小説 ルノーの妹

若いふたりの兄妹が母の生い立ちを知って
悩み苦しみながら人間社会の不条理に敢然と立ち向かい
そして 兄妹を越えた真実の愛を感じながらも
はかなく散っていく 哀しくも 美しい 愛の物語
(あらすじ)
フランスの郊外に、両親の深い愛情に包まれ育ったルノーとナタリーが、両親の駆け落ち結婚の原因が母の生い立ちにあり、それがナチスドイツのユダヤ人大虐殺と関わりがあったことを知った兄妹。
フランス ドイツ オーストリア オランダと真相を求めて行く中で、思わぬ事実に出くわし 何百年という世界の歴史の渦の中に巻き込まれていくふたりが辿りついた日本。
その日本で、人間社会の不条理を知って敢然と立ち向かっていくルノー、そしてそのルノーを支えるナタリーに襲ってくる容赦ない運命の結末。




ルノーの妹(新世紀の第九)
この小説のモチーフはベートーベンの第九をベースにしています。
彼はそれまでの交響曲の常識をふたつ破りました。
ひとつは、主題をプレストで第四楽章にする前段階として第三楽章をヴィヴァーチェで盛り上げる手法を採らずに第二楽章でヴィヴァーチェを採りいれ逆に第二楽章で通常使われるアダージョを採りいれていることです。
しかし、この小説では通常の交響曲のアレグロ・アダージョ・ヴィヴァーチェ・プレスト形式になってしまいました。
そうならざるを得なかったのです。
なんとか 第九に完全にそった形式にしたかったのですが、ベートーベンの鬼才に追従することはできませんでした。
もうひとつは、第四楽章で、交響曲ではじめての合唱を組み込み、しかも最初の詩は自ら書き、そのあとシラーの歓喜の詩を採りいれました。
この物語の中で、合唱を入れることは出来ましたが残念ながら歓喜の詩にはできませんでした。
十八世紀から十九世紀に生きたベートーベンでしたが、彼の本領が発揮されたのは十九世紀になってからで、耳が聞こえなくなってから、彼は内なる音と対峙し、そのために外界からは変人扱いされましたが、かえってこの名曲を生むことになったのです。
ヨーロッパ世界はまさに帝国主義による繁栄を謳歌していた時代で、その中から宮廷音楽としてドイツ・オーストリアを中心にクラシック音楽が発展していったのです。
そのクラシック音楽の最高峰に君臨する第九をあえてモチーフにして、ヨーロッパそしてアメリカの白人社会の人種差別主義、特権階級制度に世界は翻弄されていった史実を露にする試みをしてみました。
ここに主人公として出てくるフランス人の兄妹も、自分たちが白人であるゆえの人種差別の自己矛盾、また富を独占する特権階級に自分たちもはいっていたことへの自己矛盾を 肩に重く感じながらも、人間社会の不公正に敢然と立ち向かい、そして露と消えていった中で、人間の愚かさと悲しさを書いてみました。
この物語はあくまでも、作者のフィクションでありますが、できればノンフィクションであってくれればとの想いから世界の人々に訴えたつもりであります。

新田 論


第一楽章  第二楽章  第三楽章  第四楽章

第一楽章 アレグロ(大河のように)
第一楽章 〜第一章 異性の意識〜 第一楽章 〜第二十一章 ポルトガル系ユダヤ人〜
第一楽章 〜第ニ章 ローテンブルクへの旅〜 第一楽章 〜第二十ニ章 西安と京都〜
第一楽章 〜第三章 城塞に囲まれた町〜 第一楽章 〜第二十三章 系図と花紋書〜
第一楽章 〜第四章 ユダヤ博物館での再会〜 第一楽章 〜第二十四章 新たな花紋書〜
第一楽章 〜第五章 パリでの一泊〜 第一楽章 〜第二十五章 日本への思い〜
第一楽章 〜第六章 母親の秘密〜
第一楽章 〜第七章 メルク修道院〜
第一楽章 〜第八章 母親の一族〜
第一楽章 〜第九章 ナタリーの家出〜
第一楽章 〜第十章 メノーラの刻印〜

第一楽章 〜第十一章 マインのほとり〜
第一楽章 〜第十ニ章 日本人の血〜
第一楽章 〜第十三章 再びメルクへ〜
第一楽章 〜第十四章 メノーラの持ち主〜
第一楽章 〜第十五章 メルクとの別離〜
第一楽章 〜第十六章 花紋〜
第一楽章 〜第十七章 母娘の再会〜
第一楽章 〜第十八章 久しぶりのふたり〜
第一楽章 〜第十九章 アムステルダムへ〜
第一楽章 〜第二十章 系図〜



