小説 ルノーの妹

若いふたりの兄妹が母の生い立ちを知って
悩み苦しみながら人間社会の不条理に敢然と立ち向かい
そして 兄妹を越えた真実の愛を感じながらも
はかなく散っていく 哀しくも 美しい 愛の物語
(あらすじ)
フランスの郊外に、両親の深い愛情に包まれ育ったルノーとナタリーが、両親の駆け落ち結婚の原因が母の生い立ちにあり、それがナチスドイツのユダヤ人大虐殺と関わりがあったことを知った兄妹。
フランス ドイツ オーストリア オランダと真相を求めて行く中で、思わぬ事実に出くわし 何百年という世界の歴史の渦の中に巻き込まれていくふたりが辿りついた日本。
その日本で、人間社会の不条理を知って敢然と立ち向かっていくルノー、そしてそのルノーを支えるナタリーに襲ってくる容赦ない運命の結末。




第一楽章  第二楽章  第三楽章  第四楽章

第二楽章 アダージョ(やすらぎの中の警告)
第二楽章 〜第一章 そしてニ年〜 第二楽章 〜第十一章 不思議な老人〜
第二楽章 〜第二章 古都〜 第二楽章 〜第十二章 先祖との対面〜
第二楽章 〜第三章 古都の光と影〜 第二楽章 〜第十三章 帰京〜
第二楽章 〜第四章 太秦の波多家〜 第二楽章 〜第十四章 同窓会〜
第二楽章 〜第五章 波多家のルーツ〜 第二楽章 〜第十五章 戦国の英雄 世界に翔く〜
第二楽章 〜第六章 奈良へ〜
第二楽章 〜第七章 法隆寺の夢殿〜
第二楽章 〜第八章 巳の神杉と七支刀(メノーラ)〜
第二楽章 〜第九章 ささやき〜
第二楽章 〜第十章 祇園祭り〜



第二楽章 〜第一章 そしてニ年〜



ルノーとナタリーは日本人の家に住みながらこの二年間大学に通った。
ルノーは日本人が教授をしている東京タワーの近くの伝統ある大学の文学部の日本史を三年生から入学して専攻し、そして今年の春に卒業した。
ナタリーは四谷にある大学の国際語学部に一年生から入学して今三年生である。
日本人が世界史の教授をしている大学は江戸末期につくられた私学の雄といわれている名門校である。
日本ではその昔、帝国大学といわれた国立の大学が未だに幅を利かしているが、海外ではこの大学の方が遥かに有名である。それは、国際的だからで、海外からの留学生を積極的に受け入れている。
煙草を吸うのが男性より女性に多く見られる国ほど文明が進化しているといわれている。
同じように、私立大学に優秀な学生が集まる国ほど文明が進化している。
そういう点からみると日本はまだ後進国だ。
ルノーとナタリーが来た二年前の日本はさかのぼること一〇年ちょっと前に起きたバブル経済の崩壊の傷を引きずって喘いでいたが、もうその傷も癒えて景気の回復の兆しが出て来たと連日、政治家も財界人も役人もマスコミを通じて強調していた。
悲惨な二〇世紀を終えて新しい二一世紀を迎えるにあたっての所詮希望的観測だけだったのだが。
経済という生き物のメカニズムは人間が創ったものであるが、その動きは人間のコントロールを超えるものになり、今や自然の摂理と連動したものになっていたし、多くの識者はその事実を認識していた。
コンピュータも人間のコントロール外の世界に突入しようとしている。
しかし、これが正常な経過だとルノーは思った。
ルノーは今年の春に卒業後、大学院に入ったが、大学院は文学部ではなく、理工学部の大学院だった。そこで経済学とコンピュータを勉強したかったからである。
日本史を専攻したのも自分の祖先である一代の英雄を研究したかったからだが、そこで知ったことは、この英雄が、暗黒の中世といわれた四〇〇年以上も前に既に技術力と経済力が国家の盛衰を決める重要な要因であることを見抜いていたのを知ったからである。
世界史の教授をしている日本人とも、この二年間、家でする話題は、なぜこの英雄が現代の国の指導者でも、本当のところ分かっていない、この真理を当時すでに認識出来たのかということに終始していた。
ルノーはこの疑問を解く鍵を求めて経済学とコンピュータを研究する大学院に入ったのだ。
確かに、経済のメカニズムも、コンピュータのメカニズムも人間がつくったものだが、進化を続けると創造者すらコントロール不可能になる境界線にくる。
そこで止まって引き返すか、それともその境界線を超えるか、その選択は人間に委ねられているが、ひとたび超えたら引き返すことは出来なくなるし、人間のコントロール外の世界に入ってしまう。
これは人間のみならず、宇宙に存在するすべてのものに適応される真理である。
この二年間ふたりで話してきた結論だった。
その境界線は時代、時代の状況に応じて人間の前に突きつけられ、その選択を迫られる。その都度その境界線を超えてきたのが人間の愚かな歴史だ。
アダムとイヴが最初の境界線を超えて以来、袋小路に入ってしまったのだ。
ただこの戦国時代の英雄だけは、この境界線をきっちり認識していたふしがある。
それが宗教に対する姿勢と自然に対する姿勢にはっきりと表われていた。
彼にとっての神は自然であり、宇宙なのだ。
人間と同等化する神など有り得ないし、それはまやかしだと叫んでいるように思える。
世界史を大学で教えている、その日本人もこの英雄についてこう言った。
「ギリシャにヘラクレイトスという哲人がいた。彼は当時、知的人物として第一人者だったアリストテレスから変人扱いされた人物だが、彼もこう言っている」
『神は光りであり暗闇だ。また冬でもあり、夏でもある。また平和でもあり、戦争でもある。暗闇のない光はないし、夏のない冬はないし、戦争のない平和もない。どちらかだけ選ぶことは不可能だ』
「アリストテレスにとっては、光が神であり、平和が神である。戦争が神というヘラクレイトスを変人扱いした。これは一般民衆の選択でもあった。ヘラクレイトスやこの英雄にとって一般民衆は賢いが結局は愚かだと言っているように思う」
この真理を理解する知性というか智恵は一般の凡庸な人間には持ち合わせていないものなのかも知れないとルノーは思った。
「だけど、自分はこの真理を体でどうしても知りたいし、具現してみたい」
と思って大学院に入ったのである。
ルノーが学んでいる大学院は横浜と渋谷を結んでいる私鉄のちょうど中間点のところにあって、大学の教育課程の間、全学生はこの校舎で講義を受けている。
理工学部は今から三〇年ぐらい前までは武蔵野のど真ん中にあったがその後、専門課程の校舎もこちらに新設して移った。
神奈川県と東京都との境になっている多摩川まで五つ駅があるだけで、電車で十分ぐらいで行ける。
ルノーとナタリーが住んでいる日本人の家はこの路線の自由ヶ丘の駅で降りてから環状八号線に出たところにあった。
通常、環八と呼ばれている大きな道路に面した日本建築の立派な屋敷だ。
ナタリーが、三年生になってから授業に余裕が出来て、最近、暇そうにしているので多摩川でボートに乗ろうと誘った。
午後三時に多摩川園前駅で待ち合わせてそこから歩いて多摩川の堤に出た。
歩いている間、ナタリーはルノーの腕に自分から組んできて楽しそうにしているのに、ルノーも、違和感を、感じることはなかった。
ボートを借りてルノーは漕ぎ出した。
「三年ぶりね、こうしてボートに乗るのは」
とナタリーは微笑んで言った。
「家の前の湖でばかりだったのが、今は日本の東京だよ。不思議な気がする」
「そう、わたしはいつかこうなるような予感がしていたのよ、日本とは思っていなかったけれど」
とナタリーはルノーの言葉に応えて言った、そのとき突然ドスンという音がした。
他のボートと衝突したのだ。
ふたりは川に放り出された。
「ルノー!助けて」
とナタリーが泣いているのを見てルノーは必死にナタリーのところまで泳ぎナタリーの体を抱えた。
何とか船台のところまでナタリーを抱えてたどり着いたら、
「大丈夫ですか」
とボートを貸している老人が心配そうに聞いた。
「向こうのボートが横から当たってきたんです」
と老人が説明してくれた。
「ええ、大丈夫です。あちらの方は大丈夫ですか」
とルノーはその老人に訊ねた。
「ほら、あそこでびしょ濡れになって座っているでしょう」
と老人は指さした。
ルノーは自分から衝突したと思ったから心配だったのだが安心して、ナタリーに
「大丈夫かい」
と言うと
「もう一度こうなることも、前に予感していたわ」
と笑って答えた。
びしょ濡れになった服を乾かすために川の堤で二時間ほど時間を潰すことにした。
もう六月の終わりだったので気温がかなり高かったからだ。
「七月に入ると夏休みに入るから京都に行こうと思っているんだ」
とナタリーに突然言いだした。
「いっしょに、あの方と」
と日本人のことを聞くと、
「いや、ひとりで行くよ。あのひとは七月にはいるとすぐにまたフランクフルトに行かれるらしいよ」
「じゃあ、わたしも行っていいかしら」
とナタリーは心配そうに顔を下に向けて尋ねると、
「もちろん、そのつもりだよ。京都だけではなく、京都の前の都だった奈良にも行ってみたいんだ。このふたつの古都が日本の歴史の常に主人公だったからね」
と日本史を専攻して新しく知ったことをナタリーに説明した。
二週間ほどの旅になる。こんな長い旅をするのは初めてだ、しかもナタリーといっしょにと思うとルノーは濡れた体のことも忘れて体が熱くなるのを感じた。
ナタリーも顔を赤くして微笑んだ。



第二楽章 〜第二章 古都〜



七月に入ると大学は夏休みに入る。
日本人はすぐにフランクフルトに発った。
「京都、奈良に行くのか、わたしもいっしょに行きたかったね」
「だけど目的地ははっきり決まっているのかね」
と日本を発つ前に話し合った時、質問をされた。
「京都は、大徳寺、太秦、そして七月十四日からはじまる祇園祭りを見物するのが目的です。奈良は大和朝廷のあった桜井市から法隆寺のある斑鳩の地です」
とさすが日本史を専攻したルノーは重要な地を把握していた。
「なるほど、それなら二週間はかかるだろうね」
「だけど、桜井市に行くなら、すぐ近くにある天理市の石上神宮にも行ったらいいよ」
と日本人は教えてくれた。
「メノーラの形をした七支刀という国宝があるところでしょう」
「さすが日本史を勉強しただけに良く知っているね。それならわたしが同行する必要はまったくないよ」
と安心してフランクフルトに発った。
成田空港まで見送りに行った帰りのバスの中でルノーはナタリーに
「新幹線で行こう京都に、明日から」
と言った。
「二年ちょっと日本にいたけど旅行は初めてね」
とナタリーは嬉しそうに頷いた。
日本に来てからふたりは大学生としての本分を忘れず勉強に集中し、そして余暇を見つけては日本語の勉強をしてきた。
日本の学生は優秀だと聞いていたが、大学に入ってみるとほとんどの学生は勉強をしないし、授業にも出て来ない。大学生は社会人になる前の、遊びの期間と思っているらしい。ルノーもナタリーも日本という国は好きだったが、この点に関しては日本人というものを理解できなかった。
高校までは親が経済的にも面倒は見てくれるが、大学に行くのは本人の選択で、したがってアルバイトをして学費や小遣いは自分で賄うのが欧米の社会では常識である。
彼らも、だから大学に通いながらアルバイトをしていた。夏休みや春休みの二ヶ月間がアルバイトに集中できる時期だった。旅行出来る余裕などなかった。
家庭が裕福であろうが、なかろうが関係なかった。
「何のために大学に入ったんだろう、日本の学生は」
としょっちゅうふたりとも疑問に思っていた。
翌日の新幹線で京都に着いたのは昼過ぎだった。
近代的な、古都とは思えない京都駅を見てびっくりした。
「まず、荷物があるから、ホテルに行こう」
と京都駅からタクシーに乗った。
本来は日本式の旅館に泊まりたかったが、あまりに高いのに驚いて経済的なビジネスホテルとして有名なホリデイ・インにした。
京都駅からまっすぐ北にタクシーは上がって行った。
カラスマドオリと書いてあって、京都の背骨にあたるメイン道路だ。
三分もすると、さすが古都だ。大きな古い日本の建物が左右に見えてきた。
タクシーの運転手が、日本語が出来ることを知っていろいろ説明してくれた。
「この左に見えるのが東本願時と言って浄土真宗の本山だよ」
と言いながら進むと、左手に白っぽい建物が見えてくる。
「これが二条城だ。将軍が京都に来たときに泊まるお城だ」
「このお城は誰が造ったのですか」
とルノーが聞くと、
「さあ、はっきりは知らないが、豊臣の時代か徳川幕府の時代に造られたんじゃないかな」
と運転手は答えたがルノーは思った。
「この二条城を造ったのは自分の祖先の武将であることを知っている人は日本人でも少ない」
「やはりあの方は、きっちり評価されていない」
運転手に間違っていることを言うと、
「そりゃ、お客さんないですよ。あの武将は神聖なこの近くにある仏教の本山を焼き討ちにして、僧侶その他老若男女を皆殺しにした恐ろしい御仁ですよ」
と運転手は反論した。
ルノーはこれ以上言い合っても仕方ないと思って黙ったが、『日本史』に書かれていた通りだと思った。
「何としても、正当な歴史評価をしてもらわなければ」
と改めて決意を心の中でつぶやいていたら、
運転手が
「お客さん、着きましたよ」
と言われてふと我に帰った。
ホテルにチェックインすると、フロントの係りからメッセージが入っていると言ってメモ用紙をもらった。
アムステルダムの祖母のいとこから連絡を受けて、電話をしてきたらしく
波多と書かれた女性の名前だった。
二年以上日本にいて、日本語をハードに勉強し、日本史を専攻した甲斐があって、ルノーはかなりの日本語をしゃべるのみならず、読み書きも出来るようになっていた。
フランクフルトに行った日本人が向こうで祖母のいとこにふたりが京都に行くことを伝えたようだった。
部屋に入ってルノーはすぐに受話器を取ってメモに書いてある電話番号にかけてみた。
ナタリーも横で聞いていた。
「もしもし波多ですが」
と女性の声だった。
「あの、東京からきたルノーと申しますが」
と言うと、フランス語で
「ボンジュール、ルノー、 ジュスイマドモアゼルハタ」
と言ったのでルノーも咄嗟に
「ウイ、マドモアゼル パレヴ ジャポネ?」
とフランス語で日本語は出来ますかと聞いたら
「はい、日本に来てもう三〇年以上になりますから」
「あなたも日本語、お上手ですね」
と日本語でかえってきた。
「それじゃ、アムステルダムからこちらに」
とルノーが尋ねると
「そうです、あなたのお祖母さんはわたしの伯母になります、そういうわたしももうおばあさんですが」
と言って
「こちらにはどれぐらい滞在されるの」
と聞かれた。
「二週間ほどの予定です」
と答えると
「それじゃ、宿泊代も大変でしょう。わたしのお家に明日からいらっしゃい、ナタリーさんと一緒に」
と言われてルノーは一瞬ためらったがナタリーにも相談しないで
「出来たらお願いします」
と答えた。
「あの、お家はどこでしょうか」
とルノーが聞くと
「太秦よ。そこから車で四十五分ぐらいのところにあるのよ」
「明日、それじゃお伺いします。どういうふうに行けばいいのでしょうか」
とルノーは尋ねた。
「わたしが明日ホテルまで迎えに行ってあげます」
と言ってくれたが、今後のためにも京都の事情をよく知っておきたかったから、電車やバスの乗り方を詳しく教えてもらった。
「では明日午後四時に、駅に着いたらお電話します」
と言って受話器を置いた。
その時ドアがノックされた。ナタリーだった。
電話で話したことを説明すると
「わたしは、ホテルの方がいいけど、宿泊代のことを考えると泊めていただいたら」
とナタリーも了解してくれた。
ホテルの方がいいと言ったナタリーの気持ちはルノーにも痛いほど分かった。



