第二十二章 ツェルマットへ

イラン放送では、午後八時五十分にメーラバード空港を離陸したイラン航空IR001便は、トルコ上空を通過してバルカン半島からスイスアルプスを超えるところで、突然爆発を起こしてアルプス山中に墜落し、全乗客・乗務員の生存は絶望的と伝えた。
ジャミールがマシャッドのアバス・タイラムに電話をしたら、乗客の家族には、航空会社からすぐに連絡が入っていたらしい。
「スイスのツェルマットという町の、ゴルナーグラートという場所に墜落したらしい。モンテローザという山から流れ出ている広大な氷河らしい。乗客の家族はみんなツェルマットに明日行くらしい」
アバスは静かに言った。
「エリザベスは、それで幸せだったかも知れない。昨夜帰って来て、泣きながら、村木さんのことを言っていた。逢えて良かったと、しきりに喜んでいたよ。
あんな無邪気な顔を見たのは、ひさしぶりだった。わたしも今は、それでよかったと思っている」
ジャミールは大きな声で言った。
「まだ諦めてはいけませんよ。明日スイスに行きましょう」
と言って村木の顔を見たら、村木も頷いた。
「村木さんもツェルマットに行くと言ってます」
アバスは、今からテヘランに向かうと返事した。
「いや、こんな夜中にエルボルズを超えるのは危険です。明朝、マシャッド空港からテヘランに来てください。そこで落ち合いましょう」
ジャミールは電話を切った。
そして、また何度もダイヤルを押したが、繋がらない。
「村木さん、今から空港に行きましょう」
クセインも行くと言ったが、村木が制止した。
クセインはカスピの旅行中、ずっと運転して疲れているのを知っていたからだ。
村木はジャミールと、メーラバード空港に向かった。
イラン航空に電話をしても話し中ばかりで、埒があかないので、空港に行ってみることにした。
夜中だと言うのに、ホメイニ通りからハイヤットリージェンシーの横を通って、高速道路に入ったジャミールは驚いた。
「みんな空港に向かっているんだ」
メーラバード空港に着くと、明かりが赤々と点いて、サイレンの音でざわざわしていた。
ジャミールはイラン航空の知り合いがいて、すぐに裏側からイラン航空の事務所に入って行った。
中では、電話が鳴りっぱなしで、ペルシャ語でがなり合っている。
「さあ、行こう」とジャミールは言って、奥の部屋に入って行った。
「おお、ジャミールじゃないか!まさか君ところの誰かが乗っていたんじゃ?」
仰天して、そのオフィサーは立った。
「ハマス。まあ同じようなもんだ」
事情を説明したら、すぐに電話をして、明日のミラノ行きの便を用意してくれた。
「ジャミール・グラブチ、アバス・タイラムそしてデユーク・ムラキだ。OK!
明日のIR121便でミラノ行きがある。それに乗ってくれ。ミラノ中央駅から、スイスのブリーク行き列車に乗り、ブリークでツェルマット行きの高山鉄道に乗り換える。そうすれば明日中にはツェルマットには行ける」
「ありがとう」
ジャミールはイラン航空のハマス所長に礼を言った。
「そんなこと言わないでくれよ。うちの会社の事故なんだから、本当に申し訳ないと思っている」
村木に向かってハマスは言ったが、村木は微笑んで手を横に振って、「君の責任じゃない。事故なんだから」
と言った。
「それが、墜落寸前の操縦室の会話が、管制塔に送られて来ているんだが、事故ではなさそうなんだ。まだこれは内密だけど」
一瞬、村木の顔が変わった。
その顔を見たジャミールとハマスは、雄雄しく叫ぶ寸前の虎のような表情を見て圧倒されていた。