第二十五章 夢の中の再会

椅子に座って、窓から真っ暗なアルプスの山々を眺めていた村木は、うとうとと眠ってしまった。
「村木さん、こっちよ!」
エリザベスが遠くから手を振っている。
向かい合わせに座ってチェロキャバブを食べていたエリザベスの、真っ白で見事なほどの歯並びに、目を奪われた時の顔が笑って手を振っている。
「エリ・・・・・」エリザベスと呼びたいのだが、声が出ない。
まだ、二回しか会っていないのに、エリザベスと呼ぶことに、気が引けているのだ。
村木は、生来シャイな性格で、中学生の頃に、そういう性格につくづく嫌気をさして、自己変革を決意した。
それ以来、肉体の改革から取り掛かるために、朝五時半に起床して決めた日課を、学校とは別に自分に課せたのだ。
しかし、持って生まれた性格が変わるものではない。
意志力で変えたものだから、どこかで無理が生じる。
大学に入ってボート部に入部したが、新入生でありながら圧倒的な体力を見せつけた。
入部、一週間目でトレーニングの相手が主将になり、その主将も村木の怪物ぶりに音を上げたことがある。
ボート部の毎日の練習とは別に、朝五時半の日課を続けていたから、いくら体力抜群のボート部の連中でも相手にならない。
一年生の夏には、エイトのメンバーに入っていた。そして二年生の時に、日本一になり、カナダの世界選手権に日本代表として遠征したほどの選手だった。
しかし、その人間離れした体力が、少しずつ内臓とのバランスを崩していっていたことに気づいたのは、大学を卒業して高田化学に入社した年の夏だった。
心房細動という病名で、要は肉体疲労から心臓の筋肉が痙攣するのだ。
高田化学に入って、貿易の仕事だったもので海外出張が多く、この病気に悩まされ続けたが、朝の日課は続けていた。
お陰でシャイな性格をある程度克服することは出来たが、完全改革など出来るはずがない。
今でも、シャイな面が出ることがあるが、それを受け入れる年令と経験を重ねていた。
「エリ・・・・」名前を呼びたいのだが、声に出せないで、ただ手を振っているだけだった。
夢の中での、彼女との三回目の再会だった。
「夢だったのか!」
目が醒めた村木が、窓の外を見ると、既に太陽がその姿を見せ始めていた。
焼けただれた真っ黒な機体が、モンテローザとリスカムの間の氷河に横たわっていたのを見て、現実に引き戻された。
しかし、しばらくは夢の余韻でエリザベスとの再会を楽しんでいた。