第二楽章 〜第三章 古都の光と影〜



ホテルのフロントに事情を言って今日だけの一泊だけで明日チェックアウトすると伝えて、ふたりで、ぶらっと出てみた。まだ午後三時過ぎだった。
京都は山に囲まれた盆地なので、夏は暑く、冬は寒いという。
そのようなところに一二〇〇年以上も都だったのは、やはり防衛上の問題からだろうと日本史で学んだ記憶がある。
もともとは京都と言われていたのではなく、山科の地と言われていたらしく、今の奈良が平城京と呼ばれていて、その後この山科の地に都が移ったときに平安京と名づけられ、その京から京の都として京都になったらしい。京という言葉は、もともと中国からきたもので都のことを京とつける慣しがある。北京・南京などがそうである。
東京も東の都から名付けられた。
京都の中心地は四条通りで東の奥に八坂神社があり、その手前に日本の三大祭りで有名な祇園がある。
この祭りは八坂神社が催す祭りだ。
大きな御興(みこし)のことを鉾と言って京都の町を引っ張りまわす祭りだ。
その時に『えんやらや、えんやらや』と声をかけて引っ張るらしい。
このかけ声が、どうやらヘブライ語からきているらしいと、日本史の勉強をしているときの雑談で聞いたことがある。
『エンヤラヤ』というのはヘブライ語で神を称賛する言葉らしい。
一二〇〇年前に、この山科の地に遷都された時、付けられた平安京という言葉も、その名の通り平和の都で、ヘブライ語で、平和の都のことをエルサレムと言う。何か関係があるかも知れないと、ルノーは日本史を勉強し始めた時から思って、いつか自分の手で真実を確かめてみたいと思っていた。
ホテルは鴨川の側にあり、その前の川端通りをまっすぐ南に下ると四条通りに出る。
電車に乗ってすぐだった。
さすが人通りも多く、鴨川にかかっている四条の橋の上で編み笠を被った僧侶が三人も立っていた。
ナタリーがあの人たちは何をしているのと聞くので、『托鉢』と言ってお金をもらっているのだと教えたら、私もあげたいというので一〇〇円のコインを三枚出して一枚ずつ一人の僧侶の持つ茶碗に入れると僧侶は頭をさげて礼をした。
なんと、その僧侶は日本人ではなかったのを知ってふたりは驚いた。
海外からたくさん日本の僧侶になって、仏教の勉強をしている人たちがいるらしいと後でその橋を渡ってすぐ右に曲がった細い路地にある、京都には似合わないが古い西洋料理を食べさせてくれるレストランに入ってそこの主人から聞いたら
「あんたはんら、どこの国からきなはったんや」
と聞かれて、二年前に東京に来て大学で勉強していて、京都に初めて来たとルノーが言うと、
「この京都は外国の人がたくさんきやはるけど、きいつけなあきまへんえ」
と注意してくれた。
この主人の話だと、京都でも珍しい西洋料理店を一〇〇年以上している店で、外国の観光客がよくこの店に来るという。
ほとんどの外国の人たちは京都というと一生に一度は行ってみたいと思ってくるのだが、京都の表面の事しか知らず、古い町だけに、吹き溜まりの暗い影の面を知らない。
世界どこの国の町に行っても必ずスラム街がある。パリにもある。
京都にも古い町だけにあちこちにある。
日本人はそれをよく知っていて、気をつけるが、外国の観光客は知らないでトラブルに巻き込まれるらしい。
その主人は親切に京都の良い面、悪い面を教えてくれた。
「やはり、どこに行っても、その国、その町の光と影の部分があるんだなあ」
とふたりでため息をついた。
レストランの主人に注意をされたルノーだったが、店を出るとすっかり忘れてしまい、祇園の町並みを歩きたくなって、すっかり暗くなっているのにふたりでぶらついた。
祇園は細い路地を挟んで間口の狭い格子戸が店の入り口になって、提灯に店の名前が書かれてある。
ルノーもナタリーも日本の文字を読めたが、さすがに崩した文字は読めなかった。
もう夜の七時を過ぎている。
前の方から着物姿の舞子が三人こちらに向かって歩いてきた。
ナタリーが
「とても、きれいな着物ね」
と言って舞子を見ていると舞子のひとりが気づいたようで
「やあぁ、外国のおなごはんや、きれいやなー」
と声をかけてきた。
「あなたたちもとても美しいですよ」
とナタリーが言ったら、
「まあぁ、このおなごはん、日本語喋りはる」
とびっくりした様子だった。
ルノーは何かいやな予感がしたのでナタリーの腕を引いて通り過ぎようとしたその時、路地の横から三人の若い男が出て来て、ナタリーに向かって
「よう、外国のねえちゃん、なかなか、ええからだしてるやんけ、いっしょに楽しいことやらへんか」
と近寄ってきた。
「あんたはんら、またこんなとこでわるさしてはるの、やめなはれ」
と舞子たちが止めようとしたが、酔っぱらっているらしく、言うことを聞かないでナタリーの肩を掴もうとした。
その時まで、我慢していたルノーだったが切れてしまった。
ナタリーの肩を掴もうとした男の足を思い切りはらった。
男は仰向けにぶったおれて、路地の石だたみに頭を打って悲鳴をあげた。
「何、さらすんじゃ」
と別の男が怒鳴るように叫んだが、ルノーは完全に切れてしまって自制心をなくしている。
怒鳴った男がその瞬間五メートルぐらい飛んで店の格子戸を破って泡をふいて気を失っていた。
呆然ともうひとりの男がわなわな震えながら立っていたところへルノーの右腕がのびていく。
「ぐしゃ!」
という音がしてその男の顔から血しぶきがあがってそのまま前倒しになって崩れおちた。
「ルノー、もうやめて」
とナタリーが止めた。
ルノーがいったん切れたら、ある程度させるがままにするしかないことをナタリーは知っている。
鬼のような顔をしていたルノーから冷静さが戻っていた。
「やあぁ、かっこええ。この外国人はん」
「めちゃ、つよいわー」
と舞子が感心して喜んでいたら警官がふたり飛んできた。
路地の上で完全に打ちのめされて、うめいている三人を見て警官はルノーを取り押さえようとした。
「何しはんねん。この子らがわるいんや。このきれいな、おなごはんに、ちょっかいを先に出すさかいや」
「この男はんは、何もわるいことあらへん」
と舞子たちがルノーのことをかばってくれた。
警官も三人は札つきの悪だということを知っていたから、
「こいつらは、ぎょうさん悪の仲間もっとるから、はよう行きなさい」
と言ってくれ
「そやそや、はよう行ったほうがええわ」
と舞子たちも心配してくれたので、
ルノーとナタリーは
「ありがとうございます」
とお辞儀をしてその場を去った。
ホテルに戻ってナタリーはルノーに
「もう落ち着いた?」と聞いたらルノーも少し後悔した様子で
「ああ、ごめんね」
と頭を掻いて笑った。
「本当にレストランの主人の言った通りね」
とナタリーも微笑んだ。
「明日からは気をつけよう」
とルノーは自分の不注意を反省した。



