第三十八章 悲劇の中の乾杯

エリザベスが生きていると確信した村木は、自分の考えをみんなに説明した。
ようやく気を取り戻した乾記者も、必死にメモをしだした。
「おいおい、これからの話しはオフレコにしておいてくれよ」
村木が、念の為に言うと、
「はい、承知しております。今までのことはすべてオフレコに致しております。わたくしめの100ドル買収の件もオフレコでお願い致します。ええ」
乾記者は真剣な表情でみんなに言いながら、目はマリアンの方を向いていた。
「上田君は、大丈夫だったのかい?」
村木が上田カメラマンに聞くと、マリアンは上田カメラマンの事が気になるらしく、「本当に、ごめんなさい。大丈夫ですか?」と真剣な表情で言った。
「はい。これしきの事でくたばるような、わたくしめではございません。ええ」
乾記者が、我さきにと返事したが、マリアンは上田の方を向いたままだった。
上田カメラマンは、いつもの癖で、右手を左右に振って、「ええ、大丈夫です。気にしないでください」と言ったのが、余計マリアンを気に入られる結果となった。
マリアンは上田カメラマンの横に座ってじっとしていた。
「マリアン、食事の手伝いをしなさい!」
と母親のジュリーに言われて初めて彼女は我に帰った。
村木の説明がはじまった。
「今回のイラン航空ロンドン便の墜落事故は、明らかにCIAとFBIがSAVAKの残党に命令して、テロ爆破に見せかけた事件だと思います。
目的はボンガ・スメイニ師の暗殺若しくは誘拐だと考えられます。
スイスアルプス上空で爆破させたのも、計画通りだったのでしょう。
爆破は、預けたトランクに仕掛けたプラスチック爆弾によるもので、航空機の後部で起こったと推測されます。
そのため、航空機の前部の操縦室やファーストクラスには爆破の影響がなかったのではないかと思います。
その証拠に、遺体を確認したところ、操縦室のパイロットやファーストクラスの乗客が全くいなくて、いまだ行方不明であることから推測出来ます。
また同じファーストクラスに乗っていた乗客リストの中に*印がついている人間が八人も乗っていて、FBIがイラン航空に削除を命じた連中です。
まず機体は、氷河の上を着陸したのだと思います。
テロリストに扮装した工作人達八人は乗客として乗っていて、緊急着陸した機体から生きている者だけを降ろし、機体を爆破させ、どこかへ連れ去ったのでしょう。モンテローザの氷河から、行けるとしたら、ゴルナーグラートとツェルマットの間しかありません。
ツェルマットが一番可能性が強いのは当然ですが、わたしの推測では、ツェルマットからゴルナーグラートへ行く途中に別荘地帯があります。ここに潜んでいる可能性が一番強いのではないでしょうか。
エリザベスとスメイニ師は、まだ生存していると思います。
ただ彼らの狙いが、まだよくわかりません」
アバスもジャミールもエリザベスが生きている可能性が強いと聞いただけでほっとしたようだった。
「まあ、亡くなられた方には申し訳ありませんが、お知り合いの方が生きておられるだけでも、よかったとして、乾杯いたしましょう。ええ」
確かに、多くの犠牲者が出たことは悲劇であったが、彼らにとって、エリザベスが生きているらしいことの方を喜ぶのは人情として仕方なかった。
「複雑なことは確かだけど、やっぱり良かったのだから、乾杯しましょう!」
マリアンが上田カメラマンの横で言った。
みんなも頷いた。