第一楽章 〜第一章 異性の意識〜



まわりが、緑の木で覆われている湖の畔にあるロッジ風の家で二〇才まで育ったルノーの毎日の生活は、まるで小犬がじゃれて一日をあっという間に過ごしてしまうようなものだった。
それが二〇才まで出来たのも、妹のナタリーがいたからで、ナタリーは十七才。精神的にはルノーよりもずっと大人になっていた。
まるで弟のように思っていて、ルノーはそんなこととは露とも知らず、兄としての責任感を持ってナタリーを見守っていた。
まわりから見れば、それは例え子供のままごとであったにしても、相思相愛の恋人同士のように映っていた。
体は、もうお互い立派な大人だったが、特にナタリーは十七才とは思えないほど成熟した体に既になっていた。
ルノーの二〇才の体からすれば、それはまるで、まばゆいほど輝くものだった。
ある日、湖畔で一緒にボートに乗ろうと船台でナタリーの手を握り、ボートに移ろうとしたとき、ボートが船台から離れ、ふたりは湖に落ちてしまった。
ナタリーは泳げなくて、泣きわめいて、ルノーに助けを求めた。
ルノーも必死でナタリーを抱きかかえて、やっと船台にあがった。あまりの恐怖にナタリーがルノーの胸の中で泣きじゃくった時、ルノーの脳裏に妹であることを忘れさせるほどの電気が走り、一瞬ルノーは目眩がした。
「何だろう、この目眩は」
最初ルノーはまったく分からなかった。
だが次の瞬間ナタリーが顔を上げて、ルノーの顔を見つめた時、ナタリーの濡れた髪の匂いが目眩の原因だったことがわかった。
なんともいえない香りだった。
ルノーの首から胸のあたりに、突きあげてくるような衝動が走ったそのとき、ルノーはナタリーを異性として初めて意識した。
ナタリーが湖で溺れたとき、ルノーに与えた香りは、髪の香りであり、それはまた、彼女の体の香りでもあった。
いままで、彼女から、このような芳香を感じたことがなかったルノーは不思議でならなかった。
「どうしてだろう、彼女はなにも香水などつけたことがない。それなのにこんなにいい香りがしたのは」
女は大人になり、心に急な変化が生じると、他の動物がそうであるように、その変化に応じた体臭を発散するらしく、その臭いを嗅いだ男が、またその臭いで大人になる。
しかし、ルノーはそんなことをいままで教えてもらったことがなかったが、ナタリーを異性として意識したことだけは確かだった。だが妹だ。
彼は、そんな自分の気持ちに戸惑ったとともに、淡い薄紅色のプリズムを自分の中に感じ取っていた。
それが大人としての目覚めと気がついたのは、ずっと先のことになるが、翌日から、彼は毎朝七時に起きていたのを一時間早く起きることにして湖のまわりをランニングしはじめた。
昨日の出来事で気がついたことがあったのは、ナタリーはルノーよりも三才年下だったが、体の成熟度は大人だったこと、そして、それに比べて自分の体の貧弱さに一種のコンプレックスをナタリーに感じていたこと、それが朝のランニングになったのだ。
三年前、両親といっしょにルーブルに行った時、ルノーがミロのビーナスに魅了されたことを思い出して、ナタリーがもうミロのビーナスの体になっていることを昨日知ったことは、二十才のルノーにとってナタリーが妹だけに複雑な気持ちだったが、なんともいえない 甘美な気持ちでもあった。
ルーブルでナタリーがダビデ像を見て気に入っていることを知って、はしたないと思った記憶が蘇った。
それも、今朝からランニングを始めたきっかけだった。
兄は妹を守らなければならない、そのためには逞しくならなければならない。
そう言い聞かせてルノーは、約五キロもある湖は坂道のアップダウンが五回もあるハードなものだったが一日目から湖を一周した。
ナタリーとよく一緒に湖を駆け遊んでいたとき、この五つの坂道に名前をつけた。
不思議の坂、運動の坂、仕事の坂、恋の坂、遊びの坂。
ナタリーは恋の坂が好きだ。
ルノーは遊びの坂が好きだ。
今朝、この五つの坂を走ってみて気がついたことがあった。
不思議の坂をあれだけしょっちゅう駆けていたのに、まったく記憶になかったこと、しかし今朝走ってみて、その坂が自分に何か囁いているように感じたことだった。
それが、大人の目覚めであったことは、ルノーは知るよしもなかった。



第一楽章 〜第二章 ローテンブルクへの旅〜



あれから、三ヶ月が経った晩秋の十月に父親から、フランクフルトの郊外にある、ローテンブルクの父親の弟にあたるルノーの叔父さんから、珍しいアイスワインが手に入ったので、誰かに取りに来させるようにという手紙が届いた。
父親はルノーに貰い受けに行くようにと言った。
「どれぐらいの量なの、ひとりで持って帰れるかな」
と父親に何となく訊ねた。
出来れば、ナタリーと一緒に行きたかったからだ。
「二ダースあるらしい、ちょっとルノーだけでは無理かな」
「じゃあ、ナタリーを連れていってもいい」
と無理に大きな声で父親に言ってみた。
「そうだな、珍しい高価なワインだから、もしも落として割ったら大変だからナタリーも一緒に行きなさい」
父親はルノーの思惑も分からずナタリーの方に向かって言った。
「わぁ、うれしい、わたしもローテンブルクの叔父さんのところへ行けるのね」
「大丈夫かね、ナタリー、アイスワインは一ダース十五キロの重さがあるんだから、ひとり一箱ずつ持てるかね」
と父親はナタリーに、少し怖い顔をして訊ねた。
ナタリーはなんて答えていいのか分からずルノーの顔を覗き見した。
「大丈夫、僕が2ダース持つから」
父親はいぶかしげに、
「それじゃあ、なんのためにナタリーを連れて行くんだ」
と怒り声でルノーに言い返した。
ルノーは咄嗟に機転の利く子だった。いままでにも父親との間でこんなことはよくあったから、動揺もせず、顔の表情も変えずに答えた。
「ローテンブルクからフランクフルトまでは車で行くからひとりでも大丈夫だけど、フランクフルトの空港は大きいし、ワインはチェックされるし、荷物のチェックインの時、三〇キロ以上では重量オーバーで、追加料金だけでナタリーの飛行機代より高くつくよ」
ときっちりと説明したので、父親は充分納得した顔をして、ふたりでローテンブルクへの旅行を許した。
「ルノーって、頭いいわね、もうわたし、おとうさんの顔を見て、一緒にローテンブルクに行けないと思ったわ」
「だって、本当にそうなんだから、ひとりで二〇キロまでしか乗せてくれないんだから、ふたりだったら四〇キロまでOKなんだ、十キロオーバーしたら、六〇〇マルク取られる、飛行機代は三〇〇マルクだよ、どっちが得か、すぐ分かるよ」
ナタリーは得意げに話すルノーに頼もしさを感じた。
ルノーもナタリーも両親の信念で、学校教育はジュニアースクールまでで、その後は、父親の指導のもと、家での教育を受けた。しかし父親の実家はパリの実業家で、父親もソルボンヌ大学を卒業していたし、母親も大学時代の同級生だったのがきっかけで付き合い始め、祖父が当時経営責任者をしていたある会社の後を継ぐつもりだったが、母親との結婚で祖父から猛反対をされたため、実家を飛び出し、パリから五〇〇キロほど離れた今の地に住み着いたのが二〇年前のことだった。
その実家の格式ばった躾のおかげで、自由を奪われた青春を送ったため、父親は子供達の教育は自由な環境でしてやりたいという思いでルノーもナタリーも学校に通ったのは十五才までで、あとは父親と母親の直接の教育を受けた。
祖父の会社は、その後経営不振に陥り、今は他人の手に渡ってしまい、祖父も祖母もそのショックから、十五年前に祖父の死後、一ヶ月あとに祖母も亡くなった。父親は当時五才と三才になったルノーとナタリーを連れてパリの実家へ葬式に参列するために行ったが、とうとう母親は最後まで実家に入ることは許されなかった。
この過去の深いこころの傷が、せめて子供たちだけには味わうようなことはさせたくないという想いが母親には特に強かった。自由に育ててやりたかった。
両親の深い思いやりと愛情のもとでふたりはおおらかに育ち、自給自足の生活だから、決して贅沢は出来なかったが、汲々とした生活感がなかったのは両親の並々ならぬ決意で始めた夫婦生活だったからだということは、ルノーもナタリーも理解していた。そういった、一般の家庭環境と違った中で育ったふたりが、将来、人間社会のそれまでの常識を超えた人生を送るとは、両親も、当のふたりもその時は思いもしなかった。
だが、このローテンブルクへのふたりの旅がその劇の幕開けになったとは、いったい誰が予測できたであろう。