第二楽章 〜第四章 太秦の波多家〜



翌日さすが昨日の出来事で興奮して寝付きが悪くナタリーのノックで目を覚ましたのは昼前だった。
「だいぶん、疲れているようね」
「何度かノックしたけど返事がないから、起こしては悪いと思って昼前までわたしも部屋にいたの」
ナタリーは昨日の夜のことがあったのでルノーに気をつかっていたのだ。
「ごめんよ、朝食はとってないのかい」
とルノーも気にしてナタリーの顔を覗いた。
「べつに食欲がなかったからいいの」
「だけど波多さんのところへ三時に行くのでしょう」
と時間のことを気にしているようだった。
「そうだ、ホテルのチェックアウトは十二時のはずだから早く支度しなくちゃ」
とルノーが言ってばたばたとシャワーも浴びずにトランクに衣類を詰め込みだした。
「わたしは、支度はもう済んでいるから、手伝ってあげる」
とナタリーはバスルームに散らかしてあった洗面具を片付けていたら、ルノーの下着があったので、
「これ洗っていないのでしょ」
と言って洗面台で洗い出した。
「いいよ、そんなことしなくて」
と少し恥ずかしそうに言ったがナタリーは気にせずに
「ここでは、わたしがお母さん兼お嫁さん役をするの当然でしょう」
と少し恐そうな顔をわざとして洗濯を続ける。
「ドライヤーで乾かすから、その間に支度とチェックアウトして来て」
と洗面台に向かったままでルノーに言った。
その姿を見てルノーは本当に母親と勘違いする程の錯覚をしたが、なんとなく嬉しかった。
ホテルをチェックアウトして出たら午後一時を過ぎていた。
「どれくらいの時間で行けるか分からないので少し早めに太秦駅まで行こう」
と言って、ホテルから高くつくがタクシーに乗って大宮駅までと運転手に告げた。
大宮駅から路面電車で嵐山まで行く途中に太秦駅があった。
太秦駅に着いたのは午後二時前だった。
午後三時に駅から電話をすることになっていたので、駅の近くで昼食をしようとレストランを探したが洋風のレストランは一軒もない。
仕方なく、喫茶店に入りサンドイッチとコーヒーを頼んで時間潰しをすることにした。
店の中でコーヒーを飲んでいた老人のお客さんが店の主人に、
「この近くに蚕の社というところと、いさらいの井戸のあるところを知りませんか」
と聞いていた。
「蚕の社は、ひとつ前の駅がそのままの名前であります。駅をおりたらすぐ前にありますよ。いさらいの井戸というのは、広隆寺の駐車場の横に狭い路地があって、そこの入り口のところにあります」
と店の主人は親切に老人に教えていた。
老人は礼を言って、お金を支払って出ていくと
「蚕の社と、いさらいの井戸を知っている人は、よほど歴史の専門家でしょう、あの老人も多分歴史学者でしょう」
と店の主人はふたりに向かって説明した。
「蚕の社というのは、あの繭をつくる蚕のことですか」
とルノーが聞くと、店の主人が
「そうですよ。蚕の社も、いさらいの井戸も広隆寺を建てた秦河勝という聖徳太子の時代の人が造ったものだと、この辺りでは言われています」
と答えた。
ルノーとナタリーは顔を合わせて驚いた。
「秦家というのは、この辺りでは有名なのですか」
とルノーが聞くと
「そりゃー、もうこの太秦が山城と呼ばれていたころに秦家がつくった町で、京都が都になる前からここに住んでいて、京都を平安京という都にする時の工事は全部、秦家がしたものです」
と店の主人は自分のことのように自慢した。
ルノーは自分が誉められたような気持ちで、これから訪問する波多家に思いを馳せるのだった。
午後三時前に波多家に電話をした。ルノーの、祖母のいとこの娘になるから、ちょうどルノーの母の世代ぐらいで、母とはまたいとこにあたる。ルノーにとっては叔母さんのようなものだ。
太秦の駅まで迎えに来てくれたその女性が着物をきているのにふたりは驚いた。
お互いに日本人の顔ではないのですぐに分かった。
「ルノーとナタリーね、よく来てくれたわね」
と喜んでくれた。
「突然電話してすみませんでした。ご迷惑ではありませんか」
とルノーは恐縮して聞いたら
「アムステルダムの父から、あなたたちふたりが二年前に日本に来ることを聞いていたから、いつかは会うことになるだろうと思っていたのよ」
「だけどもっと早く来てくれると思っていたわ」
と歩きながら伯母は言った。
「すみません。なんの連絡も今までしないで」
「日本の生活に、馴染むので精一杯でそんな余裕がなかったんです」
とルノーも弁解ではなく本当にそうだったので正直に謝った。
「わかるわ。日本は確かにヨーロッパのどこの国にも当てはまらない独自の文化があって、それを理解するのに苦労したでしょう」 
歩いて十分も、しないうちに波多家の家に着いた。木の塀が五〇メートルもあるぐらいの大きい屋敷でその先に門があった。『波多』と書いた表札が門に掛けてある。
「秦という字と違うなぁ」
とルノーは不思議に思った。
門をくぐって中に入ると正面は住居だとすぐ分かったが、門から右側に塀にそって大きな長い木造の建物がある。
「ここは着物の反物をおる工場なの。波多家は代々、着物の織物をする仕事をしているのよ。だからわたしもいつも着物を着ているの」
と伯母は教えてくれた。
「ずっと、昔からですか」
とナタリーが興味深そうに伯母に尋ねると
「そうね、もう一三〇〇年以上続いていると聞いているわ」
と伯母から聞かされてふたりはびっくりした。
「あの、名前が一字の秦ではなくて、どうして二字の波多となったのですか」
とルノーは思い切って聞いてみた。
「たしかに、元々は一字の秦だったようだけど、元来、日本でこの字を『はた』と読まないし、日本人の名前で一字というのは渡来人がほとんどだったので二字の波多に変えたらしいの。室町時代に」
と聞いてルノーは
「室町時代といえば今から四五〇年から六五〇年前ぐらいの時代ですね」
と言うと
「よく日本の昔のことを知っているわね」
と叔母は感心しながら
「波多家は、その前の秦家のころから、絹織物の仕事を一五〇〇年以上も続けてきた一族で、この太秦がまだ山城の葛野と呼ばれていたころからあって、京都の着物産業の祖といわれるほどの伝統ある家なのよ」
と伯母は誇らしげに言った。
「蚕の社という神社があるんだけど、その神社は秦家の時代に建てたものよ」
と伯母から蚕の社のことを聞かされてふたりは、さっきの、喫茶店の老人のことを思い出した。伯母の話しだと、秦氏は応仁天皇の時代に来朝した秦の始皇帝の後裔、弓月君(ゆずきのきみ)に起源すると伝えられている。子孫はその後、山城の葛野(現在の太秦)を本拠とし、京都盆地から、大阪、奈良、さらに滋賀県南部など広く諸国に散らばり、養蚕、織物などの生産に従事、財力を蓄え、一大勢力を有する富裕な渡来氏族となった。
雄略天皇の時に、秦酒公(さけのきみ)の貢納した絹が『うず』高く積まれたのを天皇が賞して『太秦(うずまさ)』の氏を賜ったらしい。秦河勝は酒公から六代の裔といわれる。
秦河勝は、聖徳太子の一番信頼した家来で、秦造(みやつこ)河勝という重職を太子から与えられ、太子の仏教信仰の経済面での全面的な協力者で、太子にとって非常に重要な人物だったそうだ。
この広隆寺の国宝第一号になった弥勒菩薩も、太子が河勝に賜ったもので、その記念として、当時蜂岡と呼ばれていた当地に建てられた寺である。
太子が建立したといわれる全国の有名な寺はほとんど河勝によって建てられたもので、中でも宮崎市の帝釈寺、加古川市の鶴林寺、それに河勝の弟の川継が建てた兵庫県揖保郡太子町の斑鳩寺(はんきゅうじ)などが特に有名である。
しかし、これら多くの寺は歴史上、太子が建てた寺となっていて、河勝自身の発起で建てた寺はほとんどない。一方、河勝は多くの神社を発起人として建てている。その中でも旧赤穂郡内にある百数十社ある神社の内、河勝の祭神名である大避大神(おおさけおおかみ)を祭る神社は四分の一を超えるといわれている。
『ふるさとの歴史』によると、赤穂郡内を流れ赤穂市で海にそそぐ千種川流域には、かつて秦河勝を祀る大避神社が三十社ほどもあったらしい。
実は京都の広隆寺の近くにも大避(酒)神社があり、河勝が秦氏の祖、秦の始皇帝・弓月君・秦酒公を祀ったと伝えられている。
ここで興味深いのは、太秦という言葉が中国では大秦となっているがローマのことを指し、大避という言葉はユダヤの建国の祖ダビデを指していることだ。
そして、秦の始皇帝は漢民族ではなく西からやってきた騎馬民族出身だということ、始皇帝の時代の少し前にバビロニア(今のイラク)が北イスラエルを滅しイスラエル人を首都バビロンに連れて行き奴隷にした(いわゆるバビロン捕囚)。
ダビデ・ソロモンと続いたユダヤ王国はその三代目の時に北と南に分裂し、北イスラエルと南ユダヤに分かれていたのだ。
その後バビロニアはペルシャに滅ぼされ、バビロンにいたイスラエル部族が解放され、方々に散らばっていって東方にもかなりの部族が移った時代が、秦朝勃興の時代に符号するという事実である。
また聖徳太子の建立とされる大阪の四天王寺に、長い伝統を持つ舞楽がある。
四月二二日は聖徳太子の命日と伝えられ、その日には太子の霊を祀る聖霊会法要が行われる。その時舞楽が石舞台で奉納されるのだが、実はこの舞楽は、秦氏を祖と仰ぐ東家・林家・薗家・岡家の四氏が秦姓を名乗り、この地に居住し、霊前に奉してきたと伝えられている。
能の大成者として名高い世阿弥が猿楽の始祖を秦河勝と考えていた。
世阿弥の父、観阿弥は、服部氏の支流である伊賀国杉の木の豪族、上島家の出身といわれている。秦氏を祖とする服部氏族は、伊賀忍者の宗家として広く知られている。
世阿弥によって猿楽の祖とされた秦河勝が多彩な才能に恵まれ、単に寺の建立だけでなく、文化発展にも寄与した。京都の太秦が現在芸能のメッカであることも、河勝との不思議な縁である。
この秦家が尾張や越の国で物部一族とも関りがあったことは、ルノーがその後、奈良の大和朝廷跡を訪問することで知ることは、叔母の話しから分かるすべもなかった。



第二楽章 〜第五章 波多家のルーツ〜



ルノーはこのことだけを聞いても、もっと古い一族のルーツがあったのだと感動するのだった。
秦家のルーツを聞いてふたりは、この一族が日本の歴史に偉大な貢献をしてきたことを認識して、何か誇りに似たものと、日本という国が自分の国のように思えてならなかった。
「蚕の社は秦家の代々の神社で非常に珍しいものがあるのよ」
と伯母は教えてくれた。神社だから、当然祖先を神として崇める神道である。
それなのに、神社には、この社は渡来人の秦家が造ったもので、その秦家は景教なる宗教を代々信仰していたと書いた由来書が堂々と掲げてある。
普通、神社には必ず祭神名とその由来が書かれたものが拝殿のそばに立ててある。
この蚕の社というのは正式名では木嶋(このしま)神社といわれ祭神は天御中主命・大国魂神・鵜茅葦不合命・穂穂手見命と書かれていて、かつ神道ではなく景教を信仰していたとも書かれてある、変わった神社である。
天御中主命は神道の中での最高神である宇宙創造神である。
鵜茅葦不合命・穂穂手見命は父子でその孫が初代神武天皇だ。
ただ不思議なのは、そこに大国魂神すなわち大国主命が入っていることだ。
大国主命は出雲系の神である。それ以外は高千穂の国、すなわち九州系の神でお互い敵同士の関係だったのに一緒に祀られている。
そして神社の拝殿の横に小さな池があって、元糺すの池と呼ばれ、その池の中に変わった鳥居がある。三本の柱をつなげた、上から見ると正三角形の形をした三柱の鳥居と呼ばれるものが池の中に立ててある。こんな神社は日本全国どこを探してもないだろう。「ここから、近いんでしょう」
とナタリーが尋ねると
「次の駅からすぐよ。だけど歩いても十分もかからないわ」
「行って見る?」
と聞かれ、ふたりは肯いた。
広隆寺の前を通って五〇〇メートルも歩くと左側に普通の神社の鳥居が見えた。
五〇メートルほどの参道があってその横に古い木造の小さな建物があり、その建物の前に由来を説明する板がかけてあった。
景教のことを説明してある。
景教とはキリスト教の一つの宗派でキリスト教ネストリウスと書かれていた。
その奥に本殿があって左側にある池の中に変わった鳥居があった。
「これがその鳥居だな」
とルノーは内心つぶやいた。
「変わった鳥居ですね。しかも池の中にある鳥居なんて。鳥居というのは、その中を参拝する人がくぐって拝殿・本殿に行くわけでしょう。これではくぐることも出来ないですね」
とルノーが聞くと、
「そうよね、わたしもそう思うけれど理由は知らないし、主人に聞いても知らないと言っていたわ」
「現在、波多家の宗教は何ですか」
と、ぽつりとナタリーが聞いた。
「我々現在の波多家と、広隆寺や木嶋神社のルーツである秦家とは、繋がっているかどうかは分からない。ただ言い伝えではさっき言ったようなことなんだけれど、あくまで言い伝えだけだから」
「だけど波多家の宗教は、景教であることは間違いないわ」
「アムステルダムの家はキリスト教エッセネ派と言っていましたが」
とルノーは反論した。
「同じことよ」
と伯母は答えた。
「わたしが、その後調べたところによると、キリスト教エッセネ派とネストリウス派というのは別の宗派ということですが」
それを聞いた伯母は少し黙っていたが、
「結局、ユダヤ教なのよ。」と言った。
「いさらいの井戸もそれを意味しているのよ」
「行ってみましょう」
と伯母は言って歩きだした。
ふたりは黙って後をついて行った。
いさらいの井戸は広隆寺の西門に通ずる駐車場の横にある狭い住宅地への路地の入り口のところにあった。
今はほとんど水も出なくなったそうだが、昔は生活水の重要な供給源であったらしい。
源氏物語の中にもいさらいのことが書かれていて、その時代に既に『いさらい』という言葉の意味が分からなくなっていたようである。
ひらがなで『いさらい』と石の井戸の正面に彫ってあった。
『伊佐良井戸』が正式名だが『「いさら」とは『些細な』という意味だそうだ。
景教の経典の中にも『いさらい』のことを『一賜楽業』と書かれ『イスラエ(Ezurae)』と発音するようだ。
景教は原始キリスト教といわれイエスも学んだものである。
イエスの教えは、あくまでユダヤ教の教えの中の厳しい戒律を神が人間に与えた愛だと判断し、戒律よりも許しを与える愛を説いた。その原点になるのが景教である。
現在、キリスト教は欧米諸国の白人社会が中心になっており、ユダヤ教は全ユダヤ人とユダヤ教を信仰する、限られた人々だけの宗教だ。
だが本来、イエスが説いた原点は原始ユダヤ教であり、イエスの時代にユダヤ教が堕落していくのを警鐘して原始ユダヤ教に回帰することを説いたのである。それが原始キリスト教であり、その原点が景教だという関連性をみんな忘れてしまっている。イエスの教えと、欧米諸国のキリスト教とはまったく関係がない。イエスの弟子たちが広めたのが今のキリスト教である。
日本にキリスト教の布教にきた三代目の先祖も遥か一〇〇〇年も前に既に原始キリスト教が日本に来ていたことを知っていて景教の存在を知っていた。
だが布教にきたのはイエズス会という宗派で、それはあくまで表向きで実際には、植民地にする前のスパイ行為が目的であることを知っていただけに、自分の行為を恥じ、逆に日本で学んだ景教を祖国に持ち帰って、本当のユダヤ教とキリスト教の接点になる教えを広めようとしたようだ。
そして京都で景教を信仰する秦家を訪問し景教を伝授してもらったのだ。
その真摯な気持ちを、日本を支配するその武将に伝えたところ、その英雄はいたく感じ入って、堕落した日本の仏教を軽蔑し、景教をひっそりと信仰する秦家に三代目を面倒みるように命じ、その秦家と三代目を繋ぐ糸の役割として自分の娘を三代目に与え、未来永劫、秦家と自分の娘の子孫との縁結びを続けるよう言い渡した。
その時、秦家からその英雄に願いごとが出された。
それは、自分たち秦家は応神天皇の時に渡来した民族で、全中国を初めて支配した秦の始皇帝の末裔で、長安(実際には漢陽)に残っていた子孫である弓月君(ゆずきのきみ)が、日本に来たのが秦家のはじまりで、その時始皇帝が不老長寿の薬を探すために派遣した、徐福という家来が日本に住みついていたことを知った。
その後、徐家は西安に戻ったが、それ以来徐家とは姻戚関係を結んでいることを告白し、徐家との縁結びの許しを乞うた。
「世界が、人種や宗教や国の違いで争うことは愚かなことだ。しかもそれをするのは一握りの支配者だけで、民衆はその巻き添えを食って不幸になるだけだ」
と言って喜んで許してくれた。
それ以来の秦家、徐家との姻戚関係がルノーの母方の一族とあったのだ。
キリスト教とユダヤ教という、ルーツが同じ宗教の分岐点にあった景教がすべての原点であったことがルノーとナタリーのそれまでどうしても分からなかったユダヤの血の流れを解いてくれた。
宣教師であった三代目と秦家とは血の繋がりはない。それ以後は繋がりができたが、あくまで母方の本家の娘が嫁いでいただけである。だから秦家にユダヤ人の血が入っているかどうかは、始皇帝がユダヤの血を引いているかどうかだが、それは分からない。
宣教師の三代目はポルトガル人だ。その三代目以降現在の十九代目までには、日本の英雄武将の血が入っている。
ただ宗教がイエズス会というのは表向きで実際はユダヤ教に極めて近いエッセネ派でそのため日本の秦家の景教にも出会い、それ以降ユダヤとの関係が出来ていった。
これが真実のようであった。
それにしても、その英雄の広い視野と将来を見透す感性に、ルノーは驚きと尊敬の気持ちを強めていくのだった。
そして秦家を大事にしたもう一人の英雄、聖徳太子のことをルノーはもっと知ってみたくなった。
それが、波多家も知らなかった新たなる事実の発見と、その発見によってルノーの人生が、英雄武将にも似た波乱の人生になることに、その時誰も、また本人すら予見できるはずもなかった。



