出来る人物です。それより彼らはジャーナリストと言っておられましたが、なかなか可愛い男性ですね」
と言って、スルタンも、彼らを舐めまわすように見た。
「国王閣下。この子は如何でしょうか?」
と言って乾記者を前に押し出した。
「うん、なかなか変わった姿をしていますね。今まで見たことのない種類です。まあとにかく今晩はひさしぶりの晩餐会を行いましょう。エリザベスさんの件は、明日決行でいいでしょう?」
村木は深々と頭を下げた。
二人の記者は、これからどうなるのか不安と緊張で足が震えていた。