第一楽章 〜第三章 城塞に囲まれた町〜



フランクフルト空港からルノーはレンタカーを借りて、ローテンブルクの町までの高速道路に入った。アウトバーンで有名な高速道路だから最高速度は無制限で、時速二〇〇キロを超す猛スピードでとばしていく車の中でルノーは安全運転だといって一〇〇キロ程度でゆったりと走った。安全運転は口実で、ナタリーとのドライブをゆっくり楽しみたかったのだ。
アウトバーンの両側の風景はやはり、フランスのものとは違って、広くて、葡萄園も両側に広大なひろがりをみせていたが、なんとなくボルドーのそれとは趣きが違った。やはりボルドーが一番だとルノーは思った。
実はルノーは将来、葡萄園を持ちワインづくりの仕事をするのが夢だった。
帰りの便には充分時間があったので、二時間程度で着けるのに三時間半ほどかけて、ローテンブルクの町に入るインターを出たのはもう午後一時すぎだった。
ローテンブルクの町は新市街と旧市街とに分かれており、新市街はどこにでもある町並みだが、旧市街は周囲約三キロの城塞に囲まれた町だ。
城塞には見張り台が二〇〇メートル毎にあり、壁の内側は見張り番が歩く一メートル幅の歩道がずっとあり、外敵を撃ち落とす銃穴が無数にある。
昔の騎士が今でもふっと現れてきそうな雰囲気が残っている。
ここに今でも人が住んでいる。もちろん観光客が主なる収入資源の町だが、祖先の家をずっと引き継いで、住んでいる人たちが殆どだ。
ルノーの叔父さんは、このローテンブルクの城塞内の繁華街にある店でワインを特に観光客相手に販売している。十五年前に祖父の会社が経営不振で他人の手に渡るまで祖父の下でルノーの父親の代わりに跡目を継ぐつもりで経営の勉強をしていたが、他人の手に渡ったため、身を引いて、趣味であったアイスワインの生産地で有名なローテンブルクに移り住んだ。
叔父さんの家にルノーとナタリーは行った。小さな垣根の入り口のまわりに奇麗な花がさびしく咲いていたのが印象的だった。
ドァーをノックしたが誰も返事がない。
ルノーは、多分叔父さん夫婦はワインの店だなと思って、家から五分ぐらいのところにある町の中心街のすぐ傍でワインの販売をしている店に行くことにした。
日曜日だったのと秋の観光シーズンでもあったので、街は観光客で溢れていた。
叔父さんのワインの店も忙しそうだった。
店の中に入ると叔母さんがすぐに気がついて、叔父さんに合図したので、ルノーが恥ずかしそうに頭を下げると、叔父さんは、我が子のようにルノーを抱きかかえて三年ぶりの再会を喜んでくれた。
お客さんとちょうど商談をしていた最中で、お客さんもその再会を横で微笑みながら待っていてくれた。
日本人の客らしく、アイスワインを買って帰りたくてわざわざローテンブルクまで、フランクフルトから足を伸ばしてきたのだ。
「とにかく、一番上等な希少なアイスワインを出来るだけ欲しい」
と言った日本人に、
叔父さんは、
「それなら、過去十年毎年金賞を獲ったフランケンのアイスワインにしなさい、これはめったに手に入る代物ではないから」
と答えて奥の部屋から一本の、瓢箪型の瓶のアイスワインを持って来た。
以前からワインに興味を持っていたルノーだから、そのフランケンのワインを見たとき彼の脳裏に衝撃が走った。
「こんなワインを初めて見た、なんと品のあるワインだろう、こんなワインを自分も造ってみたい」
と思った。
ルノーのワインを見たときの衝撃の顔を見ていた、日本人の客が、
「ワインに興味があるらしいね、このワインを見抜ける眼力はたいしたものだ」
と叔父さんにルノーのことを褒めて言った。
叔父がルノーのことを我が子のように思う理由はワインであった。
「ルノーはワインを造りたいと言っていたね、このローテンブルクで素晴らしいワインを造ってみないかね」
と叔父さんが言った瞬間、ルノーの心の奥に大きな石が放り投げられたような気がした。
「そうだ、ここへきてアイスワインを造ろう」
だがルノーは口には出さず笑っていた。
ナタリーが
「ルノー、わたしも一緒にローテンブルクでワインを造りたいわ」
と言った。
叔父さんの店でアイスワインを受け取ると、ルノーはお礼と挨拶をすませてすぐに帰路に着こうとした。
叔父夫婦はせめて昼食だけでも一緒にと言ったが、帰りの飛行機の便に乗り遅れるからと叔父夫婦の誘いを固辞して、少しローテンブルクの城塞の街並みをナタリーと歩いてみた。
「何人ぐらいの人たちがここに住んでいるの」
とナタリーがルノーに聞いたがルノーは答えられなかった。
「とてもかわいくて人形が住んでいるような家ばっかり」
「ホテルも何軒かあったけど、こじんまりしていて、静かでいいわ」
「土産物屋さんもとてもかわいい」
「パン屋さんがとっても清潔そうで、わたしもここでパンをつくってみたい」
「観光客を乗せて走っている馬の顔が何か悲しそうでかわいそう」
ナタリーはひとりで喋っていた。よほどこの町が気に入ったようだとルノーはナタリーの横顔を見て思った。
町の中心街に時計塔があり、ちょうど二時の鐘が鳴り、時計のドァーが開いて人形が踊るのが、観光客のお目当てのショーだった。
「何か食べたい? もう二時を過ぎたけど」
「ええ、軽いものと、紅茶が欲しいわ」
「それじゃあ、そこの店で軽く食べよう」
中心街のすぐそばにあるカフェに入った。
「なんて、かわいい店なの、ここの町はみんな、お人形が住んでいるみたい、人間が住んでいるなんて信じられない」
確かに、ルノーが三年前に初めてこの町に来た時、男でもそう思ったぐらいだから女の子だったら感激するだろうなと思い、ナタリーをどうしても連れて来たかったのだ。必ず気に入ると思った。
「紅茶ふたつと、チーズケーキふたつ」
とルノーが注文した。
ルノーはそっとテーブルの下で腕時計を見た。二時半過ぎだった。
この町を三時に出て急げばフランクフルトのインターに着くのが五時半ぐらいだ。飛行機の便が八時十五分、三時間あればフランクの町をナタリーに案内してやれる。ルノーは時間の計算をしてやっと落ち着き、ふと目を上げてみると、紅茶とケーキがテーブルの上にあり、ナタリーが早く食べたそうにルノーを見ていた。
「ああ、おいしかった」
と店を出ると、満足そうにナタリーが言った。
「もう、フランクフルトに帰るの」
「ああ、ちょっと早めにフランクに着いて、行きたいところがあるんだ」
「ええ、どこへ」
「内緒だ」
城塞をすぐ出たところにある駐車場に停めてある車に乗ると、急いで高速道路のインターに向かった。
五分ぐらいでもう高速道路に入ってフランクフルトに向かっていた。来るときとは違って一五〇キロ以上のスピードで走った。



