第十七章 十八年ぶりの食事

四人で食事をするのに、村木は泊まっているインターコンチではなく、HUGOでご馳走したいと申し入れた。
「HUGOは、構わないですが、こちらから押しかけたのですから・・・」
アバスは困った表情だった。
HUGOはハイヤットホテルのレストランで、十八年前にマシャッドで、四人で昼食をしたのもHUGOだったからだ。
「村木が、どうしても十八年前にご馳走になったお返しをしたいと言っているので、タイラムさん、ここは彼の顔を立ててやってください」
クセインが横から助け船を出してくれたので、アバスも了承した。
インターコンチネンタル・ホテルの真向かいにハイヤットリージェンシーがある。
ハイヤットリ−ジェンシーには、必ずHUGOという名のレストランが全世界にある。
チャルースのHUGOは、やはりカスピ海のチョウザメのキャビアを食べさせてくれるのが売り物である。
キャビアと言えば、ロシア産というイメージがあるが、ロシアのキャビアもカスピ海で採るのだが、ロシア領のカスピ海は北側にあって、水温が低すぎる。
低温の水で生活するチョウザメの卵は黒っぽくて、油があまりのっていないから、かさかさしている。
一方、イラン領のカスピ海は南にあり水温が結構高く、そこで暮らすチョウザメの卵は透き通った灰色をしていて、油がよくのり絶品なのだ。
チャルースのバザールで売られているキャビアは一缶二千円ぐらいだが、これが世界に輸出されると数万円はする超高級品になる。
HUGOに入って行った四人は、予約はしていなかったがテーブルを用意してくれた。
「クセインと、こうやって食事をするのも十八年ぶりだね」
とアバスが言った。
「そうですね。あれからすぐに革命が起きて、わたしはイランにおれなくなって、あとはジャミールに任せましたからね。ジャミールとは今でも?」
急に会話が止まったので気を使って村木が口を開いた。
「ジャミールは奥さんを亡くしてしまって今は一人で、ロンドンと東京にペルシャ絨毯の店を開いていますね。エリザベスさんもロンドンにいらっしゃるんでしょう?」
アバスが重い口を開いた。
「彼らの親父が生前、エリザベスとジャミールを結婚させようとしたんだが、当時ジャミールには東京に好きな日本人がいたし、エリザベスは・・・」
と言って黙ってしまった。
クセインは先ほどの話を知らなかったので、
「彼女は、どうだったんですか?」
と無神経に聞いてしまった。
しかし、父のアバスははっきり言った。
「彼女は、村木さんのことを、一目見た時から好きだったのです」
クセインは仰天してしまって、「だって、十八年前にマシャッドで一度食事しただけでしょう!それで、彼女は・・・」
「あの後、君に、村木さんは結婚しているのか聞いただろう?」
アバスの話ですべてを理解したクセインは、「あの時に聞かれたのは、そういう意味だったのですか?もっと早く気がついていれば」
クセインがそう言ったが、村木が加えた。
「もう僕は結婚していましたからね」
「そうです。もう遠い昔のことです」
アバスは淡々と言ったが、横にいるエリザベスは思い込んでいる様子だった。
クセインもちょっと居づらくなって、トイレに行った。
その間、三人は黙々と食事をするしかなかった。
トイレから帰って来たクセインが明るい表情で村木に言った。
「村木。ここのHUGOに、カジがいるよ」
カジは村木には忘れられない名前だ。
「イスファハンのあのカジがHUGOにいるのかい」