第三十九章 世界のネットワーク

いよいよ村木が動き出した。
敵の正体は解ったが、狙いがまだ定かでないから、次に打ってくる手が予想出来ない。
その上、人質のエリザベスを捕られているから、まずはエリザベスの居所を突きとめなければならない。
墜落事故から六日が経ったことを考えると、敵は場所を変えた恐れがある。
「唯一の接点は、あのモセイニという男だ。締め上げてもいいのだが、暴力は使いたくない。やはりモセイニの動きを監視するしか手はなさそうだ。
奴も、こちらのことを監視しているから、ここはあの二人に働いてもらうしかなさそうだ」
翌朝、目が醒めたベッドの上で考えていたら、ドアをノックする音がした。
ドアを開けると、例の二人が、もう服を着替えて準備万端整って、臨戦体制に入っている。
「おはようございます。昨夜は大変価値のある会にご招待して頂きまして、この上田ともども感謝感激しておる次第でございます。ええ」
いつもの前口上がはじまったが、村木も慣れてしまったのか、相槌を打って頷いていた。
「ところで、何か新しい情報でも入ったのですか?」
丁寧に聞くと、ますます乾記者は硬くなって、「はい!例のモシモのことで、ご報告したい儀がございまして参上いたした次第でございます。ええ」
いくら丁寧な言葉を使っても、必ず最後に、「ええ」は入れる。
「モシモじゃなくて、モセイニというのですがね。乾記者どの」
「ああああ!これは大変失礼いたしました。ほほほほほ!」
新語が出て来た。手のひらを口元にもっていって、尖らせたおちょぼ口を押さえて、笑っているのか、悲鳴を上げているのかわからない音を発する。
「例のモセイナという男が、昨夜からしきりに電話をしている所が判明いたしました」
横から上田カメラマンが、「モセイナではなく、モセイニです」と横槍を入れると、「うるさい!わかっている!」と横柄なしゃべり方に変わった。
上田カメラマンは、笑いながら、「どうも、どうも」と乾記者に頭を下げていた。
「それで、どこに電話をしていたのかい?」
敢えて丁寧にしゃべっていたが我慢しきれなくなった。
「はい。それがドバッという国に、何度も電話をしたそうで、相手はギャラリーとかいう男だそうです。ええ」
上田カメラマンの方に目をやると、彼は手を横に振っていたので、「それは、ドバイと言う国で、相手の男の名前はミスター・ガラダリだと思うけど、そうじゃなかったかい?上田さん?」
とっさに上田カメラマンの口を左手で塞いで、右手でまた自分のおちょぼ口を押さえ、
「ああああ!そうでございました。ほほほほ!」
難儀な男だが、よく動き回り、なかなか価値ある情報を手に入れて来る。
こういう男は、複雑な性格と体質を持っていると買いかぶりされやすい。なかなか自分の本性を出しているように思われないで、阿呆なポーズを取ってカモフラージュしているように誤解される。
実際、世の中には、そういう狡猾なタイプの男がいる。
しかし、この男は、表面に出てきているそのままなのだ。
それを、昨夜の晩餐で認識した村木は、この男に対してはあまり深く考えないようにした。
村木は今までの体験で、ありとあらゆるケースを設定して、深く広く瞬間に、分析してしまうのが身についているから、最初は勘が狂ったが、やっと対応の仕方がわかったのだ。
「乾君。これからそう呼ばせて頂くが、君は本当に変わったタイプだね!いい意味で言っているんだよ」
真剣な表情で村木に言われた乾は、目の周りを真っ赤にして聞いていた。
村木はフロントにいるマリアンに電話して、彼らの為にコーヒーを頼んでやった。
そして、それから腕時計の電話で、電話を掻けた。
「もしもし。ミスター・アリ・フカエリ・カリファーはいますか?」
「おお!ミスター・ムラキ!どこにいるんだ?電話を何度もしたんだが、タカダを辞めたそうだね。お前さんと商談が出来なくなって淋しいよ」
懐かしい声が電話の向こうから聞こえてきた。
彼はドバイに住むイラン人で、イラン南部にある古都シラズ出身の男だ。
ドバイで商売をしている大半は、ペルシャ湾の向こう岸にあるイランからやって来た男たちだ。
「ガラダリはどうしている?奴もシラズ出身だから、お前さんは良く知っていると思ってね。あのハイヤットリージェンシーがやっているガラダリセンターは潰れたんだろう。確か倒産したと聞いていたが?」
カリファーは、はしゃいでいる様子で言った。
「そうだ。あんな汚い野郎は倒産して当たり前だ。そのガラダリがどうかしたのかい?」
村木は事情を説明した。
「そりゃー何か臭いなあ!OK!俺なりに調べて見よう。例のスイスのホテルにいるんだな」
電話を切った村木は、やはりサラリーマンでも誠意を以って商売をしていれば、人間関係は続けられるものだと、つくづく思った。