第一楽章 〜第四章 ユダヤ博物館での再会〜



予定どおり五時半過ぎにフランクフルトの町に入り、空港から市街地に入る手前でマイン川を越える。そのマイン川の川添いにルノーの目的地があった。
中心街からちょっとだけはずれただけだが、閑静な場所に五階建ての長いふたつの建物がつながっているかなり古いビルだった。
「ここは、どこ」
とナタリーは戸惑う様子で聞いた。
「ユダヤ博物館だ」
「ユダヤ博物館にどうしてわたしを連れて来たかったの」
「いずれ、分かるさ」
ルノーは、今まだ言うべきでないと思ったが、とにかく、ここにはどうしても連れて来たかった理由があった。
博物館に入ると、入場料が要った。それを支払うと昔風のエレベーターに乗って三階に上がった。
そこは三階までしか行けないのだ。
その上はここで働いて、ユダヤ史を研究している学者の人たちのオフィスだった。
三階のエレベーターを降りるとすぐ前の壁に、無数の人の名前が彫った銅版が張ってあった。
その時、
「やあ、ローテンブルクのワインの店であったね」
と声をかけてくる人がいた。
例のアイスワインをわざわざ買いにローテンブルクまで来た日本人だった。
お互いに出会った場所が場所だけに、言葉が進まなかったが、
「君もここに、興味があるのかね」
と日本人が切り出したので、ルノーも
「ええ、フランクフルトに来ると必ず来ます」
と答えた。
しかも三階のエレベーターの前で、ほんの数時間後の再会だったが、
このエレベーターの前にある名前を彫った銅版が、将来ナタリーとも、この日本人ともなんとも奇怪な人生の展開になる役割を果たすことになる。
「ナタリー、いいかい、ここに掘ってある名前を読んでごらん」
ナタリーの人生も、これからの大きな渦に巻き込まれる瞬間だった。
その日本人はルノーに訊ねた
「君はあのアイスワインの、店の主人の甥っ子だってね」
ルノーは答えた。
「ええ、そうです」
「あの主人はフランス人なのに、どうしてドイツに住んでいるのか、そしてあんな辺鄙な町でワインを売っているんだろうかね、何か深い訳があるんだろうね」
ルノーはあまりにもその日本人が叔父のことを聞くので、ちょっと不快な表情をした。
それを察したのか、その日本人は話題を変えて自分がどうしてアイスワインに興味を持っているかを説明しだした。
その話しだと、その日本人の師と仰ぐ人が八年前に彼をロンドン、パリ、フランクフルトに連れて行き、その師がそれまで父のように慕い、尊敬していたある富豪を紹介した。
その富豪が世界で四本の指に入る最高級ワインの二本を製造する会社を持っており、そのワインに接してワインの虜になったことがきっかけで、フランクフルトでアイスワインと出会い、このアイスワインを作っているところを探し求めてローテンブルクに辿り着いたらしい。
ルノーもワインには関心があったし、今日初めて見たフランケンのワインはルノーのワイン造りの夢を一層掻き立てるほど見事なものだった。
だが、アイスワインを探し求めてフランクフルトに来た日本人がどうしてユダヤ博物館にいるのか、ルノーにはその時知る由もなかった。
だが、いずれ知ることになる日本人とユダヤ博物館の関係がルノーとナタリーのこれからの人生に、時には影となり、時には光りとなって見守っていくことになる。そのことをルノーもナタリーも想像すら出来なかったが、その日本人はなぜか知っているような態度だったのが、ふたりにはその後も心に引っかかっていくことになる。
「この………という名前のことを言っているの?」
とナタリーは聞いた。
「そうだ、この名前をよく憶えておくんだよ」
とルノーは言って、ふと日本人の方を向くと、その日本人が驚愕して震えているのを見て、この日本人と今日ローテンブルクで会ったのは偶然ではなかったのではと疑った。それほどの驚きようだった。
ナタリーだけが、なにがなんだか分からない様子で、
「この名前の人は誰なの、そしてどうしてここに書かれてあるの」
とルノーに訊ねた。
「いいんだ、その名前だけをよく憶えておくだけで」
そして、その奥にあるユダヤ人のゆかりのいろいろな調度品が飾ってあるのをふたりで見てまわった。
「この博物館は、もとはロートシールド家の屋敷だったのを、今は寄贈して 博物館にしているんです」
と後からついてきた日本人が言った。
「フランスでは、ロチルド家、イギリスではロスチャイルド家と言いますがね」
「ここが発祥の地なんです、ロートシールド家の。その前はウイーンのハプスブルグ家で執事をしていたようです、祖先は」
ルノーはますます、この日本人は自分たちに何か関りがあるんだという思いでいっぱいになった。
「ちょっと、五階に上がってみませんか、そこではいろいろな学者や研究生が面白い研究をしていますよ」
とまたまた日本人はルノーを驚かせた。
三階以上は、一般観客は上がれない禁足の場所であることを知っていたルノーはこの日本人に不気味さを感じたが、五階には前から上がってみたかった。
「五階には上がれないはずですよ、一般の人間は」
とちょっと牽制をその日本人にしてみた。
「いやぁ、大丈夫ですよ、わたしは」
「見学したいなら、わたしが研究している皆さんを、ご紹介しますよ」
「非常に興味深い研究をしておられますよ」
ルノーはつい
「興味深い研究ってどんなことですか」
と自分の心の底を出してしまって、あとで
「しまった!」
と思ったが、横からナタリーがルノーの腕を抱えて日本人の後をついて行った。
五階は小さな部屋がたくさんあって、それぞれの部屋でコンピュータを使って何か研究をしている様子だった。
一番奥にある広めの部屋に日本人が入って行き、中で仕事をしている女性に笑顔で挨拶すると、恋人に久しぶりに会ったような表情でその女性が日本人に抱きついた。
ルノーはいよいよ、この日本人の正体を知りたくなった。
「ここで研究しているのは、三階のエレベーターの前にあった銅板の名簿のひとり、ひとりの調査をしているのです。」
「あれは戦時中、ドイツナチスによって虐殺された、ホロコーストの犠牲者の名簿なんですが、生き残った人達もたくさんいたらしく、その追跡調査をしているんです」
ルノーはどうしてこの日本人はここの人たちとこんなに親しいのか、どうしても聞きたくて、
「あなたは、一体何者ですか」
と吐いてしまった。
「この方は、我々ユダヤ人の友人で、今でも親しくお付き合いして、ここの研究にもいろんなことでお手伝いしてもらっているんです」
と先程の女性が日本人のことを話してくれた。
「やはり、関係のある人だった」
とルノーは一瞬のうちにこの日本人に親近感を感じた。
横でナタリーは狐につつまれた様子でポカンとしていた。