第二楽章 〜第六章 奈良へ〜



祇園祭りまで、まだ時間があったので、ふたりは奈良の法隆寺に行ってみることにした。
波多家で車を貸してくれた。
久しぶりのふたりのドライブだ。
太秦から三条通りを経由して西大路通りに出たところでルノーは思い出してナタリーに言った。
「たしか大徳寺は、この西大路通りを北上したところにあると伯母さんが言っていたよね」
「そう言っていたかしら。わたし憶えていない」
と言って、ナタリーはそれよりドライブを楽しんでいる様子だった。
「ちょっと、大徳寺に寄ってみよう」
とルノーは言って西大路通りを北上した。
けっこう走ったが、急に人の数が増えたので、ゆっくり走ってみると金閣寺と書いた標識が見えた。
「この近くに金閣寺があるようだ」
とルノーがナタリーに言うと
「三島由起夫が書いたあの金閣寺のこと」
とナタリーは目を輝かせて言った。
「大学の日本文学の授業で英語に翻訳されたのを読んだわ」
「英語に翻訳した人も素晴らしいんだろうけど、素晴らしい小説だったわ」
と急にナタリーは喋り出した。
ルノーも三島由起夫の小説は何冊か読んだ。
『金閣寺』も読んだし、『潮騒』を読んだ時には、ふたりの若い主人公の男女と自分たちとラップさせた気持ちにもなった。
「あの金閣寺を焼いたお坊さんは、三島由起夫自身とラップさせていたのね」
とナタリーは一人前の評論家になったようなつもりで喋った。
「だけど、あの作家は三〇年ほど前に切腹自殺をしたらしい」
と言ったらナタリーもよほどこの作家を気に入っていたらしく、知っていた。
「日本の軍隊に入って行って、日本の将来を心配した意見を演説したのに、軍隊の人たちの無反応に失望してその場で自殺したのね」
「よく知っているなナタリーは、そんなにあの作家のこと気に入ったのかい」
とナタリーに尋ねたら顔を赤くして言った。
「だって、あの作家とルノーの性格そっくりだもの」
と笑って答えた。
ルノーは一瞬、ギクッとした。
ルノー自身も三島由起夫の作品を読んでいて、そのことを感じていたのだ。
「今度、時間があれば金閣寺に行こう」
と言って人通りの多いところを過ぎると路は大きく右に折れていった。
すぐに大徳寺という標識があり、左側に参道の入り口があった。
大徳寺といっても、たくさんの寺があった。
その中に祖先の武将の廟廊があったからだ。
廟廊の前にふたりは黙って立っていた。
遥か遠いこの日本の地にいた、日本歴史上屈指の英雄の血が、自分たちの中にも流れているのかと思うと感無量の気持ちになった。
「そう言えば、三島由起夫という作家と、この英雄はどこか似たところがある」
とルノーはふと思った。
「ナタリーが言っていた、自分と三島由起夫が似ているとなると、やはり自分の体にこの英雄の血が濃く残っているかも知れない」
と思うと何か胸騒ぎがした。
「さあ、奈良の法隆寺に行こう」
とふたりは気分をいれ換えた。
京都から奈良への道は国道二五線に入って常陽町から木津川沿いに走って行くと一時間程度でちょうど大仏で有名な東大寺のある奈良公園の横に来る。
奈良の中心地だ。
「わあ、鹿がいっぱいいる」
と叫んだ。
奈良公園は野生の鹿がそのまま放置してあるので有名である。
「ちょっと、降りてみる?」
とルノーはナタリーに聞いたがナタリーは首を横に振った。
法隆寺まではまだそこから三〇分以上かかる。
そのまま奈良市内を通り過ぎて行った。
まわりはまた田園風景に変わっていく。
途中で道路標識が出て来た。まっすぐ行くと天理・桜井、右に曲がると法隆寺となっていた。
桜井は、古代大和朝廷のあった場所だ。そこにも行く予定だったが右に曲がって、十五分程で法隆寺に着いた。
長い参道の両側には土産を売っている店が並んでいた。
駐車場に車を止めて、入場料を払うところがあるらしいので行くと
「ここは、中に入るのにお金が要るのね」
と驚いていたナタリーに
「ベルサイユの宮殿に入るときと一緒さ」
とルノーは言った。
中に入るといくつかの古い木造建築の建物があった。
金堂、三重の塔。
だがルノーは一番はっとさせられたのは、まわりが回廊になっている広場だった。
この広場と回廊の風景はローマのバチカン広場とよく似ている。
だけどこの法隆寺が出来たのは、入場料を払ったときにもらったパンフレットによると七世紀だ。
バチカンの聖ピエトロ寺院が建てられたのは十六世紀から十七世紀のはずだ。
しかもここの回廊の柱は古代ギリシャのパルテノン神殿の柱を参考にしているエンタシスという中太りの柱だ。
不思議な話しだ。とルノーは思った。
ギリシャから日本、そして日本からローマ、やはりシルクロードを通って東西の交流は盛んだったようだ。



第二楽章 〜第七章 法隆寺の夢殿〜



金堂から二〇〇メートル程東へ行くと、一旦門を出て細い道路を隔てて向かい側に東院がある。そこに入ると、昔の紙幣に出ていた有名な夢殿がある。
ルノーがこの寺に来たかったのは、この夢殿に祀られている救世観音像だ。
この仏像は聖徳太子が自分で彫ったものと伝えられ、藤原時代から白布で覆われたままだった。
明治初年、フェノロサと岡倉天心によって公開されたが、今でも公開は春と秋の一ヶ月間だけだという。
ルノーはどうして白布で覆われているのかその原因を知りたかったのだ。
だが今は公開されていない。
しかし、夢殿の外から真ん中に等身大の姿は見える。
ルノーは何かに魅せられたかのように白布に覆われた救世観音像と対峙していた。
「ルノー、もういいでしょう」
とナタリーの声でルノーは気がついた。
「もう一時間もそうやっていたのよ」
「わたしは、中宮寺の弥勒菩薩を見てきたわ。広隆寺の弥勒菩薩と大分違っていたわ」
とナタリーに言われて、その間ほとんど意識がなかったことに気がついた。
「中宮寺に行く?」
とナタリーに言われたが
「いや、もういい。これさえ見れば満足さ」
と言ってルノーは駐車場のところに歩き出したが、何かおかしいと、ナタリーは感じた。
車に乗るとルノーがおかしい。
「どうかしたの、顔色が悪いけど」
とナタリーが言ったその時、急にブルブルとルノーの体が震え出した。
ナタリーは、驚いて震えるルノーを抱きかかえて震えを抑えようとした。
ルノーの体が燃えるように熱かった。
ルノーの額に手をやると燃えるような熱さだった。
「ルノー、すごい熱がありそうよ。大丈夫?」
とナタリーはうろたえていた。
「大丈夫だけど、肩の辺りがものすごく寒気がする。どうしてだろう」
「近くのお店に行って薬があるか聞いてくるから」
と言ってナタリーは走って近くの食堂のような店に入って行った。
「すみません、熱が出たらしいんですが、薬は売っていませんか」
と店のおばさんに聞くと
「夢殿の観音さまを見たんだね」
と聞かれて
「はい、そうです。その後、急に」
とナタリーが事情を言うと
「そりゃー、一時間もあの観音さまとにらめっこしていたら熱が出ても当たり前だよ」
と店のおばさんがいろいろと教えてくれた。
そもそも、この法隆寺そのものが聖徳太子の一族の怨念でいっぱいの寺で、特に救世観音像には、聖徳太子の霊が今でも強くあって、感受性の敏感な人間にはその霊が感じられるそうだ。
その時の症状が高熱を出すらしい。
「薬なんか、要らないよ。だけど二〜三日は続くわよ」
と言われてナタリーは安心したものの、不安にもなった。
事情をルノーに説明するとルノーは、
「やはり、そうだったのか。自分もそんな感じがしたよ」
と言って車のエンジンをかけた。
「運転、大丈夫?」
と、ナタリーが言ったとき車は来た参道を走っていた。
「今日はもう帰りましょう」
というナタリーにルノーも頷いた。
奈良市内から来た道を法隆寺からそのまま引き返した。
ルノーは熱のせいでブルブル震えていた。
ナタリーは心配で、出来れば運転を交替してルノーを休めないといけないのだが、まだナタリーは運転免許証を持っていなかった。
仕方なく、ルノーは必死に我慢して運転をして、奈良市内と桜井市との分岐点まで来たら、急に震えが止まって少し楽になった。
奈良市内の方へハンドルを切って進もうとするとまたブルブルと震え、寒気がしてきた。
しかも、前よりももっと激しく震える。
たまらなくなって、ルノーは道路の路肩に車を止めた。
「本当に、大丈夫?」
と言うナタリーにルノーは少し黙って何か考えている様子だったが突然、
「桜井の方へ行こう」
と言って車をUターンさせた。
「どうかしたのルノー。何を言っているの」
とナタリーはわけが分からない。
ルノーはさっき交差点で急に震えと熱が治まったのは、桜井方面に行くんだという何かひらめきみたいなものがあったように思えた。
だから、もう一度確かめたかった。
震えはまだ激しく続いていたが、交差点に来ると少しましになる。
そして桜井に向かってハンドルを切ると震えが止まった。そして寒気もなくなった。
「これは、風邪とか、何かの病気が原因の熱と震えじゃない」
とルノーは確信した。
桜井に行くといってもどこに行けばよいのか分からない。
思い当たる節があるとすれば、大神神社か石上神宮しかない。
とにかく、このふたつの神社に行こうとルノーは思った。
十五分ぐらいで天理の、高速道路のインターの入り口にぶつかった。
石上神宮は天理市だ。
道路標識が天理、桜井方面はまっすぐ直進と書いていたのでそのまま進んだ。
左右に大きな同じような建物がいっぱい出て来た。異様な風景にふたりは何が何だか分からなかった。
その異様な建物が続く道路を十五分も走ると石上神宮の看板が出てきた。
さっきから震えはほぼ止まっている。どちらに向かっていいのか分からないので石上神宮に向かうため、ハンドルを左にきった。
突然、また激しい震えがはじまった。
「やはり、桜井方面だ」
と言ってルノーは何かに取り憑かれたようにまた桜井方向に戻した。すると震えが止まる。
「これは完全に何かが自分を呼んでいる」
とルノーは確信した。
十分も走っただろうか、陸橋を超えると左側に古墳が見える。
そしてその向こう側にきれいなバランスのとれた山が見えた。
その山の頂上に二本、大きな木が見える。何か男女が寄りそっているように見える。
そして、すぐ左に巨大な鳥居が見えてきた。
『大神神社』と書かれてあった。



