第三十三章 外された乗客

ジャミールの友人のハマスは、イラン航空のメーラバード空港のチーフだった。
墜落当夜、空港に駆けつけたジャミールと村木に、墜落は爆破に因るものだと耳打ちしてくれたのもハマスだった。
ジャミールはクルムホテルからハマスに電話をしようとしたが、村木に止められた。
「電話を盗聴されている恐れがあるから、これで電話をしたらいいよ。それからハマスも携帯電話を持っているなら、そちらにした方がいい」
村木はイヤホーンをジャミールに渡して、手首にある腕時計のボタンに指を添えて、「電話番号をこのメモ用紙に書いてくれ」と指で口を抑えて言った。
ジャミールは書いた番号のメモ用紙を村木に渡した。
イヤーホーンを耳にしたジャミールは、村木から渡された酸素吸入器のマウスピースのようなものを口にした。
部屋の中の者でさえ、まったく聞こえない。
もう一本のイヤホーンを村木は自分の耳に添えた。
「もしもし」
囁くような声だが、ハマスだと村木もすぐわかった。
「ハマスかい?ジャミールだ。今ツェルマットから電話しているんだ。そちらの様子はどうだ?」
「ジャミール、大丈夫かい?何かこちらはFBIがやって来る、CIAがやって来るわで大変だよ。表向きは静かだけどね」
「実は乗客名簿を欲しいんだ。今日も朝一番にRescue隊がやって来る前に、FBIの連中がやって来て極秘調査をして帰った。その後Rescue隊が来たが、ただの事故扱いで、乗客リストも見せないんだ」
ジャミールの話しにハマスも同感らしく、小さな声で言った。
「こちらでは、いま乗客リストの作成中で軟禁状態に置かれているんだ。世界中から乗客リストの要求が来ているから出さない訳にはいかない。そこでFBIとCIAが数人の乗客だけを外したリストを作るようにイラン政府に要求した。その指示でいま、ある場所に缶詰にされて作成しているところだ。携帯電話を持っていたから、こうやって繋がったんだぜ」
村木はメモをジャミールに渡した。
「本当の全乗客リストと、奴等から外せと指示された数人のリストのメモと、最終的に作成したイラン航空の乗客リストを欲しいんだ」
ジャミールもハマスも何故すべてのリストが必要なのか解せない。
「全乗客リストを君に提供するだけでも、命がいくらあっても足りないのに・・・」
村木は、強く要請するようジャミールを促した。
「後生だから、全リストを提供してくれよ!」
ジャミールとハマスは小さい時から同じ学校で学んだ幼な馴染みだ。
「わかったよ。どこに送ればいいんだ?だけど今晩遅くになると思うよ。リストをあと二時間で作成して発表が午後六時の予定だから、それまではこの部屋から出してもらえないんだ。もう二日も缶詰にされてひどい目にあったよ」
村木は、すかさずメモ用紙に書いてジャミールに渡した。
「0041279662605がアルペンブリックというホテルのFAXナンバーだ。そこへ事務所からではなく、君の家からFAXをして欲しい」
メモ通りに読むだけであった。
「わかったよ。そちらは今何時だ?」
ハマスが聞くと、「こちらはスイス時間で午後一時だから、そちらは午後四時だろう」とジャミールが答えた。
「うん、そうだ。それじゃ今晩八時に家からFAXするよ」
「ありがとう、恩に着るよ」
ジャミールはそう言って、村木に合図した。
村木は時計のボタンを押して回線を切った。
「すごいですね、この・・・」
二十日ねずみが感激して喋ろうとした口を村木は抑えた。
「さあ、もうこれ以上どうすることも出来ないからツェルマットまで下りようか?アバスさん如何ですか。エリザベスの遺体がまだ見つからないので心残りでしょうが、ここはRescue隊に任せてイラン航空が用意してくれた、何ていうホテルだったですかね?そこへひとまず落ち着いて待ってはどうですか?」
やけに大きな声で、村木が英語で喋った。
アバスは英語が出来ないのだが、村木の意図が解っていたから、「そうしましょう」と英語で答えた。
「あのう、わたくしたちはどうすればいいんでしょうか?ええ」
乾記者も英語で村木に聞いてきた。「ええ」だけは日本語だ。
「君たちは報道関係者だから、しばらくは他の報道機関と一緒にいる方が情報収集にはいいんじゃないかい」
村木に日本語で言われた二人は頭を下げて黙っていた。
「じゃあ、次の列車で下りましょう」
村木が大きな声で言うと、何か外で「ガサッ」という音がしたが、村木はみんなに手で静止した。
「先ずは、その外された人間が誰なのか。行動はそれからだ」
登山鉄道に乗って、墜落機を見ながら村木は思った。
列車が駅を離れて行くのを見て二人の若い記者は、一所懸命プラットホームで手を振っていた。