第一楽章 〜第五章 パリでの一泊〜



午後八時十五分のパリ行きの便に乗る三〇分前に、チェックイン・カウンターの前にふたりは汗をかいて立っていた。市内からフランクフルトの空港までは、二〇分程で着いたのだが、市内のカフェで思わぬ時間を使ってしまって、空港に向かったのが午後七時過ぎだった。市内からマイン川の橋を渡って空港への高速道路に入るのだが、マイン川を渡っている時、右側にユダヤ博物館が見え、ルノーは近い内に必ず又来るだろうという予感をしていた。アイスワインをカウンターで預けてほっとしていたら、もう搭乗のアナウンスがされた。ふたりは隣どうしの席についてお互いに顔を見ながらため息をついた。ゲートを離れた飛行機が滑走路に向かって走りだした時には、ふたりはうつらうつらとして、今日一日の疲れが、飛行機の助走の心地よい揺れでふたりを眠りに誘ったのだ。
急に轟音が響きふたりは目を覚ました。フランクフルトの、町の橙色の灯りが眼下に見えていた。あまり大きな町ではないなとルノーは思った。パリやロンドンは空港が市内から遠いため、すぐ眼下に町並みが見えないがベルリンの空港は市内に近いため、離陸すると、すぐ町並みが見える。やはりベルリンは、大都市だなとルノーはフランクフルトの町を空から見ながら、三年前に行ったベルリンのことを想い出していた。かつては東ベルリンだったところの、フリードリッヒ通りを少し東に行ったところにあるベルリンの壁の博物館に行って、そこでドイツ人の人たちがテレビを見ながら、泣いている姿が忘れられなかったことがある。その時、ルノーは国家とか民族とかを超えた人間の哀しみと悦びは同じものだと、少年なりに思ったのだが、それが、ルノーのこれからの生きざまのバックボーンに知らぬまに成長していた。
あっという間にパリの空港に着陸した。時差が一時間あったから、到着した時刻は午後八時三〇分過ぎだった。家はパリから五〇〇キロある。フランクフルトに行く時も、パリで一泊したが、そのときは空港の近くのホテルに泊って朝早くローテンブルクに向かったが、今回は翌日中に家に帰るだけだったから、パリ市内で泊ろうとナタリーに言うと、ナタリーも喜んで同意してくれたが、予約をしていなかったのでルノーの脳裏に不安がよぎった。
パリのシャンゼリーゼ通りの一本横道に小さなホテルを見つけて入っていった。シャンゼリーゼの辺りのホテルを探したのは、翌朝、家への帰路に入る高速道路の入り口が、シャンゼリーゼ通りの凱旋門のちょうど反対側にある高層ホテルの横から入れたからだ。その高層ホテルやその前にある一流ホテルと、今泊ろうとしているホテルでは五倍も料金が違う。若いふたりには不釣り合いのホテルだ。ホテルの小さなフロントでルノーが二部屋空いているかと聞くと、年老いたフロントの係が一部屋空いているという。しかもベッドはシングルだと言う。ルノーはそれでは困るからと言ってホテルを出ようとすると、ナタリーが腕を引張って、ここで泊ろうと言った。ルノーはひとつのベッドでふたりは無理だよと言ったがナタリーはきかなかった。
フロントの老人が宿泊帳を出して名前を書くよう促した。ふたりは名前を書くと老人は、兄妹ならいいじゃないかと言って鍵を渡してくれた。五階の部屋で、エレベーターは自分でドァーを開ける代物だ。部屋に入ると、以外と広い部屋で小奇麗なベッドカバーが横たわっていた。ベッドは完全に一人用だ。ヨーロッパのベッドはみなこんな狭いベッドだ。ルノーがナタリーに先にシャワーを浴びるように言って、窓の外に向かって何も見えない外を向いた。ナタリーはバスルームに入った、シャワーの音が聞こえる、シャワーの音が変わる、ルノーは自然に湧きあがる想像を掻き消した。
その夜、結局ふたりは無言のまま一睡もしないで朝を迎えた。どちらからともなく、起きようと言って、初めて声を交わし、お互いの顔を見た瞬間、両方から同時に大笑いの声が発してベッドの上を叩いた。あまりにひどいふたりの顔をお互い見ておかしくてふきだしたのだった。何かもやもやしたものが突然消え、ふたりはもう帰路の車に乗って高速道路を左に高層ホテルを見ながら入って行った。