第二楽章 〜第八章 巳の神杉と七支刀(メノーラ)〜



ルノーは思い切ってその鳥居をくぐって車を進めた。
震えは起こらない。
大きな木の鳥居の前で駐車して、地道の参道を歩いて行った。
三〇〇メートル以上ありそうだ。とにかくルノーは導かれるままに進むしかなかった。
やがて、石階段をあがると大きな建物が見えてきて、その建物の前で何人かの人が頭をさげていた。
その方向へ行こうとすると右側から女性の声が聞こえた。
「あなたがた、こちらにいらっしゃい」
と手を振っている。
五〇才ぐらいのおばさんだった。
「今日はめずらしい日よ、巳さんが出てきておられる」
と言う。
「巳さんって何ですか?」
とルノーが聞くと
「ほら、この杉の木の、根っこのところを」
と指をさされたところを見ると、大きな杉の木の地面から一メートルぐらい上のところに、白いヘビが木にはりつくようにいる。
「十年以上出てこられなかった。前に出てこられたときは、この賽銭箱のところでじっとしておられたけど、今度は神杉にちゃんとおられる。しかももっとすごいことに、お頭が天を向いておられる。こんなことは三〇年以上この近くに住んでいて毎日見にきているわたしでもはじめてよ」
とまったく驚いた様子だった。
ルノーはそのヘビに気がとられて忘れていたが、ナタリーが
「震えも止まったし、顔色もよくなったわ」
と言ったことで我に帰った。
「あなたたちは何十年に一回しかない場面に出会ったのよ、すごくいいことがあるわよ、必ず」
「さあ、お礼をしておきなさい、わたしと一緒に」
とそのおばさんが言って、ヘビに向かって手を合わせた。
ルノーとナタリーもそのおばさんの後ろで手を合わせた。
そうすると、そのおばさんは何もいわずにどこかへ行ってしまった。
ふたりはポカンとその大きな杉の木の前で立っていた。
まわりには参拝に来た人たちがたくさんいたが、誰もその白い蛇に気がつかない。
ルノーはますます不思議に思った。
「どうして、あのおばさんは自分たちだけに教えてくれたんだろう、そんなにめずらしいことなら、みんなにも教えてあげればいいはずなのに」
とナタリーが言って他の人たちを呼ぼうとしたとき、ルノーが止めた。
「さっきからの震えと寒気は、ここに関係があるかも知れない。だって手を合わせたあと完全に元に戻ったよ」
「あの、おばさんも他の人たちに言わなかったのは理由があったはずだし、僕たちがわざわざ教えなくても気が付く人がいるよ」
と言って、その杉の木から少し離れてしばらく様子を見ていたが誰も気が付かない。
しかもこの木の前には『巳の神杉』と書かれた看板まであるのに気がつかない。
本当に不思議なことがあるものだとふたりは思った。
大神神社の不思議な導きで出会った巳の神杉と白い蛇、そしてその蛇が大木の根元のところで
尻尾と頭が両方Uの字の型で上に向いているのを見たらすばらしい人生が待っているという。
この神木の右奥に石階段を上がっていく別社があった。天皇社と書いてある。
上がっていくと、小さな社があった。まわりも小さな空き地があるだけだ。
しかし、この社こそ、大神神社を建てた十代崇神天皇が祀られてある社である。
ここには、ほとんどの参拝者が、気がつかずに来ないようだ。
その社の前で、ふたりで頭を二度下げてから手を二回打った時右後ろから強烈な太陽の光が射してきた。いままで空は完全に曇っていたのに、雲間から射してきたのだ。
するとまたルノーが震えだした。顔色も青く、夏の太陽に当たっているのに寒そうにしている。
「まだ何かありそうだ」
とルノーは呟いた。
ナタリーはもう何が何だか分からなくなった。
石階段を降りて、巳の神杉の横を通ったがもう蛇はいなかった。
参道をおりて駐車場に向かった。まだルノーは震えている。
車に乗って来た道を戻った。
そうすると、右に行くと石上神宮と書いた看板があった。
ルノーは右に曲がった。
「もうここまできたら、行きつくところまで行くんだ」
とルノーもなかば居直っていた。
突きあたりの交差点のところに『布留明神』と書いてあり、左に矢印が向いていた。
「石上神宮と布留明神は同じところを指すんだろうな」
と言いながらルノーは左に曲がった。
やはりその通りだった。
参道への入り口のところに石柱で『石上神宮』と書いてあった。
この神社はこじんまりした静かな社だった。
鳥居をくぐって入って行くと牛が横たわっている像がある。
何を意味しているか分からない。その向こう側に数段の階段があって左側に門があった。その中が本殿だ。ここに例のメノーラと同じ形をした刀があると、フランクフルトに行っている日本人から聞いていた。
巫女さんに実物を拝見することは出来るのかと聞いたが無理らしい。だけど門を入ったすぐ右手に写真とその由来を書いたものが飾ってあることを聞いて行ってみた。
たしかに刀といっても、刀として役に立ちそうなものではない。それなら一体何を意味するのか、しかも国宝に指定されているぐらいだから、重要な資料であることは間違いない。
たずねた巫女さんが、どこの国から来たのかと聞いてきたので
今は東京に住んでいるが、もともとはフランスからだと答えた。
「この神社は物部氏を祀った社で東国の武家集団とは深い繋がりがあり、その末裔は海部(あまべ)氏、尾張氏、諏訪氏と東国の有力氏族に分家していって、その祖先は須佐乃男命にたどり、須佐乃男命は全国で牛頭天王といわれている」
と説明されて、だから牛の像があったのかとふたりは思った。
『尾張』と聞いた時ルノーは自分の祖先の武将が尾張出身であることを思いだした。
武家の頭領がいつも源氏姓を名乗るしきたりは、その武将のあとを継いで天下をとって三〇〇年の安定した国の礎をつくった武将も実質の権力者である征夷大将軍を朝廷から授かるときは、武家の頭領とされている源姓を名乗った。清和天王の血も引き継ぐことで朝廷との姻戚関係をつくり太古の時代からある縄文人と弥生人との間での争いがない国にするためであったようだ。それもすべて武士のことを『もののふ』と言うように物部一族がルーツのようである。
日本古代歴史の弥生稲作文化をつくった渡来人の天皇家と、当時土着の民族としてさきに住んでいた縄文人との間の争いで負け、勝った天皇家に仕えるようになった縄文人の生き残りが物部一族だったらしい。
その戦う御印が七支刀だそうだ。ということは 縄文時代にすでに古代ユダヤ人がこの国に来ていたと考えられる。
漢字が中国から入ってくる前にあったとされる古代阿比留文字とか恵比須文字がカタカナのルーツであり、ヘブライ文字と酷似していることがその証拠だと言えるかも知れない。
朝廷と武家との江戸時代まで続く確執は弥生人と縄文人との確執から始まっていたのである。
日本の歴史は縄文、弥生文化からはじまったとされるが、縄文時代の歴史書はない。
弥生の時代に邪馬台国そして大和朝廷がはじまり、日本の歴史がはじまった。
それは渡来系民族の天皇家からはじまったが、物部氏のように従来の縄文人も残っていた。その代表が須佐乃男命で、弥生人の代表が天照大神であった。
日本の公式の歴史書『古事記』『日本書紀』はこのふたりを姉弟としたのは象徴的だ。どこの国でも従来の土着民族、そこに侵入してくる渡来人との確執が人間社会を構成していく中での繰り返しの宿命だとルノーは思った。地球ができたときからの土着民なんていない。土着民も結局は渡来人でもあったのだ。
彼が大学時代に読んだドイツの社会学者テニエスが言ったゲマインシャフト(本然社会)が縄文文化の狩猟民族社会で、そのあとゲゼルシャフト(構成社会)として弥生式文化社会が自然発展の過程として現れる。
アメリカ大陸のアメリカインディアンとヨーロッパ白人種の侵入も同じことだといえる。
国家間の争いはゲゼルシャフト集団で起きる問題だ。だが人種、民族、宗教の違いで起きる問題はゲマインシャフト集団の中で起きる。
冷戦後の世界で起きている問題はゲマインシャフト集団の問題である。
これはあきらかに人間の進化過程に逆行しているとルノーは思った。
「このままだと、まちがいなく人類社会は滅亡する」
と確信すると、自分が出来ることは何も無いのかといらだちをおぼえるのだった。



第二楽章 〜第九章 ささやき〜



奈良から帰って、法隆寺の出来事、大神神社、石上神宮のことを、伯母に報告すると
「不思議なことがあるわね、だけどこの日本という国は昔からそういったことはよくあったようよ」
と伯母は日本という国の特殊性を教えてくれた。
聖徳太子にしても歴史の評価と実体とはまったく違う面がたくさんあるらしい。
歴史の評価では、いかなる歴代天皇よりも群を抜いていた。
だが裏の面では鬼の権化とも言われている。
その才能、実力は表も裏の世界も第一人者であることは認めているが、人間社会の持つ本能欲を超えた性というか業という独特のものに振りまわされると、利自心が強くなりすぎて、事の是非よりも、自分にとっての利害で判断するようになって、太子の存在が害になる者たちにとっては鬼、極悪人になる。
しかも、この国の特殊性は、鬼にしたて抹殺しておきながら、後々の祟りを恐れて表の歴史で賞賛するところがある。逆の逆を狙っている複雑な民族だ。
他の世界では歴史は常に勝者が善で、敗者が悪になる。
この違いを理解しておかないと日本という国の本質を知ることはできない。
賢者は歴史から学ぶという諺があるらしいが、歴史から学んでいたら半分以上は間違った事実認識になる。
真実の歴史を伝えるものは伝説である。特にその地方に昔からある言い伝えが一番正確だ。
昔から東洋ではこういう諺もある。
「歴史を信ずるな、歴史から学ぼうとするな、信じるなら神話や伝説だ。歴史はまったく無用の長物だ。歴史とはいかなるものか、それはくずのような新聞の活字の編集したものだ。神話・伝説が実体だ、歴史は周辺のおまけだ」
ルノーは大学で日本史を専攻したが、居候していた家の日本人が世界史の教授をしていたので
彼の書斎にある文献を読んだ中に書いてあったことを思いだした。
ある哲学者が書いた本だが

「There are no literal truth. Truth is symbolic and metaphorical.
In the East, never ask for history. The people in the East never believe in history. They believe in myth and they say history is useless.
What is history? Just a compilation of newspapers, rubbish: old newspapers,
That's all. They never believe in history, they believe in myth.
They say myth is the essence; history is just on the peripheral events.
Myth is the very essence of all that exist at the center」

ルノーは翌日も熱が出た。熱で夜もほとんど眠れず、ボーッとした中で、読んだことはあるが、暗記しているわけでもないのに、哲学者の言葉がささやきのように出てきたのだ。何かに突き上げられるような気分になって、起きて紙とペンを持ってきて寝床の中で書いたのだ。
ナタリーが伯母といっしょに心配してルノーに寝室の前の廊下から声をかけた。
「ルノー、開けてもいいかしら」
「ああ、いいよ」
とルノーもふつうに答えた。
ふたりが部屋の障子を開けると寝床で書きものをしているルノーを見て驚いた。
「熱はまだありそうね」
と伯母が言った。
「すみません、こんな格好で。今日は一日寝ています」
と伯母に向かって答えた。
「そうね、ちょっと疲れたのかもしれないわね。休息を取っておいたほうがいいわ。祇園祭りが始まるとまた疲れるから、ナタリーに連れまわされて」
と笑って言った。
「わたし、そんな」
とナタリーは不満気に言ったが
「そんなに祇園祭りは楽しいんですか」
と目を輝かせて言った。
「ほらね」
と伯母がルノーに向かって笑った。ルノーもそれにこたえて笑った。
今日は、何かもっと自分の身に起こりそうな気がしていたから独りになりたかったのだ。
こうやって三人で話しをしていても、どこかから自分にささやきかけてくる声が聞こえていた。
ふたりが部屋を出ていった後、ルノーはまた熱が出てきた。うつらうつらの状態の中で例のささやきが聞こえてきた。何も考えずにじっと受身の気持ちでいたら胸のあたりで声が響く。何を言っているのか分からないが断続的に聞こえる。
「ただせ、ただせ」
「ふせい、ふじょうり」
「ただせ、ただせ」
と聞こえる。
その時、ルノーは小さい時から何か分からないが、自分にとって一番大事なことはいかなる人間に対しても公正であり続けたいと思う気持ちだったことを思い出した。
「これだ、この生き方だ」
と確信した。



第二楽章 〜第十章 祇園祭り〜



ルノーはとうとう一週間熱が下がらなかった。
そして、一日中寝ては夢を見るというのが続いた。
夢の内容は、決まっていた。まるで連載小説を読んでいるように、目が覚めてもまた眠ると夢の続きを見る。
炎につつまれた寺の中に自分がいる、そして多くの兵士が襲ってくる。ナタリーが白い着物を着て逃げまどうのをその兵士らが追いかける。なんとかしてやりたいのだが体が動かず何もできない。また母や祖母も同じように逃げ回る場面が断続的に出てくる。
夢から覚めるときは必ず夢殿で見た救世観音像の姿と先祖の武将の姿がラップして現れ自分に何か叫んでいる、その叫び声で目が覚めるのだ。
最初の頃は何を叫んでいるのか分からなかったがそのうちにはっきりと聞き取れるようになってきた。
「自分は乱れた国で多くの民が苦しむのを見て、国の立て直しをしようと、不正をして権力の虜になっている奴等をこらしめてきた。だが志半ばにして奴等にだまし打ちをされたことが無念だ。奴等は権力を維持するために容赦なく自分のみならず家族全員を皆殺しにするほど冷酷だ。無念を果たしてくれ」
と自分に叫んでいる。
ここは日本だ。自分は日本人の血を引いているがフランス人だ。一体何が出来るというのか自分に、この日本でと思うと、所詮、夢だと思って考えるのをやめるのだが、また夢の中で現れる。
そんなことが一週間も続いた。
そしてとにかくどうしたらいいか分からないが、運命の糸が自分をこの日本に引っ張ってきて何かをやれと言っていることは確信した。
そうすると熱が下がって夢も見なくなった。
「やっと熱が下がったようね。この一週間ルノーの叫び声がこの家に響きわたっていたのよ」
とナタリーはほっとした様子で言った。そばで伯母も
「これは決して病気ではないわね。やはり法隆寺に行ったことに関係していると思うわ」
と不思議そうな表情で言った。
「もう大丈夫です、今日は何日ですか」
と時も忘れるこの一週間だった。
「七月十七日よ」
とナタリーが言うと
「それじゃ、祇園祭りはもう終わってしまったのですか」
とルノーが落胆して言うと
「今日が本番の本宮よ」
と伯母が教えてくれた。
「ええそうですか、それじゃナタリー見に行かないか」
とナタリーに向かって真剣な顔で言うルノーの顔を見て体のことが気になったナタリーだったがそのことに触れずに
「それじゃ、用意をするわ。ルノーも起きて用意をしたら」
と言って伯母に目くばせをした。
伯母も理解して
「せっかくの機会だから行ってらっしゃい」
と言ってくれた。
四条通りのつきあたりにある八坂神社を出た山鉾がゆっくりと京都の通りをたくさんの男たちで引っ張られて、鐘や太鼓とともに
「えんやらや、えんやらや」
という掛け声で運ばれていく。
ただそれだけのことだ。
烏丸通りのところでふたりはそのたくさんのいろいろの形をした山鉾が通り過ぎて行くのを見ていた。
「八坂神社の須佐乃男さんの神力じゃ」
と横でひとりの老人が呟いていた。
「八坂神社には須佐乃男命が祀られているのですか」
とその老人にルノーは聞いた。
「そうじゃよ、須佐乃男さんがこの日本という国の最初のご先祖さんじゃ、天照さんはその後から来なさったのじゃ。それがみんな分かっとらんのじゃ」
と老人は嘆いた。
「八坂神社に行こう」
とナタリーの手を引っ張ってルノーは歩き出した。
八坂神社は、須佐乃男命を祀っている社だ。
全国に八坂神社は何万とあるが、八坂という名のつく神社はすべて須佐乃男命を祀っている。その本社が、京都の八坂神社だ。
八幡神宮というのも全国に四万から五万社ある。
本宮は、大分県の宇佐町にある宇佐八幡宮だ。
ここの祭神は、応神天皇だがその後武家の頭領だった源氏も祀っている。
『もののふ』の頭領だ。だから物部氏につながる。そして物部は須佐乃男命の子供だったオオトシこと饒速日命(ニギハヤヒノミコト)が始祖だ。
神武天皇が、東征して大和の地に大和朝廷をつくる前から既に、大和の地を治めていたのが饒速日命だ。
日本の正史である日本書紀では、天照大神と須佐乃男命は姉弟となっているが、真実は出雲で東日本を含めた狩猟縄文文化社会を治めていたのが、須佐乃男命で、そこへ韓国経由で渡来してきたのが、天照大神で弥生稲作文化をつくり北九州にいた。その後、須佐乃男命の子である饒速日命が、奈良郊外の桜井の地を治めていた長髄彦(ナガスネヒコ)の妹を娶って大和の王となった。
饒速日命にはふたりの子がいて、ひとりは宇摩志麻治(ウマシマチ)で物部氏の皇祖、その弟の天香山(アメノカヤマ)が尾張氏の皇祖だ。
正史である日本書紀としては、弥生人の象徴的存在としての天皇家を正統化するために、須佐乃男を天照の弟にせざるを得なかったのだ。
出雲を中心にして、須佐乃男命を支配者とする縄文文化人が土着民としていた。
そこへ渡来人の天照大神が九州に入り、出雲を支配する須佐乃男命と戦った。
だが須佐乃男命は、あまりにも強くて手も足もでなかった。
これが、まず天照と須佐乃男の時代だ。
そして、須佐乃男の子である饒速日命も強くて、先に大和の地を支配下においた。
この時天照の孫、鵜葦草不合命(イガヤフキアズ)も手も足もでなかった。
ところがその孫の代になって、ヤマトイワレヒコすなわち神武天皇が、和歌山の熊野経由で大和を攻め落し、正式の大和朝廷初代天皇になり、負けたウマシマチは物部氏として、その後軍事を担う役割を朝廷から授かることになる。武士を『もののふ』と呼ばれるのも、ここから由来している。
天照大神は女性となっているが、実際は男性であり、縄文人の須佐乃男と戦った弥生人(渡来人)だった。
しかし、正史が書かれた八世紀には天照系弥生人が支配していた時代で、しかも天照は皇祖神だ。縄文人の須佐乃男に敗れたとは書けない。
そこで考えたのが姉弟関係という捏造だ。そして須佐乃男を黄泉の国に追放し、大国主命という実在しない人物をつくりあげて、出雲の国譲りをさせるというシナリオを書いたのだ。
須佐乃男と天照とは縄文人の代表と弥生人の代表だ。だがルーツは同じ古代ユダヤかも知れない。ただ彼等が縄文人の前の土着民と交わった可能性は考えられる。
その証拠に須佐乃男の人物画が大日本名将艦に残っているが明らかにアイヌ、蝦夷系の土着民の顔だ。
八坂神社に行って由来が説明してある名艦には書かれていなかったが、ルノーは間違いないと思った。
「この日本という国は、今でも縄文人と弥生人との戦いが続いている。」
明治維新の徳川慶喜の大政奉還は、出雲の国譲りと同じことの繰り返しをしているだけで、戦う武士の代表の縄文人と、既得権を行使しようとする弥生人の入り混じった国が、この日本だ。
天皇家という西の代表と武家という東の代表との二頭国家だ。
ところが、明治以降、西の天皇家が東の東京に移った。そして支配する武家も東のままにいる。一見、日本の統一のように思える。   
しかしそれからの一世紀の日本は、天皇家と明治政府という武家との間でアンバランスの連続だった。
このアンバランスが二〇世紀に生じた日本の悲劇だ。
天皇家と物部氏との間のバランスが崩れると悲劇が生まれる。
ルノーの先祖の武将も、聖徳太子も、そして三島由起夫もこのことに気づいていた。
日本のあるべき姿を明確に認識する上で、絶対条件なのである。
ルノーは日本史を勉強していたが、果たしてこの事実を認識していた歴史上の指導者は、どれだけいただろかと考えた。
明治以降の近代日本ではいない。
江戸時代にもいない。
戦国時代に先祖の武将がいた。
室町時代の三代将軍、足利義満にその片鱗がうかがわれる。
鎌倉時代はいない。
平安時代もいない。
平城京時代の天武天皇がいる。
そして聖徳太子で、聖徳太子は天皇家の血を引き継いでいるか、はなはだ疑問だ。
正史で絶賛されているが、実際は鬼の化身になっているようにルノーは自分の体で感じた。
そして須佐乃男命に辿る。
そう言えば、熱を出していた間、続いたささやきの中にスサノオという言葉をよく耳にしたことを想いだしたら
「自分の体はほとんどフランス人だが、魂は一〇〇%日本人だと」
と心の中で叫んでいた。



