第三十章 若い記者の大活躍

「ハンドバッグの汚れがほとんど無い。と乾君は言ったが、それはどういう訳かね?」
乾記者は、稲を刈った後の田んぼのような頭を掻きながら、口を少し開けて考えていた。
彼は、真面目に考えている時は、口をくの字にして正面を見据えて喋る。
今、一所懸命考えているらしい。
「あらかじめ、飛行機が墜落することが分かっていたからではないでしょうか」
横からカメラマンの上田大輔がいとも簡単に答えた。
「その通りだ。君はなかなか類推能力に長けているね」
村木から誉めてもらった上田大輔は、頭だけをちょこっと下げて、ニタッと笑った。
鳶に油揚げをさらわれた乾記者は、ひょっとこのように口を曲げて、口惜しさを表わした。
「二十日ねずみの世界にもひょっとこ仮面があるのかね?」
村木は、彼ら相手に冗談を言って気を紛らすしかなかったのだ。
「へへへへ・・・」と奇声をあげて笑う上田大輔の変わった笑い方が常々気にいらないのか、乾記者は上田の方を向いて、ひょっとこ顔のままで睨みつけた。
先輩だけに、ちょっと調子に乗りすぎたと思ったのか上田大輔は乾記者に向かって、「いえ、いえ、冗談です。すみません」と言って、手を横に振って、笑いと真剣さが混在したような表情をした。
「君は、変わった笑い方をするね。本当におかしいと思ったままに声を出しているよ。日頃からそんなに彼の言動はおかしいのかい?」
村木と二人の若い日本人記者との会話で、気持ちが落ち着いたのか、アバスにも笑いが出て来た。
「ひょっとしたらエリザベスは生きているかも知れない」
村木は独り言を言った。
ジャミールとアバスの顔の表情が明るくなった。
「遺体は全部確認されたのですか?」
村木が尋ねると、アバスは頷いた。
「さあ、君たちの出番がやって来たよ」
村木が、彼等に声を掛けると、「待ってました!」と乾記者は叫んだ。
「何をしなければならないのか、もう既に察しているのか。大したもんだ。
それで、君なら、どういう方法を採るかね?」
急に自分に振られて、ただ掛け声だけで言ったつもりの彼は、上田大輔とジャミールの方に顔を交互に向けながら、助けを乞うているようだった。
「本当におもしろいな!このおもちゃは。これは絶対に使えるど!」
またジャミールは物真似をしているらしい。
ジャミールが物真似をすると、若い日本人は大笑いして喜ぶ。
「いいか。君たちは報道機関という特権を持っている。隙を見て、墜落した機材の写真を撮って、撮って撮りまくるんだ。どんな写真でもいいから、徹底的にフィルムに残すんだ。これが必ず最後にものを言う時が来る」
「そうなんです。ええ。わたくしも最初からそう思っていたんです。えへへへ」
村木は人を見抜く力は結構あると思っていたが、この記者だけはカテゴリー外の反応を示すと内心思って、「これは本当に面白いおもちゃを見つけたど!」
と冗談を言った。
そのおもちゃがやってくれた。
翌朝、部屋のドアをどんどん叩く音で目を覚ました村木が、ドアを開けると、顔中雪だらけになった二人が立っていた。
「やりました!」
乾記者が自慢げに言った。
横で上田カメラマンが、子型カメラを見せながら、嬉しそうに笑っていた。
徹夜で、氷点下30度の中の墜落現場の写真を撮って来たのだ。
さすがの村木も彼らの若いバイタリティーには脱帽した。