第一楽章 〜第六章 母親の秘密〜



パリから家に着いたのは午後一時過ぎだったが、家には、母親がひとりでルノーとナタリーの帰ってくるのを待っている様子だった。
多分、昼前後だろうと思った母親が昼食を用意して待っていてくれたのだ。
ルノーは母親がキッチンに向かって昼食を作っている後ろ姿を見て、
「お母さん、パリを朝七時過ぎに出て今やっと着いたよ」
とわざと大きな声で後ろから言った。
「ああ、お帰り、疲れただろう、ご苦労さま」
といつもとかわらない口調で答えた。
「昼はまだなんでしょう、用意してあるから、ナタリーと一緒に食べなさい」
「フランクフルトはどうだった、少しは変わっていた、ローテンブルクは変わりようがないでしょうけど」
ルノーは自分が勝手に意識していただけなのか分からなかったが、母親が何となくフランクフルトのことが気になっていたような感じがした。
「三年前とまったくかわりなかったよ」
「ああ、そう、どこか行ったの」
やはり、母親は気にしているんだと思った。どうしよう、正直に言うべきか、迷ったが、帰ったところで疲れていたこともあって、つい嘘をついてしまった。
「別にどこにも行ってないよ、ローテンブルクから直接フランクの町を通り過ぎて空港に行ったんだ」
「それより、パリでホテルの部屋がなくて、ナタリーとひとつのベッドで寝たおかげで殆ど眠れなかった」
と話をそらした。
「まあ、そうだったの、ヨーロッパのホテルはアメリカと違って小さいからね」
ルノーは母親が父親と結婚する前、十一才から十七才までアメリカのカンサスシティーの中学、高校に通っていたことを知っていた。とにかく抜群の成績で、高校はじまって以来の才女といわれ、フランス人がアメリカに留学するということは極めて珍しく、しかもフランス人特有のフランス語訛の英語ではなくほとんどイギリス人と変わらない英語を喋っていたらしい。しかも普通の留学生はアメリカ人の家庭にホームステイするのだが、彼女の実家がわざわざ彼女のために家を買い、メイドまでつけていたという。よほど金持ちだったんだろうとルノーは思っていた。
確かに、彼女のかもしだす雰囲気はエレガントそのものだったし、ナタリーにもそれが引き継がれていた。
ただひとつだけ違う点があったのは、ナタリーの肌と髪は白人特有のものだったが、母親は少し浅黒い肌で髪の色は真っ黒だった。しかし彫りの深い、エキゾチックな顔つきは、アメリカの美人女優で有名なエリザベステーラーを彷彿させるぐらい魅力的だった。
しかし、父親との結婚を許されなかった心の傷はよほど深かったようで、その理由については、何でも話してくれた彼女もさすが口を閉ざして語ろうとはしなかった。
ルノーは彼女の浅黒い肌と黒髪を引き継いでいたから余計母親と父親の実家との溝が何であったのかが気になっていたが、語ろうとしない母親を気づかって、父親にも今まで決して聞こうとはしなかった。
父親の実家が大企業のオーナー経営者だったから、母親の実家が貧しい家庭なら反対されることもあっただろうが、どうもまわりの両親の親しい人たちの話では、母親の実家は父親の実家をはるかに凌ぐ大富豪で今でもそうらしい。
ルノーはその母親の秘密を知りたくて、三年前フランクフルト、ベルリン、そしてウイーンに行ったのだ。
そして、フランクフルトのユダヤ博物館、ベルリンの壁博物館、ウイーンから二時間 ほど北西に行くと、ドナウ川のそばにあるメルク修道院に行った。
そこが、父親との結婚にまつわる母親の傷の秘密を明かしてくれる場所だったのだ。