第二楽章 〜第十一章 不思議な老人〜



八坂神社で先程の老人とまた会った。
「やはり、来たね。ここに」
と老人は微笑ながらこちらに来た。
「わしの家はここから一時間ほどの田辺というところにある。ちょっと寄ってみないかね」
と誘われた。
ルノーは何かを予感したが、ナタリーが頭を横に振っているのを見て一旦は断った。
「お前さんには、やらなければならないことがある。だがそれは余りにも大きい仕事じゃ。だからお前さんを、助けてやらねばならんと言っておられる方がいるのじゃ。その人に、会わせてやろうと言っておるのじゃ」
老人のこの言葉でルノーはナタリーに申し訳なさそうな顔をした。
「それじゃ、わたしは先に帰っているわ」
とナタリーが言うと、その老人がナタリーにも一緒に来るようにと言う。
仕方なくふたりは、老人のあとをついて行った。
八坂神社の駐車場に老人を待っている車があった。
老人が車に近づくと、四〇才代の運転手がドアを開けて老人を迎え入れた。
老人が運転手に合図すると、反対側のドアを開けてふたりに乗るように促した。
老人を乗せた車は国道一号線を西に向かった。
さすが大阪と東京を結んでいる国道だけに車の量は多かった。
三〇分ほどしたら、まわりは田園風景に変わっていた。
右折すると石清水八幡宮と書いてある交差点を左折した。
「いいかね、よく憶えておくんだよ。来た道を。これから何度も来ることになるかもしれないから」
と老人は不思議なことを言う。
何度か曲がったりして行くと、鬱蒼とした森が見えてきた。
その森の奥に大きな門があり、その前で車は止まった。
老人は、運転手に合図をして門の中に入っていった。
「さあ、入りなさい」
と玄関まで行くと中からドアが開けられて五〇代の女性が
「お帰りなさい、待っていましたよ」
と言って微笑んだ。
ルノーは最初まったく気がつかなかったが、すぐに思いだしておもわず叫んだ。
「あの時の大神神社のおばさんじゃないですか」
ナタリーも思いだしたらしく
「ほんとう、あの時の。」
「お家は、神社のすぐそばと聞きましたが」
とルノーは不思議そうに尋ねると
「そうよ、ここはわたしの実家で、わたしの父よ」
と言われてまたふたりは驚いた。
「それじゃ、こうなることは分かっておられたのですか」
とルノーが聞くと、
「多分、そうなるんじゃないかと、父と言っていたわ。でも不思議ね、祇園祭りでいっぱいの人の中で父と出会うなんて」
老人の家は、日本式の邸で庭の手入れが、きっちりされていることが一目でわかる。
かなり大きな日本間に通された。
そこには床の間があり、その横に先祖を祀っている仏壇があった。
ただその横の天井に近いところに、何か分からないが木でできた祭壇のようなものがあり、部屋の真ん中には、かなり大きな座卓があってそこに座るようにいわれた。
老人が湯につかっている間、その娘さんといっても、ふたりにとっては親と同じ年代の人だが、お茶を持ってきてくれて、そのまま話しの相手をしてくれた。
「父は今八二才になりますが、今から四〇年前に急に、何かに憑かれたような不思議な力を持つようになりました。わたしも十二才でしたからよく憶えています。この家の隣のお嫁さんが産後のひだちが悪くて、ああごめんなさい。産後のひだちが悪いというのは、子供を生んだ母親は、子供が自分の体から産み落とされる時に、体の血が子供と一緒に、新しい血に入れ替わるために、体質が非常に繊細になっていて、その時に精神面で情緒不安定になるとノイローゼになったり、肉体的にも異常が生じるの。
そのお嫁さんは、右腕がぜんぜん上がらなくなってしまったの。たまたま家に来られていた時に、父がその上がらない腕をさすってあげたら、腕が少し上がるようになったの。それを見た祖父が、父にしばらく毎日そのお嫁さんの腕をさすってあげるように言ったので、父もわけがわからないまま続けていたら、三日で完全に腕が上がるようになった。医者からはいつ直るかも分からないと言われて、漢方薬を飲んでおられたのですが、祖父はある程度予想していたようでした。それから祖父は、伏見稲荷の大岩神社という別社が山の中腹にあるのだけど、そこに毎日行くように父に言ったの。それから父の修行が始まった。父は何もそんな修行をしたくはないのだけれど、何かにさせられているようだった。そしてある日、口開きがあったのよ」
「口開き、というのはどういうことですか」
とルノーが聞いた。
「口開きというのは、自分の先祖やもっと位の高い神様が人間の口を使って話しをされることを言うの」
ナタリーは、
「まさか」
と思わず言ってしまった。
「わたしも小さかったから、信じられなかった。だけど父はまったく普通の人で、自分で事業をしていたし、わけの分からない新興宗教を始めるわけではないし。だけど信じられなかった」
「本当に、そんなことがありうるのでしょうか」
とルノーは独り言を言った時、老人が入ってきた。
「世の中には、人間が知らないことの方が多いよ。それ以来四〇年したいこともないのに毎朝、毎晩修行をさせられている。まあそのおかげで、今は二〇人の神さんと話しが出来るようになった。神さんといっても、キリスト教や回教や他の宗教でいう天地創造の神ではなく、元人間だった立派な日本の先祖のことじゃが」
「元人間の立派な先祖というのは、歴史上どういった人をいうのですか」
とルノーは興味津々になって聞いた。
「今、ここにすでに神さんが来ておられるよ、あんたたちには見えないだろうけど、そして我々の話しを聞いておられる」
それを聞いたナタリーは、まわりをきょろきょろ見わたした。
「ははは・・、見えないかね、ほら、そこに座っておられるよ」
と老人が言ってナタリーはびくびくしだした。
「わしのところへ来られる神さんは、官弊大社の神さんばかりだ。要は菊の紋のある神社の祭神ばかりで、その神社の中でも、一番多く祀られている須佐乃男命が一番偉い神さんで、今ここにあんたのために来て下さっているよ」
「ええ、わたしのためにですか。あの八坂神社の神さんがですか」
と信じられない表情でルノーは言った。
「そうだよ。須佐乃男さんがあんたのことを守護してやると、この前、娘が大神神社の巳さんの前であんたに会ってすぐにわしのところに来たときにわしは須佐乃男さんに聞いたら、そう言っておられたよ。法隆寺で聖徳太子の霊に見染められて、その霊に連れられて大神神社、石上神宮に行ったはずだ、そしてそれから一週間その霊にうなされていた。そして今日ここに来ると言っておられたよ」
と老人が、クリスタルボールを見ていたかのように、自分のこの一週間の出来事を言い当てるのを聞いて、ナタリーと同じように体が震えだした。
「何も恐がることはないよ、あんたは偉い人に見染められたんだから。だけどこれから波乱の人生になることは覚悟しといた方がいいよ」
「お父さん、あまり脅かさないであげてよ」
とそばで娘さんが言った。
「まあ、話しより、体験すればすぐ分かるよ。それじゃ須佐乃男さんと初対面といくか」
と言って、祭壇に向かって老人は正座した。
ふたりは、ただただ未知の世界の入り口に立っている気持ちだった。
老人は、正座して目を閉じて二回手拍手を打った途端、合わせた両手がすっとこれ以上あがるのは無理だと思うぐらいのところまで伸びて、
「須佐乃男じゃ」
とまるで人が変わったような、今までと違った迫力のある口調で言った。
「ルノーよ、よく来たな。驚いたであろう、そなたはこの世に生まれたのは、日本ではないが魂はもともと日本人じゃ。わしは日本のことしかわからん、もっと広い世界のことになると、わしより偉い神さんがおられる。わしはこの男の体を使って、この乱れきった日本という国を立て直すために、あの世からあえて降りてきた。そなたはこれから、どこにいてもわしが守護しておる。世の立て直しのため努力をするのじゃ。よいな」
と言われてルノーは咄嗟に
「はい、わかりました」
と答えた。
「これからも、この館に来るがよい。いつでもそなたのために力を貸してやろう」
「隣におる、娘は妹か」
と言う。
「はい、ナタリーと言います」
とナタリーも答えた。
「ナタリーか、ルノーはわしが選んだこの世の戦士じゃ、悪を倒し、正義を守る戦士じゃ。よくよくそばにいて手を貸してやってほしい。そなたはルノーにとって必要な相手じゃ。たとえ兄妹であっても、魂は別のものじゃ。そなたらふたりの魂は、これからも寄りそっておたがい一生、共に生きて行くのじゃ。よいな」
と言われて、何と答えていいのか分からずに黙っていたら、横からルノーが腕を押したので、ルノーの顔を見ると何か言うんだと言っている。
「はい、分かりました。あのう・・・ひとつ聞きたいことがあるのですが」
とナタリーが言った。
ルノーはびっくりしてまた腕を押した。
「何じゃ、言ってみよ」
と言われて、ナタリーは嬉しそうな表情になって、また言った。
「わたしは、ルノーの妹です。だけどルノーを兄以上の気持ちで思っています。これはよくないことですか」
ルノーはナタリーの顔を見た。ナタリーの顔は真剣だった。
「決して悪いことではない。肉体は兄妹であっても、魂は他人じゃ。これは親子でも同じで血は同じ肉親でも、魂はまったく違う世界の者もいれば、肉親でなくても、魂は同じ世界で一緒にいる者もおる。あの世とはそういうものじゃ。そなたらふたりは、肉親でもあるが、魂も同じ世界にいる者同士じゃ。だからそう思うのが返って必然じゃ。だがこの世には、この世のルールがある、それを破ってはならん。分かるな、わしの言っていることが」
「はい、よく分かります。ありがとうございました」
と嬉しそうにナタリーは答えた。
「ルノーよ、この妹はそなたにとって良きパートナーじゃ。よき娘じゃ、大事にするよう分かったな」
と言われて
「はい、分かりました。ありがとうございます」
とルノーも答えた。
「うん、よし。また会おうぞ。さらばじゃ」
と言うと、老人の合わさっていた両手が下にさがり、
「えい!」
という最後の言葉でふだんの老人に戻った。



