第二十七章 日本の新聞記者

FBIの捜査官たちは、二時間程墜落現場を調べてから、またヘリコプターでどこかへと消えていった。
その日の午後になるとツェルマットからの登山鉄道で、Rescue隊がやって来た。
そしてその後、記者たちが続々と降りて来て、クルムホテルに入って来た。
Rescue隊は本格的な現場検証と乗客・乗員の捜索を開始したが、一時間もしない内に、ホテルに入って来て、記者たちを集めて会見をした。
「十月三日午後八時五十五分、テヘランのメーラバード空港を離陸したイラン航空IR001便は、十月四日00時21分に、方向舵操縦不能状態に陥り、スイスのアルプス山中、モンテローザ峰とリスカム峰の間を横切るモンテロ−ザヒュッテ氷河、標高四千四百メートルの位置に墜落し、全員死亡しました」
記者が、発表するRescue隊長に質問を投げかけた。
「イラン航空筋によりますと、墜落する前に機体が爆発したと言ってますが、どうなんでしょうか?」
「今日の現場検証では、機材の爆発はなかったと断言できます」
記者連中がざわめいた。
「我々にも現場検証させてもらいたいんですが、撮影もしたいんですが」
大きな声で、一人の記者が叫んだ。
「今、我々の仲間が検証中ですので、終わり次第公開いたしますから、どうぞ自由に」
Rescue隊長は、表情をまったく変えずに、淡々と事務的に答えていた。
記者会見が終わって、ホテルの正面横にあるバルコニーに、お茶を飲むためにやって来た記者たちは、ざわついている。
朝から現場の様子を見ていた村木たち三人は、記者たちから航空機材の故障が墜落原因だと発表されたと聞いて驚いた。
ジャミールとアバスでさえ、おかしいと思い、今朝からの様子を話そうとしたが、村木が止めた。
その時、ツェルマットからの登山鉄道が駅に着いて、乗員・乗客の家族がイラン航空のスタッフに案内されてホテルにやって来た。
現場検証の結果を知らされた彼らは、墜落原因よりも、乗客の安否を気にしていたが、全員死亡と聞かされて、ショックを受けて、その場で泣き崩れる者もいた。
みんなが動揺して冷静な判断ができない状況だった中、村木がイラン航空のスタッフに尋ねた。
「乗員・乗客名簿を見せて頂きませんか?」
「あなたは、乗客の何て方の遺族ですか?」
イラン航空のスタッフが村木に聞いた。
「航空会社もグルだ」
内心確信した村木は、アバスに合図をしたら、アバスが答えた。
「エリザベス・タイラムです。わたしの娘です」
イラン航空のスタッフはいぶかしそうな表情で、リストを調べた。
「たしかに、エリザベス・タイラムさんは乗客リストの中に載っています。まことにご愁傷さまです」
無表情で答えているスタッフを観察していた村木は、「全乗員・乗客リストを見せて頂けませんか?」
と言った。
「残念ながら、当局の許可なしでは、今のところ報道機関にも公開できません」
「そんな・・・・」
記者たちも憮然とした様子で騒ぎ出した。
「完全に抑えてしまうつもりだな」
内心呟く村木は、記者たちの動きを監視する必要がこれからあると察知して、めぼしい、誠実そうな記者を物色した。
一人だけ日本人記者がいて、いかにも経験不足が丸見えな感じの青年がいたので、近づいて言った。
「あなたは、日本の記者ですか?」
びっくりした様子で、その記者は頷いた。
「どこの新聞社ですか?」
「徳売新聞の乾忠則と申します、ええ」
名前まで丁寧に言う、要領の悪そうな記者だが、世間でいう悪徳記者ではないと判断した村木は、自己紹介して、今回の経緯を説明した。
「そうでございましたのですか。それは誠にご愁傷さまです、ええ」と馬鹿丁寧な言葉でアバスに向かって頭を下げた。
「他の日本の新聞社はどうしたんですか?」村木が聞くと、
「何かおかしいのでございます、ええ。全然活動しようとしないのです、ええ。従いまして日本では、ほとんど今回の事故は、日本人乗客が乗っていないということで大した記事にはされてはおりません、ええ」
乾記者の話を聞いた村木は、「日本の新聞社は、完全に仕上げられている」と判断した。
「どうしてあなたのところだけ取材に来たのですか?」
乾記者は、頭の回転がいかにも悪そうで、村木の言っている意味を計りかねているようだった。
「あなたは、日本からはるばるやって来たのですか?」と聞くと、嬉しそうに、「はい、そうでございます、ええ」と必ず「ええ」と最後に言うのが癖らしい。
「誰が、ここに行くようにあなたに指示したのですか?」
また嬉しそうに、「はい、上司の高本泰隆編集長から申し受けました、ええ」
「あなた一人だけですか、来たのは?」
彼は、辺りをきょろきょろしながら、「いえカメラマンの上田大輔君というのと一緒でございます、ええ」
「この若い記者は、一つ一つ単純な質問をしないと駄目らしいが、嘘はつけないタイプだ」
そう判断した村木は、上田カメラマンを呼ぶように言った。
ちょこちょこ二十日鼠のように動き回る様子に、思わず噴出しそうになった村木の前に若いカメラを担いだ青年が二十日鼠に連れられてやって来た。
「徳売新聞のカメラマンの上田大輔です」
いかにもまだ世間ずれしていない感じの青年だ。
「この二人は、まだマスコミの農薬に汚染されていないようだ」
そう確信した村木は、これからどう展開されていくか予測のつかない今回の事件の扱いに思いを馳せるのだった。