第一楽章 〜第七章 メルク修道院〜



ルノー、ナタリーの父親側の祖父母は十五年前に亡くなっており、母親の方は両親ともあまり多くを語ろうとはしなかったが、まったく話さないというのも不自然なので両親が教えてくれたのは、祖父も祖母もフランスのパリで生まれて、母親がアメリカから帰国した年までパリにいたこと、その後ジュネーブに移り、両親が駆け落ちした二〇年前に祖母がメルクの修道尼になったきっかけで祖父も今ではウイーンに住んでいる。それだけだった。
祖父母がジュネーブに移ったのは、祖父の兄とそりがあわなかったらしく、祖父は若い時から、つまはじき者と烙印を押されていたらしく、ある時独断で事業に手を出して失敗し、一家から追放されジュネーブに移ったが、持ち前の事業家センスと度胸で大資産を築いたらしい。
だがルノーの母親の結婚問題で祖母がショックを受けメルクの修道尼になって、ともにジュネーブを去って、祖母はメルクに、祖父はウイーンに移って今は何もしていないらしい。
三年前にルノーがメルクに行ったのは祖母に会うためであった。メルクの町の丘に広大にそびえる修道院はパリのノートルダムをも圧倒するほどの大きさと、その礼拝堂のあらゆるところに金張りをしている贅沢さは、およそ修道院の質素なイメージとは駆け離れたものだった。そのメルク修道院の院長を祖母はしていた。
ウイーンから汽車がメルクの町を通ってザルツブルグまで走っており、ルノーはメルクの駅で降り修道院に行くと、祖母は軽い坂道の途中にある門まで、出迎えに来てくれていた。ベルリンから祖母に手紙を出しておいたのだ。
「ルノーかね、お母さんに似ているね」
「今、いくつになったの」
「十八才です、お祖母さんは」
「わたしは、もう年は忘れてしまいました、本当に」
「ここは、男性は泊れないの、ドナウ川の川向こうにカイザーホテルという 由緒あるホテルがあるから、少しここから遠いけど、予約しておいたからね」
「はい、ありがとうございます。そうします。中には入れるんですか」
「いいのよ、礼拝堂にも行けるから、そこを通ってわたしの部屋に行きましょう」
ルノーは、初めて見る修堂院の礼拝堂のあまりにも荘厳な雰囲気と、その礼拝堂を通っていったん中庭に出た時に見た遠くの、ドナウ川の景観の素晴らしさに感動していた。
祖母の部屋は執務室とその奥にある寝室で、修堂院の院長でも質素なものだった。
「お母さんのことを聞きに来たんでしょう、何でも話してあげるから」
それから二時間程、祖母は語り、それを聞いていたルノーの目から涙が流れ続けた。
あの時のことを思いだしながらルノーは黙って車を運転していた。
ナタリーも物思いにふけっている様子で黙って横に座っていた。
ローテンブルクから帰った翌日ルノーは父親から頼まれて、ルノーが生まれた時から両親が親しくしている隣村で田舎風のフランス料理店をやっている夫婦のところへアイスワインを持って行くのにナタリーを誘ったのだ。
隣村まで車で三〇分もかからない距離で、あまり車の中で会話は出来なかったが、いつものナタリーと様子が違っていた。
別にルノーに対して態度がおかしいわけではないが、昨日の夕食の時から気になっていた。
そう言えば、フランクフルトから帰って来ると、ナタリーは昼食の後、どこかに行った様子だったし、別に気にもとめずにいたが、よく考えてみるとナタリーの姿が二時間程消えてしまったことを思いだした。
「昨日フランクから帰った後、どこかに行っていたのかい」
何気ない感じで聞いてみた。
「ええ、ちょっと」
それだけの会話だけだったが、そのときは、もうレストランに着いていた。
いかにも、田舎のパブ風のドァーを開けてふたりは入って行った。
アイスワインを六本、父親から届けるように言われて持参したと、まだ四〇前後の主人に言って、レストランの壁に並べてあるワインの前のテーブルに置いた。
主人は感激して、そのワインを眺めていた。
「もうすぐ十二時だから、うちのランチを食べて帰ってね」
と、奥の厨房にいた奥さんが出てきて言ってくれて
「今日のランチはジャガイモとベーコンのオムレツで、とても評判がいいのよ」
「ふたり分、おいておかないとすぐに売りきれてしまうので、朝から別にしてあったから、大丈夫だ」
と主人は自慢げに言った。
「それじゃ、頂きます」
とふたりは言って、道路に面した窓のそばのテーブルにすわった。
たしかに、人気の料理だった。十五分ほど経つと昼食の客がどんどん入って来てこのランチを注文する。
この近辺に工業団地があって、いろいろな国からの会社の社員が昼にやって来るらしい。
その中に日本人のグループがいた。四人で来てテーブルにすわって日本語をしゃべっている。
「おじさん、あそこにいる四人は日本人ですね」
「ああ、そうだよ。毎日必ずやってくるよ」
「何か日本で機械を作っている大きな会社の人たちらしい、もう三年ぐらい前から来て、ここに住んでいるらしい」
一番に出てきたランチを他の客がうらやましそうに見ている中でふたりはその視線を気にもせず、おいしそうに食べた。
帰りの車の中で、ルノーは
「あのオムレツはおいしかったね、帰って、お母さんに話して、これからの我が家のメニューに入れてもらおう」
とナタリーに話しかけたが、返事がなかった。
しばらく、何も喋らなかった後、ナタリーから
「わたし、お母さんの顔を見たくないの」
と急に言い出した。
「別にお母さんのこと嫌いで言っているのと違うの、少しひとりで考えたいことがあるから。それまでは顔を合わせたくないの」
「ユダヤ博物館で見た名前の件かい」
「ええ」
「昨日悪いと思ったけど、お母さんの部屋に入ってアルバムを見たの、そのアルバムの中に、あっちこっちに、あの名前があったの」
ふたりは、それ以上話さず家に着いたら、父親も昼食に帰って来ていた。
「お帰り、お昼は」
と聞く母親を尻目にナタリーは一言も発せず背中を向けて二階の階段を上がっていった。
尊敬していた母親への初めてのナタリーの反抗だった。
ナタリーは何か勘違いしているとルノーは思ったが、多分、ユダヤ博物館でのホロコーストの犠牲者の名簿に載っていた名前が母親の実家に関りがある。そこまでは間違っていないが、だから、母親はユダヤ人で、自分の体にはユダヤ人の血が入っていると思ったんだろうと、ルノーは思った。ある意味でそれなら、簡単な話だ。何の問題もない。世界にはいくらでも混血人種がいるし、ユダヤ人との混血なドァーメリカに行ったら山といる。
「ナタリーは分かっていないな」
と思うと、ますますルノーは憂鬱になるのだった。それなのに、ナタリーは尊敬する母親がユダヤ人だと思ってその落差のショックで、母親を避けるという行為は、後々ナタリーにどれだけの自己嫌悪の絶望が待っているかと考えると、これは自分ひとりでは処理しきれないと思った。
「お父さん、ちょっと話したいことがあるんだけど、出来れば、お母さんも一緒の方がいいんだけど」
ルノーは決心して両親に話すことにした。
「そうか、フランクフルトのユダヤ博物館に行ったのか、それであの名簿をナタリーは見たのか」
「ああ、見たときは別に何も思わなかったようだけど、帰ってから、お母さんのアルバムを見てから、ちょっと変わったみたい」
「どんな風に」
と横から母親が聞いた。
「お母さんがユダヤ人だと思ってショックを受けているようだよ」
急に両親が大声で笑い出した。それにつられてルノーも笑ってしまった。
「ナタリーはわたしがユダヤ人だと思ってショックを受けているの」
「ナタリーはそんな人種差別意識を持っている子のようには思わなかったが」
両親は、もっと大きな傷を持っているにも拘わらず笑って、はしゃいでいた。
「立派な両親だな」
とルノーは心底その時思った。
ホロコーストで犠牲になったのは勿論大半がユダヤ人の人たちだが、ユダヤ人でない人も犠牲になっている。
ユダヤの人と結婚した人たちでユダヤ人でない人たちもたくさんいる。
ユダヤの人たちと親しくしているだけで犠牲になった人もたくさんいる。
ユダヤ人差別に反対することで犠牲になった人たちもいる。
あれだけ大量の殺戮をしたら、そういった中でユダヤ人という理由もなく、巻き添えにあって犠牲になった人たちも無数にいる。
何百万人という数の殺戮だ。
それが、ルノー、ナタリーの母親にどんな傷を与えたのか、また母親の両親がジュネーブで事業家として成功したにも拘わらず、特に祖母が修道尼にまでなり、祖父も事業を捨てウイーンに移ったのは、どんな理由があってか、十七才のナタリーには理解する由もなかったし無理だと、ルノーは自分が三年前にその真実を知ったときのことを思い出していた。



