第十三章 Sarah Mate!(乾杯!)

クセインは、カハラム・ゴルマーの会社に直行した。
カスピ海に面した事務所で、今でも街のほとんどが地道だったのを憶えていた村木は、二十年前とまったく変わっていない景色に感動した。
「日本だったら、二、三年で街の光景が、がらっと変わっているのに、ここは二十年経っても何にも変わっていない。果たしてどちらがいいのか分からない」
イラン革命前まではよく来ていた処だったが、それ以来テヘランには来ても、カスピの町に来ることはなかっただけにさすが懐かしかった。
日本でも戦後によく見られたような、店の看板にペルシャ語でゴルマー商店と、もう何十年もかけている。
町の目抜き通りに面している店だが、それでも地道で、雨が降った後だから道は泥だらけだった。
「グシャッ」
車から降りた村木の皮靴の半分まで泥に沈んでしまった。
「Hi! Agah Muraki!(よう、村木さんじゃないか!)」
と大きな声が聞こえた。
カハラム・ゴルマーが店から出て来て嬉しそうに笑っていた。
クセインと肩を抱き合って、再会を喜んでいた、その目は潤んでいた。
「お前も、いろいろあって苦労したなあ。革命政府の野郎も俺たち田舎もんには気を遣ってやがるが、お前たちグラブチファミリーは財閥だっただけに、締め付けも厳しかっただろう」
しみじみとクセインを慰めているカハラムはまるで父親のような感じに思えた。
店の中に入ったら、懐かしい大きな地図が壁に以前と同じように掛けてあった。
まさしくカスピ海を「Daries Khazal」とペルシャ語で書いてあったのを見る。
その夜、ラシットに泊っていたとき、必ず歓談するレストランに招待してくれた。
土着のペルシャ料理とウォッカの瓶がずらっと並べてあるテーブルを見た村木が呟いた。
「Sarah Mate!(乾杯)の徹夜だな」
こちらの人間は、ロシアとの国境がすぐ近くで、ロシア人との交流が盛んなので、ウォッカが日本酒みたいなものだ。
ウォッカをダブルグラスに山盛りに常に入れておいて、テーブルの誰かが、「Sarah Mate!(乾杯)」と叫ぶと、全員が一気呑みするのがしきたりなのだ。
新鮮な玉ねぎとニンニクをアテにしょっちゅう「Sarah Mate!(乾杯)」だ。
見る見るうちにウォッカの空瓶が並んでいく。
その数を増やすのが自慢なのだ。
昔なじみの友人を呼んで八人が並んでの食事会だったから、「Sarah Mate!(乾杯)」を誰が言うかで、戦線恐々となっていった。
いくら酒に強い彼らでも、ウォッカをビールのように二十数本も空っぽにしたら、完全に酩酊状態になる。
そうなるとChattingの負けになる。
こちらでは、一日中老若男女、場所構わずChattingをしている。
村木も最初ペルシャ人と商売の交渉をした時、彼らの頭のシャープさに驚いた。
クセインが教えてくれたのだが、頭がシャープなのではなくてDebateになれているから、いくら難しい質問にも答えてくる習慣を培っているのだ。
「Sarah Mate!(乾杯)」してChatting。それを、夜を徹してやるタフさが要る土地を、今の村木は楽しんでいた。