第四十章 エリザベスの所在

村木がカリファーに教えておいた腕時計の電話が振動した。
すぐにカリファーからだと分かった。
「村木かい?この電話は精巧に出来ているんだな。同じ町同士で電話しているみたいによく聞こえるよ。相変わらず、お前さんは中東のゴルゴ13だと言っていたけど、本当にその通りだ。これでは一国相手に戦争しても、お前さんの勝ちだろうな」
カリファーは高田化学と取引をしているが、どちらかと言うと、村木と商売するのが面白いからしているだけで、金儲けは二の次的感覚でずっといた。
だから、子会社に移って、取引に関係なくなっても、日本に来ると必ず村木とプライベートで会うようにしていたほどの関係だった。
それほどに村木の商売センスと国際性に一目置いていた。
「ガラダリは、やはりパーレビの時代からSAVAKの幹部だったようだ。革命後解散したポーズは取ったが、CIAが秘密裏に温存した。その時にドバイにあの巨大なガラダリセンターを建設したのはアメリカの応援があったからだ。ところがレーガン時代になってアメリカとの関係がおかしくなって、大使館事件が起きた。その時にガラダリはアメリカからポイと捨てられたんだ。それが今また関係が復活しているらしい。ガラダリの配下でSAVAKの残党が動いているらしい。それから二日前に隣のマスカット・オマーンのインターコンチに団体を装ったグループがチェックインしたらしい。知っているだろう、あの海沿いにあるホテルだ」
「ああ、良く知っている」
村木は答えた。
「だけで、どういうルートで入ったんだ。まさか空港から堂々とは考えられない。だからと言って陸路はまず無理だ」
すかさずカリファーは答えた。
村木と、こういった話しをする時の要領を得ていたから、先の先まで答えを用意しておかないと、まともな会話にはならない。
「ガルフ航空で、ミラノからアテネ経由でアブダビに入り、そこから車でマスカットに来たらしい。インターコンチのマネージャーが言っていた。チェックインの時にパスポートを預けなければならないから、分かったんだ。そしてビザ発給のためのNOCのスポンサーがスルタンなんだぜ。驚いたよ」
村木はマスカットにもしょっちゅう仕事で行ったことがある。
あの国は、非常にアメリカ政府と親しい関係で、スルタンつまり国王も、アメリカ大統領が替わっても、政策は変えなかった数少ない国だ。
世界の外交の実態は、国対国と言っても、やっているのは人間で、しかも一番愛国心の希薄な外交官だ。
外交官と言えば、国益を代表する愛国者の模範のように思っているのは、何も知らない国民だけで、ちょっとその国に長くいれば、如何に外交官という人種が低劣かすぐわかる。
中東の国はイスラム教だから、酒の飲酒・販売は禁止されている。しかし、それは表向きで酒類は闇取引され、日本料理の店などでは高い値段で売られている。
ところが、国に持ちこめない。税関でひっかかるからだ。
そこを上手くつけこむのが外交官だ。
彼らのパスポートはDiplomatと書いてある。すなわち外交官特権でどんな国でも国交があれば入出国手続きも、税関もフリーパスだ。
それを利用して日本からしこたま酒を持ち込み、日本料理の店に売りつけているのが実態だ。
あっちこっちで、そういう光景を見て来た村木だ。
マスカットという国はビザは、NOC(No Objection Certificate)と言ってマスカット国籍の個人若しくは会社が、どんなトラブルが起きても責任を取ります。と一筆を入れないと発給されない。
それをスルタンが出したと言うのだ。
「エリザベスさんの写真があれば、すぐにチェック出来るからFAXで送ってくれ」
一旦、電話を切った村木は隣の部屋のアバスに事情を説明して、写真がないか聞いてみた。
アバスは財布の中からエリザベスが十七才の時の写真を出してきた。
「あの時の彼女だ!」一瞬胸の高鳴りを覚えた村木だったが、「これでも判るでしょうか?」と言うアバスに、「今でも十七才の時のままですよ。大丈夫です」と言って階下に下りて、マリアンにその写真を渡した。
「まあ、ものすごい美人ね。あなたの好きな人ね」と言って微笑んだ。
村木は返事せずに、この写真を家からFAXしてくれるよう頼んだ。
マリアンはすぐに写真を持って家に帰った。
尾行している連中がいないか確かめた村木だった。