第三十一章 一枚の写真

上田カメラマンが写したフィルムが数十枚の写真になって出来上がってきた。
「よく、これだけの写真を撮れたもんだなあ。一体、何時間ぐらいあの寒い現場にいたんだい?」
村木は上田大輔に聞いた。
「ええ、夜中の12時頃から、太陽が出て来る6時ぐらいまでですから・・・」
横から乾記者が鼻を真っ白にして、「ええ、はい。それはもう一心不乱に頑張っておりましたので、時間の経過も忘れました。ええ」
乾記者の鼻を見た村木は、真っ青な顔をして、「ジャミール、大変だ二十日ねずみの鼻が凍傷になっている。このままだと鼻がポロンと落ちてしまう。柔らかいタオルと雪を持ってきてくれ!」
ジャミールも驚いて、外に出てとってきた雪の塊をタオルにまぶして、乾記者の白くなった鼻に慎重に添えてゆっくりと擦るようにさすった。
三十分ほどジャミールの必死の応急処置で、やっと乾記者の、ねずみのような鼻に赤味が帯びてきた。
「やれやれ、これでもう大丈夫だ」
村木は、ふっとため息をついた。
「お世話かけてしまって、誠にもって申し訳ございません。ええ。ありがとうございます。ええ」
取って付けたような言葉遣いだが、嬉しさが篭っているから、本音で生きている村木でも許容出来た。
「さあ、これから写真のチェックだ。必ず不自然なものが見つかるはずだ。エリザベスの汚れていないハンドバッグもその一つだし、まだ行方不明な乗客が多勢いる。エリザベスのハンドバッグと関係がきっとあるはずだ。多分、他の行方不明者は見つからないだろう」
村木は、今回の事故の背景をほぼ掴んでいた。
彼の、今までの経験から判断したら、エリザベスはまず間違いなく生きていると確信出来たことが、何と言っても最も嬉しいことだった。
ハンドバッグの中のパスポートの写真を見た時は、さすがに胸が熱くなって冷静な判断が出来なくなっていた。
しかし、乾記者が言った「まったく汚れていないハンドバッグ」は、まさしく墜落して現場に放り出されたものではなく、墜落した後に放置されたものであることは間違いない。
それは、墜落した現場に生きた人間がいたということに他ならない。
しかも、エリザベスのハンドバッグが放り出されたのではなく、置かれたという点に重要な鍵がある。
「エリザベスを、死んだことにして、生かしておきたい何か理由があるはずだが、その理由は何かまだ解らない。
しかし、何故エリザベスなのだ?これが最大の問題だ。俺に関わったからなのか、俺に関わりない、エリザべス個人の問題かも知れない。それが一番あって欲しくない可能性だ」
村木は、いろいろな可能性の一つに、エリザベスが関わった事件という項目を頭にインプットした。
村木の恐るべき戦うマシーンの真骨頂である。
戦う相手が明確になり、大儀が自分にあると認識するやいなや、村木は狼に豹変する。
今まで戦ってきた相手はみんな、狼になった村木の餌食になってきた。
たとえ戦う相手が大組織であろうが、国家であろうが、敢然と牙のむく狼となった。
しかし、今回の相手は狼では手に負えない程の強敵であることは間違いない。
村木はじっくりと戦略を練ることにした。
上田カメラマンが焼付けした百数十枚の写真を、村木は一枚一枚丁寧に隅々までチェックしていった。
その中に、一枚の写真が村木の目にとまった。
氷河の上にハイヒールの靴の足跡が写し出されていた。
それを見た村木は、安堵の気持ちで胸を撫でおろした。
ハイヒールの足跡が、しっかりとした足跡ではなく、引きずられた感じのものであったからだ。
「エリザベスは、何かの理由でどこかに連れ去られたのだろう。だから必ず生きている」
村木は確信したが、まだ誰にもそれは言わなかった。