第十六章 アルメニア人の日本観

クセインが昨日の徹夜と運転の疲れて寝入ってしまったのか八時を過ぎても下りて来ない。
エリザベスの父親のアバス・タイラムと話して、少しロビーで待ってやろうということで意見が一致して、クセインの部屋にコンタクトしないことにした。
三人でロビーのソファーに座って話しをしてわかったのだが、彼らは純粋ペルシャ人ではなくてアルメニア・トルコ系シリア人だった。だから宗教はキリスト教だった。
ペルシャ人のルーツはインドアーリア系と同じで、白人のオリジナルである。
インド人は、その後エチオピア系黒人やモンゴロイド系黄色人が混ざって、ほとんどが褐色人種になってしまった。
一方ペルシャ人は白人のアーリア系を残したままアラブセム系と混ざり若干黒さを残したものの白人のオリジンを保持した人種だ。
彼らの言葉ファルシー(ペルシャ語のこと)に、英語のルーツの一つであるラテン語が混ざっているのも肯ける。文字はイスラム教の影響を受けてアラビア文字だが、音の響きはフランス語に極めて近い。
最近では、「はい」と言うのは本来「Balle(バレ)」なのだが「Oui(ウィ)」とみんな喋る。
タイラム父娘はフランス語・英語も喋る国際人だ。
エリザベスはほとんどロンドンで生活していて、グラブチ家のジャミールと親しくしているらしい。
亡くなった父親のマンスールはジャミールの嫁にエリザベスを考えていたのだが、エリザベスもジャミールも他に好きな人がいて成立しなかった。
アバス・タイラムが一所懸命強調する仕草に、不自然さを感じた村木の表情を察してエリザベスはアバスの口に手をやった。
「申し訳ない。娘のことになると、つい興奮してしまって。いまだに独身でいる娘を見ていると不憫に思って・・・」
「ええ!彼女まだ独身だったのか」
内心驚いていたが、大袈裟には表情に出さず、淡々と言った。
「これは驚きました。こんな美しい方がまだ独身でいらっしゃるとは。よほど、お目にかかる男性がいなかったのですか?」
エリザベスに顔を向けずに、アバスに言った。
アバスはずばり言った。
「エリザベスが好きだったのは、あなただったのです」
横でエリザベスは動揺してアバスに言った。
「パパ、もうやめて!村木さん困っているじゃないの」
村木もまさかのことだったので、嬉しい気持ちより困惑した状態だった。
「村木さんが結婚して家族を持っておられることは重々承知した上で言っているのです。ふしだらな気持ちで言ってるのではないことだけは理解してください」
アバスはエリザベスの気持ちを代弁してやりたかったのだ。
十八年前に村木とクセインがマシャッドに来た時、エリザベスは十七才だった。
いくらマシャッドが古都として有名であっても、日本人と会う機会がまず無い町だ。
初めて日本人を見たのが村木だった。
クセインよりも背が高く、スリムでがっちりしたその姿とオリエンタルな顔はエリザベスには輝いて見えたのだ。
村木からしたら、こんなものすごい美人は、到底日本人では無理だと思っていたのだが、人間の気持ちというものは、お互いなかなか以心伝心という訳にはいかない。
村木も何て答えたらいいかわからず困っていたところに助け船がやって来てくれた。
「どうもすみません。寝てしまって」
クセインが顔をくしゃくしゃにして言った。