第十一章 ホモの町・ガズビン

「懐かしいな、まだこの車置いてあったのか。エルボルズの谷に落ちかけた時のランドローバーじゃないか。たしかGMのBURONCOだったね。もう二十三年前のことだから、当時は実に珍しい車だと思っていたが、今や世界の売れっ子になった車のはしりだったね。憶えているかい、クセイン。君がマシャッドのお客と一緒に昼食した時のこと」
クセインも良く憶えていた。
「往年のハリウッド女優スターの姪の超美人だろう、一緒に食事した」
そのハリウッドスターがイラン人だと知ったのは、カスピ海イラン領の東部にある古都マシャッドで会ったディーラーが彼女の実のお兄さんだと聞いた時だった。
その時一緒に食事に連れて来た娘が、マリリン・モンローも霞んでしまいそうなブロンド美人で、特に笑った時の真っ白な歯と彫りの深い口元には、村木も胸がゾクゾクした。
「どちら経由でカスピに出るかね?ラシット経由の方が安全だから、懐かしいガズビンを通って行こう」
ガズビンと聞いただけで村木は、ゾッとした。
「おい、おい。ガズビンだけは勘弁してくれよ。あの門番まだいるんだろう?」
茶目っ気たっぷりにクセインは笑って言った。
「ああ、お前が来ていることを言ったら、体を洗って待っていると言ってたよ」
「冗談やめてくれよ!」
「ははは!冗談だよ。もう奴は死んでしまったよ」
ガズビンという町はイラン中に轟き渡る有名なホモの町だ。あちこちで男同士が手をつないで歩いている。
当時、絶大な権力を持っていたシャー(国王)もガズビンだけは行くのを嫌がったほど有名だ。
「お前はどこの出身だ?」と聞かれて正直に「ガズビンだ」と答える者がいないぐらい悪名高いのだ。
村木のような外国人が来ることが珍しいほど田舎町だから、村木はガズビンのホモの連中から追いかけられ、ガズビンだけは避けていたのだ。
「だがラシットに行くならガズビンを通るしかないよ」
と言われて、村木は仕方なくOKした。
テヘランから二時間ほどでガズビンの町に着いた。
町並みはほとんど変わっていなかったが、手を繋いで歩いている連中がやたら目につく。
「おい、どうなっているんだ?この町は」
「ホメイニに代わってから、宗教色がますます強くなって男女間の交わりの機会がなくなってしまったからだ。結婚するしかないのだが、結婚するには莫大な金がいるから、金のない連中はホモに走ってしまう。そこへエイズ問題が起きたから、この町は今大変なことになっているらしい」
町並み自体は美しく、イランのピスタチオはガズビン製が一番だと決まっているが、そのピスタチオの並木道が素晴らしい。
「人間の矛盾が表面化している典型的な町だな」
村木は、何とも言えない虚無感に襲われた。