第二楽章 〜第十二章 先祖との対面〜



あまりの突然の体験にふたりは俄かには信じられなかった。
何かこの後、新興宗教団体によくある、お布施といってお金をとるのではと思った。
たしかに老人に乗り移った須佐乃男命という神さんが言ったことは、この老人もその娘さんも知らないことだったから不思議ではあったが、まさかこんなことが実際にあるはずがないと思った。
「どうじゃな、まだ信じていないようだね」
と見透かすように言って、そばに居た娘さんに
「今日はもう来ているのかい」
と尋ねた。
「ええ、もう三〇分前から待っています」
と答えた。
「お客さんが来られているのでしたら、もう僕たちはこれで・・・」
とルノーが言うと老人が
「いいから、ここに入ってもらいなさい」
と娘さんに言った。
「あのう・・・」
と言うルノーに
「いいから、そのまま座ってなさいな」
と娘さんは言って部屋を出て行った。そしてひとりのまだ高校生風の若い少年が娘さんと一緒に入ってきた。
すこし、脚が悪い様子だった。
「おじゃまします」
と丁寧に挨拶をした。
「今日はひとりで来れたのだね」
と老人が尋ねると
「はい」
と嬉しそうに一言答えた。
「よかったわね、これでやっと学校に行けるわね」
と娘さんも嬉しそうにその少年に言った。
「今日で七回目だね、もういいと言われると思うよ」
と言って先程と同じように、祭壇の前に老人は正座した。
その少年は要領を得ているようで、すぐにその老人の前に背中を老人に向けてあぐらをくんで座った。脚が悪いからだろうとルノーは思った。
老人がさっきと同じようにすると、
「須佐乃男じゃ、どうじゃ、もうひとりで歩けるようになったであろう。脚はまだ痛いか」
とその少年に聞いている様子だった。
「はい。ありがとうございます。もう大丈夫だと思います、だから今日は最後だと前に言われたので、少し不安でしたがひとりで参りました」
ルノーはまだ自分よりずっと若いこの少年が実に誠実に答えているのを見てすこし自分が恥ずかしく思った。
「この少年は信じきっている」
とルノーは思ったら、イエスの『信ずる者は救われる』という言葉を思い出した。
「そうか、脚をこちらに向けてみよ」
と言われて少年は老人の方に向き直して老人の前に脚を伸ばすと
老人の上がっていた両手が、合わさったままでその少年の脚のひざあたりにいった。
合わさった両手の先は二本のひとさし指がまっすぐ伸びていて、その指先が少年のひざのあたりをさするように激しく動く。
「えい、えい、えい」
と老人は掛け声を出している。
十五分ほど続いた。
老人は真っ赤な顔をして汗びっしょりになっていた。
「よし、これでもうよい、立ってみよ」
と言われて少年はすっと立った。
「よし、もう一度座ってみよ」
と言われた時の少年の表情は歓喜に満ちていた。
老人に背中を向けて今度は正座をした。
「よし、もう脚は大丈夫じゃ。だがそなたの脚が曲がって伸びなくなったのは肉体の病気ではない。そなたの親たちの勝手な期待が負担になって、学校に行くことを拒否するため、脚が曲がってしまったままになったのじゃ。よいな、勇気を持って親にも自分の考えをこれからは言うのじゃ」
少年は泣きながら
「はい。僕も分かっていました。すみません」
と答えた。
「よし、その気持ちを忘れないことじゃ、さがってよい」
と言ってしばらく沈黙が続いた。
「ルノー、こちらへ参れ」
と言われてルノーはびっくりして、どうしていいのか分からず娘さんの方を見やると、前に行くようにと言われた。
少年が座った同じ場所に行って正座して座った。
「そなたは、まだ信じていないようじゃな、この男が言っていると思っているのであろう」
と言われてルノーは少し考えて言った。
「はい。まだ信じることは出来ません。急にこんなこと言われても無理です」
「なかなか正直な奴じゃ、それでよい。だがこれから、そなたが何故日本に来たか、そなたの先祖が四〇〇年前に日本の天下を取った武将であり、その武将の真実のしたかったことを知りたいために来たことは、このわしも承知しておる。だからこれからその武将を呼んでやろう」
と言われた時にはルノーも観念した。
「申し訳ありません、その通りです。わたしはその武将がさぞかし残念だっただろうと思い、歴史には書かれていない、その武将の本当にしたかったことを知りたかったのです」
とルノーもさきほどの少年と同じ素直な気持ちで言えた。
「よい、よい、それでよい。人間素直になるのが一番じゃ。すがすがしいのう」
と言って
「さきのてんかびと、おりてまいれ」
と言うと老人の合わせた手の位置が少し下がって額のあたりで止まると
「かずさじゃ、あの宣教師と我が娘のうとの間で出来た子達の子孫であるか。懐かしいのう。あれからもう四〇〇年以上経つか。よく日本に来たのう。どうやらそなたは、わしの血を引いているようじゃのう。よく聞け、わしは幼いころから百姓(注記:現在では農民と呼ばれているが、当時では百姓と呼ばれていた)
の子供どもとよく遊んだ。
わしは武士の息子であったが、子供には変りなかったし百姓の子供にも自分より勇気もあり、頭もよいものがいた。逆に武士の子供でもどうしようもない奴もたくさんいた。
しかし、百姓は一生百姓だという当時の慣習に、矛盾を子供ながらに感じた。
その気持ちを、いつも持ちながら育ってきたから、ことごとく武士の慣習に、逆らった行動をしてきた。しかしそれは間違ってはいなかった。自分が天下を取って、公正な社会を創りたかった。そしてほぼそれが日本では、実現できるところまで行った。そこへそなたの先祖である宣教師と出会った。そしてヨーロッパの国では、他の遅れた国を侵略して、そこの民衆を奴隷にして売り買いしていることを聞いて、驚きと怒りがこみ上げ、わしが世界の天下を取って、犠牲になった民衆を救ってやるのだと思った。しかし残念だが、あのような裏切りにあって、あえなく自害した。しかしわしは満足しておるし、裏切った家来も誠実な良い家来であったと今でも思っておる。わしの役目はそこまでであっただけだと思う。
今の日本や世界はその頃と同じじゃ。ルノーよ、やってみよ、どこまで出来るかなどと考えることはない。やれるだけ、やるのじゃ。   
三島由紀夫もわしと同じ気持ちであったが、わしが裏切った家来の気持ちを察することが出来なかったように、彼も自衛隊の連中の気持ちを、理解せずにしたため悲しい結果になった。よいな、人の気持ちはその人間以外誰にも分からない。それを出来るだけ理解するよう努力せよ、それが誠実だということだ。
わしには公正さはあったが誠実さが足りなかったのじゃ。決してこのことを忘れるな、よいな。わしは須佐乃男様のように自在に出てこれぬ。言うべきことは言った。さらばじゃ」
「待ってください、ひとつだけ教えて下さい」
と、ルノーはすがる気持ちで言った。
「なんじゃ、言ってみよ」
「どうして、日本人でないわたしに、そんなことを望まれるのですか」
「そなたが、日本人の血を引きながら日本人でないからじゃ、分かるか。これからは人種民族といった境界をなくする時代に入ったから、そなたが選ばれたのじゃ。これはわしだけの意向ではない、須佐乃男命様、そして国常立命様の意向じゃ、決して忘れるな、さらばじゃ」
「えい」
と老人が気合をいれたら両手が下がってもとの老人に戻った。
ルノーも少年と同じように泣いていた。そしてナタリーも。
「すごい、役目を持っておられますね」
と少年がルノーに言った。
「僕は、三ヶ月前まで右脚がひざから曲がったままで伸びなくなってしまったのです。何ヶ所かの病院に親が連れて行ってくれましたが、原因不明で治療法はなく、それからずっと学校を休んでいたのです。そしてたまたま父の知り合いの紹介で、こちらに伺ったのが二週間前で今回で七回目ですが、一回目の時から脚は伸びました。そして病院に行ってレントゲンを取ってもらったら、医者も信じられないと言っていました。僕も最初ここに来た時は、疑っていました。今は違います。だってこんなにしてもらったのだから、誰でもお礼をするじゃないですか。だけどここではそれは駄目なんです。商売じゃないんです。だから余りこういった話しを、広めないよう言われています。宗教団体なんて全部金儲けのための商売です」
と、ことの経緯を少年は話してくれた。
「本当にお金は一切取られないのですか」
とルノーは老人に聞いた。
「わしも、生身の人間じゃ、お金もほしい。だがこの口開きはわしの天職だと思っている。わしの宝じゃ、お金をもらったらこの宝がなくなる。だからお金はもらえないのじゃ」
ルノーとナタリーは世の中には本当に自分たちには想像もつかない世界があると思った。



第二楽章 〜第十三章 帰京〜



約三週間も波多家に世話になり、自分の求め探していたものが何かを掴んだルノーは、東京に帰ることにした。
「伯母さんにはいろいろお世話になり、よい夏休みになりました」
とルノーはお礼を言ってナタリーにもお礼を言うように促した。
「わたし、もっと京都にいたい」
とナタリーはだだをこねる歳でもないのに膨れ面をした。
「ナタリー、もっと居てもいいのよ。」
と伯母は言ってくれたが、ナタリーひとりでは嫌なのだ。
「ルノー、あの老人のところへもう行かなくてもいいの」
とナタリーに言われてルノーは
「そうだ、電話だけでも入れておかないと。伯母さん、この前、お話した老人の方がこれからも来るように言われています。その時は、事前に連絡しますので、その時はお世話になります」
と言って電話をかけに行った。
「もしもし」
とルノーが言うと、受話器の向こうから老人がまるでテレビ電話でも見ているように言った。
「東京に帰るのかね。まあ、まだ学生だからまずは勉強して自分を磨かないといけないね。この秋にまた来るだろうと言っておられたよ」
「ええ、出来ればもう一度伺いたかったのですが、もう伯母さんの家に三週間もお世話になっていますし、大学院のレポートも書かないといけないので帰ります。秋には必ず良い土産を持ってお伺いします。ありがとうございました」
と言って受話器をおろした。
京都駅まで叔母さんが車で送ってくれた。
新幹線に乗って約三時間の短い旅だが、何か久しぶりにふたりきりになれた気分になった。
「これから、どうするの? 大学院でコンピュータの勉強するだけ?そうではないでしょう。何かするのでしょう?」
とナタリーはしつこく聞くのだった。
あれ以来、ルノーはちょっと人が変わった。それはナタリーのみならずルノー自身も分かっていた。
「自分の心は日本人なんだ。それなら日本にいるべきだ。いや、世界の為の何かをするなら日本よりも他のところがいい。しかしどこがいいのか分からない」
とあれ以来自問自答する日々が続いたからだ。
「いや、まだ自分でも何をしたらいいのか分からない、だけど今度来る秋までにはっきりしておかないといけないな」
と独り言のようにしゃべった。
ナタリーは、ちょっとルノーとの距離を感じたが、事情を知っているだけに仕方ないと思った。
もう列車は新横浜駅を過ぎて東京へ向かっていた。
東京の自由ヶ丘の家に帰ると、フランクフルトに行っていた日本人が既に帰っていた。
「やっと帰ってきたね、いろいろあったらしいね。京都から電話かかってきたよ」
「先生、僕は日本人になれるでしょうか」
日本に来て、その日本人が大学の教授で、しかも自分の行っている大学だということから、ルノーもナタリーもその日本人のことを『先生』といつしか、呼ぶようになっていた。
「何だよ、やぶからぼうに。一体どういうことかね」
とびっくりする先生にルノーは深刻な顔をして、
「僕には日本人の血が混ざっているから、日本人だと言ってもかまわないですよね」
というルノーの気持ちを測りかねて先生はルノーに尋ねた。
「日本人にならないといけないことでもあるのかね」
「はい。僕は大学院を終えたら先生の研究室に入って世界史を勉強したいと思っています」
と言うルノーの言っている意味がもうひとつ分からない。
「それは、かまわないが、そのために日本人にならないといけない理由は?」
とまだルノーの言っていることが、理解できない先生の顔を見て、ルノーは迷った。
「言うべきか、言ったら先生のことだから反対はしないだろう。だけど困るだろうな」
とルノーは思ったが、決意したことだから言わないほうがおかしいと思って言うことにした。
「世界史の先生になって、若者を育てたいのです。今までの世界史の裏にある真実の 歴史を若者に教えたいのです」
この話しで先生はすぐに察した。歴史の研究をしてきた専門家だけにルノーの言っている意味を理解した。
「それは、今までの歴史を否定することになるんだよ。分かっているね。それは我々研究者の立場を否定するだけではなくて、世界の先進国に挑戦することになる一種の革命行為になることを分かって言っているのかい。」
「はい。よく分かっています。それを日本の若者に期待したいんです、だから彼らの指導者になりたいのです」
ルノーは先生の言っていることは重々承知していた。
「そうか、もう決めたんだね」
とルノーの性格を知っているだけに、諦めた顔をしながらも、嬉しそうでもあった。
「日本に行くとアムステルダムで言った時から、そんな予感はしていたがね。多分お母さんも聡明な人だから、同じように思っていたと思うよ」
と言われてルノーはびっくりした。
「お母さんがですか?」
と聞き返した。
「あの時、後でお母さんが言っていたよ。ルノーは、もうわたしたちの世界から飛びたって行ったと」
それを聞いたルノーは少し気持ちが揺らいだ。それを振りきるように先生に宣言した。
「僕はカズサの会というのを創ります、今ではないですが、できたら三年後に」
「なんだねカズサというのは」
と聞かれて田辺の老人のことを話した。
「不思議なことがあるもんだね。だけどローテンブルグにある君の叔父さんのワインショップで出会って、同じ日にユダヤ博物館で会ったことも考えれば不思議なことだったね。その結果、こうして日本のわたしの家で一緒に住んでいるのだから。秋にその方のところに行くときわたしも連れて行ってもらいたいものだね」
と先生ものってきた。
「行きましょう、一緒に」
と言ってふたりは大きな声で笑った。



