第一章 うす汚いねずみ

「間野君、ちょっと日本橋に行って、テープレコーダーを三セット買ってきてくれ」
村木支店長は部下の間野に言った。
「はあ?は、はい。分かりました。三セットですか?」
要領が得ずに、戸惑っている間野に、怒り心頭で苛立っている村木だったが、
入社して三年目の間野に当たるのも大人げないと思い、気を取り直して言った。「そうだ、三セットだ。このデスクの電話用、車の中の電話用、そして常時携帯しておくための小型用をそれぞれ買ってきてくれ、悪いけど」
村木はふっと溜息をつきながら、昨日のことのように思い出した。
「俺のいた会社は、何と薄汚いんだ」
大阪出身の会社で、およそ洗練されているとは、お世辞にも言えない会社だったが、二十四年間も勤めただけに、愛着はあった村木だった。
しかし、ある事実を退社直前に知って、義憤に燃えたのだ。
それから三ヶ月が経った平成七年二月二十八日。
「村木よ!本岡専務が困っているよ、君が糾弾していることで。僕は本岡専務に親しくしてもらっているし、君の良き先輩でもあるから、ここはひとつ間に入るのは僕しかないと思っているんだ」
同じ大学の一年先輩である、池田部長から食事を誘われて日本橋の三越百貨店のレストランに行くため、わざわざ村木は東京まで行った。
「そこで、どうだ。お金で解決できないか?」
「池田さん、以前わたしが、まだ会社に在籍していた時にも、そんな話しをされましたね。その時申し上げたはずです。お金目的で糾弾しているのではないと。」
村木は苛立ちながらも冷静に池田の申入れに対応していた。
池田から、食事の誘いを受けた時に、目的は何かを察していた。
そこで、胸のポケットに小型テープレコーダーを忍ばせていたのだ。
「たしかに以前言ったが、今度は額が違うよ、額が」
興奮して言う池田のあさましい顔を見ながら村木は思った。
「この人間は、俺のことを気にかけていると、いつも強調していたが、結局は出世と金の亡者なんだ」
「額が違うって、どういう意味ですか?」
村木が尋ねると、体を乗り出すようにして池田は言った。
「三億から五億出すと言っているんだぜ」
村木は池田の言葉を聞いて驚いた。
「俺のいた会社は、たしかに田舎臭い会社だったが、こんな薄汚い真似をする会社ではないと思っていた。とんだ勘違いをしていたもんだ」
「池田さん、もういい加減にして下さい。そんな申し入れは、わたしに対する侮辱です。先輩といえども許しませんよ」
そう言いながら、ポケットの中でテープレコーダーが間違いなく回っているかを確かめる冷静な村木だった。
「この薄汚い会社の会長、社長、そして本岡専務の首を取ってやる、それが俺の当面の使命だ。それから、その下にいる溝ねずみ連中の目を覚ましてやるんだ。こいつら溝ねずみは、余りにも情けない輩だ」
村木は吐き捨てるように心の中で言った。