第十八章 燃える秋

村木は思い出した。
二十年前に村木が一人でイスファハンに仕事で行った時、シャーアッバスホテルに泊まったことがある。
シャーアッバスホテルはイスファハンの名所にもなっている有名なホテルで、村木が、たまたま仕事で泊まっていた時に、五木寛之の小説「燃える秋」の映画のロケに来ていた一行と出会った。
シャーアッバスホテルも映画のロケに使われた。
ある夜、ホテルのレストランで一人淋しく食事をしていた時、ロケ隊の連中が、レストランでソロギターの歌手だったカジに、楽譜を渡して、演奏して欲しいと頼んだ。
楽譜は分かるが、歌詞が日本語だから分からない。
誰もペルシャ語を使える日本人がいないので、村木が出て行って、カジに日本語の歌詞をペルシャ語に直してやったのだ。
この歌手が、実に素晴らしい声の持ち主で、イラン人特有の真っ黒なあごひげをたくわえた青年だった。
カジは、楽譜を見ながらペルシャ語で歌ったが、ロケの連中はピンと来ない。
そこで、村木が代わりにピアノで弾き語りをしてやったのだ。
「燃える秋 揺れる愛の心 人は出会い 共に生きていく
燃える秋 消える愛の蜃気楼(ミラージュ)
人は別れ 遠い旅に出る・・・・・」
ロケ隊は大喜びで、横で聞いていたカジも感動して、自分のレパートリーにしたいから、日本語で歌えるよう教えて欲しいと言われて三日泊まっている間、ずっとホテルのレストランで一緒に練習したのだ。
それ以来、彼はイラン中、「燃える秋」を日本語で歌って回り、一時話題になったことがある。
イラン革命の時、テヘランのインターコンチで彼は歌っていた。
まだ彼はテヘラン大学の学生で、インターコンチのすぐ傍にテヘラン大学があったから、アルバイトには都合よかった。
村木は、よくクセインと彼の歌を聞きにインターコンチに食事に行っていた。
HUGOに入って行くと、懐かしい彼の歌声が聞こえて来た。
彼の前のテーブルに座ると、すぐに気がついたらしく、歌いながら手で合図をしてくれた。
食事をしている間、邪魔をしては悪いからと,彼は演奏を止めて引き上げた。
「あとで来ますから。いつでも言ってください、待っています」
食事が終わると、気を利かしたのか、クセインとアバスはバーの方へ行った。
残された村木とエリザベスは、何を喋っていいのか戸惑っていた。
それで、村木は、カジを呼んだ。
「カジ、あの歌、今でも歌えるかい?」
カジは微笑んで、Vサインをした。
「日本の歌なんですが、一人淋しくしていたイスファハンで慰めてくれた曲です」
エリザベスに説明すると頷いていた。
カジがギターを抱えて、歌い始めた
「燃える秋 揺れる愛の心 人は出会い 共に生きていく
燃える秋 消える愛の蜃気楼(ミラージュ) 人は別れ 遠い旅に出る
Oh, glowing autumn and glowing love
Oh, glowing love in my heart, La La Lu・・・
Glowing love in my heart
燃える秋 空はペルシャンブルー 人は夢見 詩(うた)は風に消え
夏は逝き(ゆき) めぐる愛の季節 人は信じ 明日を生きていく
Oh, glowing autumn and glowing love
Oh, glowing love in my heart, La La Lu・・・
Glowing love in my heart
燃える秋 空はペルシャンブルー 人は夢見 詩(うた)は風に消え
夏は逝き(ゆき) めぐる愛の季節 人は信じ 明日を生きていく」
エリザベスの顔を見ると、彼女は泣いていた。
「どうしたのか?」とも聞けずにいると、彼女は自分から話し始めた。
「わたし、この歌よく知っています。日本語の意味はわからないけれど、この歌を聞くと、あなたのことを思い出して・・・」
二人はただ黙ってカジの歌を聞き入っていた。