第二楽章 〜第十四章 同窓会〜



ルノーは、大学では三年生から入って日本史を専門課程から学んだ。
この年の三月にほとんどの学生は卒業して企業に就職したり、家業を継ぐために郷里に帰ったりしていた。
文学部から大学院に進むのは、ほとんどそのまま大学に残って教授を目指す者だけだった。
特にルノーの場合のように、文学部から理工学部の大学院へ進むのは異例中の異例だった。
夏休みも終わりに近づいた八月の二五日に、日本史科を卒業した約一〇〇人程の同窓会が銀座であった。
ルノーも出席して、半年ぶりに同級生たちと会った。
ルノーの卒業論文は『戦国史』で、ゼミの教授は家の先生とは非常に親しくしていたので、ルノーのことをよく目にかけてくれていたし、ルノーがなぜフランスから日本に来たか、そしてルノーの中に戦国時代の英雄武将の血が流れていることも知っていた。
しかし、友人にはこのことは一切明かしていなかった。
同窓会が終わった後、同じゼミの仲間だった五人と教授とで、帝国ホテルの地下にある大学OBクラブに行った。
「どうだい、コンピュータの勉強は。我々にとってコンピュータは所詮文章作成タイプライターでしかないが」
と卒業して、ある放送会社に勤めている友人がルノーの横に座って聞いてきた。
「結構、打てば響く学問だなと思ったよ。深く研究すればそれだけの奥行きがあるし、適当にやれば、浅いもんだし。やはり文学なんかと違って歴史が浅いから研究する側の姿勢次第だね」
とルノーは答えたがその友人はピンときていないようで、
「ふん、そんなもんかね」
と言った。そこへ前に座っていたゼミの教授がルノーに思い出したように言った。
「そういえば、大学院の後、世界史の研究をするんだって、この前、彼に会ったらそう言っていたよ」
ルノーは、まだ誰にも言ってなかったので、一瞬ためらったが
「どんな風に言っていましたか。先生は。」
と教授に、この前決意を告白した時の、家の先生の感想を聞いてみた。
「なにか、すごく嬉しそうに言っていたよ」
と言われてルノーはほっとした。
その話しを聞いていた他の五人がびっくりしたように
「フランスには帰らずに、ずっと日本に住むつもりかい」
と聞いてきた。
ゼミの教授の顔を見ながら
「もう、いいですよね」
と尋ねた。
教授も頷いた。
そして、今までのことをみんなに話した。
五人の仲間は、さすが戦国史を専攻していただけあって、理解が早かったが、それだけに驚きも大きかった。
五人とも卒業後は、企業にみんな勤めていたが、ルノーの話しには興味を引かれたようで、ルノーを励ますように
「俺たちも手伝うことがあったらいつでも言ってくれよ」
と言ってくれた。
「ありがとう」
と言って、ルノーは本当に友人を持ってよかったと思った。
自由ヶ丘の家に帰ったとき十二時を過ぎていた。
帝国ホテルのOBクラブを出てから、日本史のゼミの教授と一緒に銀座まで歩いていったら、ちょっとお茶でも飲もうかと言われて、お茶がアルコールに変わってしまったのだ。
小さなスナックに入って、さっきの話しの続きをした。
その時、京都に行ったときの事を教授に話しをしたら、目をらんらんと輝かせてルノーの話しにのめり込んでいった。
「その老人の口から、『かずさじゃ』と出たのかね。すごいねそれは。日本でも昔の武士の時代は、ミドルネームが身分の高い役職のある人にはあった。『かずさ』というのは多分『上総介(かずさのすけ)』というその武将の役職名だと思うね、ふつう役職名にミドルネームを使うことが多いから、その武将の一番馴染んだ名前だったんだろうね。それにしてもすごいね。それは絶対本物だよ」
と教授は興奮して一人でしゃべった。
「それで『カズサの会』という名前にしたんだね」
「そうです、その通りです」
とルノーは返事した。
「それで、その会は何をするのかい」
「世界史の歴史研究会です」
とルノーが言うと
「そんなイメージがしないな、何か革命でもやらかす会のイメージがするね」
と教授にいわれて、ルノーは今まで思ってもいなかった革命という言葉に、この日から取り憑かれることになるとは、家に帰ってベッドに入るまで思いもしなかった。
家のドアを開けるとナタリーが玄関に立っていて
「今日はおそかったのね、同窓会の二次会でも行ったの?」
と聞いてきた。
「二次会どころか三次会まで行ったよ、ゼミの教授と」
と言いながら自分の部屋に入っていったらナタリーもその後をついて入ってきた。
瞬間少し躊躇したルノーだったが、ナタリーがあまりにも平気な顔して入ってきたので、躊躇した自分にあきれていたらナタリーが言った。
「先生がルノーにお話しがあったようよ、あまりに帰りが遅いからもうお休みになったけれど」
ルノーは多分、今日の同窓会で教授が先生から聞いた件だろうと思ったが
「そうか、それは悪いことをしたな、じゃあ明朝でも聞くよ」
と答えたら
「それじゃ、お休みなさい」
とナタリーは言って部屋を出ていった。
もう午前一時前になっていたので、すぐベッドに入って寝ようとしたが、なかなか眠れない。
「革命と教授は言っていたなぁ。先生も歴史の事実を解明することは大変な反発があると言っていたし、そのことは自分も認識していたが、そのことが革命という言葉とはつながらなかった。だけど考えてみれば歴史を変えることになるから革命ということになる。それを教授は自分に示唆していたんだ」
と思うと興奮してきてますます眠れなくなった。
いままでの先祖のこと、それに絡んでのユダヤ人の迫害のこと、そのユダヤ人を迫害したドイツの事情、そして先祖の日本の武将のことを知れば知るほど表面に出ている歴史の嘘に怒りを感じ、なんとかして嘘で塗り潰された歴史の裏に隠された事実をただ一般の人に知らせたい、それが法隆寺でのこと、大神神社のこと、そしてあの老人と出会ったことで自分に与えられた使命だと思っただけなのだが、それが結果的には革命的なことになると思うと正直言って少し弱気な気持ちになった。
「革命というのは、物理的にも大変なエネルギーを必要とするが、それよりも精神的なエネルギーの方が遥かに大きい」
とルノーは武者震いというより、恐怖の震えを感じた。



第二楽章 〜第十五章 戦国の英雄 世界に翔く〜



日本の各大学では秋の十月に学生が主催する文化祭がある。
ルノーの大学も大学の本部がある町の名前を取った有名な文化祭がある。
そこでは、それぞれのクラブが自分たちのテーマを掲げて何かを展示したりする。
ルノーは、今は理工学部の大学院生だが、大学生の時は、この本部にある文学部の研究室で日本史を専攻していたから、文化祭には毎年テーマを決めて出展していた。
夏休みにあった同窓会のメンバーたちは自分以外、今は社会人になっていたが文化祭前になると、後輩たちと一緒になって準備の作業に毎日のように集まっていた。
ルノーも当然それに参加していた。そしてナタリーも。
ナタリーは他の大学の国際学部の三年生だったが、今年はその大学の世界史を研究するクラブと共同でお互いの文化祭に出展しようとルノーから提案があってみんな賛成して、ナタリーの大学の生徒も参加していたからだ。
今年のテーマは『戦国の英雄、世界に翔たく』と名付けた。もちろんルノーが名付け親だ。
この提案をルノーがしたいと言って、両大学のメンバーが約二〇人ほど集まったことがある。
その時、ルノーが全員に対して発案者としてのスピーチを最初にした。
そのスピーチが衝撃的なもので、全員感激して今回の共同作業になったのだ。
「みなさん、今日はわたしの提案のために集まって頂いてありがとうございます。
わたしはルノーと申しまして、二年半前にフランスから日本の歴史を学ぶために、ここにいる、妹のナタリーと日本にやってきました。
その動機は、自分の曾祖父母がナチスドイツのホロコーストの犠牲になったことを知って、自分はユダヤ人だと思い悩みながらその原因を調べていくうちに、思いがけない事実を知ったのです。それは、戦国時代の日本を統一した英雄武将が自分の祖先であったことです。
その祖先は、みなさんもご存じのように、家来の裏切りにあい、京都で自害しました。
その時、日本にキリスト教の宣教師として布教活動に来ていたポルトガル人とその英雄の娘とが一緒になって、その後ポルトガルに帰りました。そのふたりの間に生まれた子供がわたしたちの祖先だったのです。
その英雄武将が残した花紋書が、ここにあります。その中でその武将の考えがいかに世界的な視野に立ち、四〇〇年以上も前の人とは思えない、現代人が経験したいろいろな悲劇もこの人がもう十年永く生きていたら、どうなっていただろうかと考えさせるほどのことが書かれています。
ホロコーストも無かったかも知れません。いや、この武将がもう十年永く生きていたら、絶対にホロコーストを起こした第二次世界大戦も、そして第一次世界大戦も、広島・長崎の被爆も、ベトナム戦争も起こるような世界にはなっていなかったとわたしは確信したのです。
ひとりの人間の死が何世紀にも渡って、これほど全人類のその後に影響するものかと思った時、人間ひとりひとりの生命の大切さを感じました。
我々は、地面の上を忙しく歩きまわる蟻を見て、蟻がどんな思いをして生きているのかも考えずに簡単に罪意識もなく踏み殺します。
同じことを、人間同士でもやって来たことは歴史が証明しています。
その中で時間を超えた宇宙の摂理とその力を知り、すべての発想の原点に生きた世界で唯一の人間だったように思えるのです。
その英雄の血が自分の体に流れていることを知ってわたしは、この英雄が志半ばにしてついえた夢を継承したいと思いました。二〇世紀に起きた世界の悲劇を、この二一世紀にふたたび起こさないために。
しかし、世界の流れは同じ過ちを繰り返そうとしています。
その流れを止めることが出来るのは、わたしたち若い世代のものしかいないと思います。
世界はどんどん進化・発展して、物質的には豊かになっています。その中で生まれた我々世代は、物質的苦労の経験のないが故に、つい安易なものの考えに陥りがちです。
しかし、二一世紀は誰のものでもありません。我々若い世代のためのものです。
そう思うと、どうしてもこの自分の体の中に流れているこの武将の生きた日本をもっと知りたかったのです。
ここに集まった人たちは、歴史に興味を持った人たちです。
わたしは、この武将の夢を二一世紀に実現することが世界の平和に必ずつながると信じて、この武将の考えを世界に訴えていく『カズサの会』というものを結成したいと思っています。
今回の提案もその一環だと思っています。
賛同していただける方はどうか参加してください」
ルノーのスピーチを聞いていた人たちの中には泣きむせぶ者もいた。
「やりましょう、みんなで」
という声に
「そうだ、やろう、やろう」
とみんなが一声に叫んだ。
「我々若い者も、やはり何かを求めているのだ」
とルノーは感じた。
その仲間たちが文化祭のために、集まって作業している表情には、楽しみながらも、使命感に燃えているものがあることをルノーもナタリーも見て、
「人間って、人種や民族・宗教なんて関係ないところでつながっているものだ」
と思った。
テーマにした『戦国の英雄、世界に翔たく』は文化祭で反響を呼んだ。
大きな地球儀を作り、この上総乃介という戦国の英雄がもう十年永く生きていたら世界はこう変わっていたということを示すためだ。
その地球儀にはアメリカもロシアも中国もロシアもなかった。もちろん日本もなかった。
ワン・ワールドになっていた。
すべてが一つの国家だ。だから国家という言葉も、民族という言葉もない地球に住む地球人だ。
国境がなく、いつでも好きなところに自由に移動できるから、自然に何千種類といた人種、民族が交わり一つの人種、民族になり、一つの言葉を使われるようになるから、結局、人種、民族、言語という言葉もなくなる。
こういった世界がひょっとしたら二〇世紀、いや、十七世紀には出来ていたかもしれない。ということを大きくアピールした。
この大学は、国際的には一番名の通ったユニヴァーシティーだ。ハーバードやオックスフォード、ケンブリッジなどとも留学生交流がある。最近では、サンフランシスコにあるスタンフォードからの留学生も多い。
特に、スタンフォードには黒人の優秀な学生が留学生として多く来ていた。
また、アメリカやヨーロッパの名門大学でユダヤ人学生の占める割合は一番多い。
日本の特に、東京には多くのこういった留学生がこの大学の文化祭にやってくる。
この地球儀は、彼らに強烈にアピールした。
彼らにとって一番の悩みが、自分たちの人種意識だ。
名門大学の留学生だから、黒人にしてもユダヤ人にしても経済的に裕福な家庭に育っている、それだけに彼らに対する人種差別が陰湿なかたちで出てくる。
経済力、知識、学歴どれをとっても自分たちより優っているから、唯一優越感を持てるのが人種差別意識だけだ。表面的にはお世辞を言い、裏にまわっては
「ニガーの野郎」
「イエスを売ったジュダーめ」
とささやく。
「ジャップス!」
も同じだ。
こういった経験を小さいときからしている彼らにとって、これほど陰湿な嫌な体験はない。
裏で、こそこそ悪口を言われるほど不愉快なことはない。
彼らにとって、こういった嫌なことから解放されるなら、すべての財産を投げ出しても良いと思っている。
物質的豊かさなんて人間が真の幸福になることにまったく無力であることをよく知っている。
彼らがこの地球儀を見て感激する。そして
「本当に、この武将がもう十年永く生きていたら、自分たちの祖先が苦労してきたようなことは起きなかったのか?」
と必ず質問してきた。
ルノーはそれを予想していた。だからわざわざフランクフルトのユダヤ博物館にある例のメノーラと花紋書、系図などを送ってもらっていた。
それを彼らに見せて説明した。
驚きと感激が交錯する彼らの表情が印象的だった。
「自分たちに何か出来ることはないのか?」と必ず最後に尋ねた。
「カズサの会というのを、近々発足します。そのとき案内書を送りますから、ここに署名して下さい」
とナタリーが言うとみんな喜んで署名してくれて
「はやく、その会をつくってください」
と言ってくれた。
この反響は、大学の教授の耳にも入った。
文化祭が終わって、夜遅く家に帰ると寝ずに先生は待っていてくれた。
「すごい反響だったようだね」
と嬉しそうに笑って言われルノーとナタリーは感激して
「はい、ありがとうございます」
と言った。
「だけどこれからが大変だね」
と先生に言われふたりの気持ちは引き締まった。
「ルノー、 世界に翔たくのはあなたなのよ、戦国の英雄に替わって」
とナタリーが言った。
「ナタリー、あの京都で会った老人も言っていただろう、ナタリーの力も必要だと」
とルノーに言われたナタリーは
「もうわたしは、決心しているわ」
と言って先生に向かって笑った。
「そうだな、世界に翔くのはルノーとその妹だね」
とふたりの顔を見ながら先生は励ましてくれた。