第一楽章 〜第八章 母親の一族〜



母親の両親はパリ生まれだが、母方の祖々父の実家はフランクフルトにあり、祖々母の実家はアムステルダムにあった。
その祖々父がパリで、実家のフランクフルトのワイン会社の子会社をフランスにつくった時、当時パリでアムステルダムの実家の、ダイヤモンド会社の出店の店長として働いていた祖々母と出会って結婚して生まれたのが今メルク修道院で尼になっているルノーの祖母だった。
パリで結婚した祖々父と祖々母はその後、祖々父の実家のあるフランクフルトに戻ってダイヤモンドの会社を始めた。メルクの祖母はまだ八才の子供だった。そして一年後ドイツナチスのヒットラーがオーストリアに侵略し第二次大戦が勃発した。
祖々父母夫婦はフランクフルトでダイヤモンドの商いをやっていたことが、アムステルダムの、世界の大半のダイヤモンドを取り扱う会社、店がユダヤ人であったことからユダヤ人と、ナチスのゲシュタポから勘違いされゲットーに強制的に移され、その後の惨劇に巻き込まれた。その時、メルクの祖母は一人っ子で同じ運命に会う境遇だったが、ある日本人が幼い子供を祖々父母から頼まれてアムステルダムの祖々母の一族まで届けてくれ、メルクの祖母はホロコーストから免れた。
そして終戦後ドイツ軍の侵略したパリが連合軍によって解放されると、メルクの祖母は生まれ故郷のパリに戻った。十四才の時だった。
アムステルダムでダイヤモンドの商いでは一、二を争う会社だった一族がパリに会社を再び設立することになり、メルクの祖母は自分からパリに移りたいという希望をし、受け入れられたのだ。
祖父との出会いはそれから十年後、メルクの祖母が二四才で、ウイーンにいる祖父が二七才の時、ワイン会社を兄ふたりと経営していた祖父がサンラザール駅の横にあるテルミナスホテルの中で宝石店をしていた祖母をみそめて付き合いを始め、放蕩三昧の生活は変らなかったが仕事もやり手だったので、ふたりの兄たちも何とか落ち着いた生活をさせようと無理やり結婚をさせたのだ。そしてすぐに母親が生まれた。
一方、祖父はフランスで、ワイン製造で成功していた一家の三人兄弟の末っ子でそれまでワインの会社を兄弟で経営していたが、やがて独立し、金融の世界に入って行った。三人の性格はまったく違っていて、末っ子の祖父は事業家としての才能は一番あったが、根っからの遊び好きでメルクにいる祖母と結婚してからも放蕩三昧の生活を続けていた。
そして事業の失敗が襲った。
兄たちふたりは、弟の後始末をするかわりに身を引くよう言った。その時、やはり血の繋がりの濃さか、相応の資金を分け与えた。そして祖母とふたりでジュネーブに移った。
結果的には、その資産を元手に持ち前の才覚で、ジュネーブで不動産投資をして儲けたお金をすべて両替商に注ぎこみ、見事にジュネーブで三本の指に入る、プライベートバンクまで育て上げた。
だがアメリカの留学生活から帰国したばかりの母親はパリに残ってソルボンヌに行った。母親も一人っ子だった。
メルクの祖母の哀しい経験から自分の子供に同じ哀しい経験をさせたくないという思いが強かったからだ。
それでパリでは父親の長兄の家で居候の身で大学生活を送っていたとき、父親とソルボンヌで知り会い、恋に落ち、挙句の果ての駆け落ちとなったのだ。
その駆け落ちまでしなければならなかった原因が最初は祖父の放蕩生活の評判からだと思っていたが、ルノーの父親側の実家が反対した原因が、メルクの祖母の一族の過去にあったことを知って、祖母はショックを受け、尼にまでなる結果となり、さすがの祖父もショックを受け、それまでの行状はまったくなくなり、祖母と一緒にウイーンに移ったのだ。



第一楽章 〜第九章 ナタリーの家出〜



アイスワインを隣村のレストランへ持って行った翌日、ルノーはナタリーを連れて近くで一番大きい町の本屋へ行こうと思ってドァーをノックした。
返事がない。ドァーが少し開いた状態なので、遠慮がちに覗きながら、名前を呼んでみたが返事がない。
ドァーを思い切って大きく開いてみた。
ベッドカバーが奇麗にかけてある。
ルノーが部屋に入ると、ベッドの横の窓を挟んで置いてある机の上に一通の封筒が置いてあった。
嫌な予感がして、咄嗟に封筒の中の紙を引き出した。
宛名はルノーだった。ちょっと複雑な気持ちになったがすぐに読み出した。
「ルノーへ なんと説明していいのか分かりません。
 だから、わたしの思いつくままに詩にしました。
 お母さん、お父さんにも読んでもらって下さい。
              ナタリー。」
「ローテンブルクの、秋の空の下、わたしは希望に燃えていた
 そして、突然 フランクフルトのマインの水で、あえなく、わたしの希望は消されてしまった けれども、また希望の火を点けに、わたしはマインのそばに行く
 そこに絶望の淵のメノーラが点いているかもしれないけれど
 わたしはそのメノーラと対面してみる勇気はないけれど、
 絶望を希望に変えるには、今のわたしには それしかない
 ローテンブルクの希望とフランクの絶望の狭間でわたしは立ってみる
 この狭間を架ける橋になってくれる人を待つために」
ルノーは予想以上にナタリーが悩んでいることに気がついた。
階段を降りたところで、母親が立っていた。
「ナタリーが家出したのでしょう」
「どうして、分かったの、お母さん」
「だって、今朝早く、階段を降りる音がして、そっとドァーを開けたらナタリーが鞄を持って降りていったから」
「どうして、止めなかったの?」
「止めたら、かえってナタリーの気持ちがかたくなになると思ったから」
「思い通りにしてやった方がいいと思ったの?」
ルノーは何と思慮深い人だと、母親を思った。
父親がそこへ外から帰ってきた。ナタリーの後をついていったのだ。
「どうやら、パリへ向かうバスに乗るようだ。フランクフルトに行くんだろう」
「ユダヤ博物館でしょうね」
「うん」
父親はそう言って部屋に入っていった。
ルノーは、一体自分は何をしたらいいのか分からないほど動揺していたのに両親は冷静だった。
熱い紅茶の中に大きな氷を放り込まれたような気持ちだった。
ナタリーは置き手紙を書いたのは朝の五時だった。一晩中、眠らずに考えた末の結論だった。母親に対する尊敬の気持ちも、親愛の気持ちも何ら揺らぐものではなかった。それなのに、自分自身の中に、今まで見たこともない何かが騒ぎ立てているものを見たショックが大きかったのだ。頭の中では、母親に対する気持ちは微塵も変らない自分に自信を持っていた。しかし、胸のあたりで騒ぎわめくのは一体誰なのか、今まで感じたことのない経験だったし、頭では冷静に考えることが出来るのに、胸のざわめきは一体なんなのか、しかも頭とはまったく別のものであった。
初めて自分の中に複数の人間がいる経験をした。夢の中でいつも自分を追いかけている、自分の考えとよく似た何か姿の見えないものだったようにも思えた。
「いつものわたしではない、なにか悪魔がわたしの中でわめいているような感じがする、それは誰なのか」
ナタリーは十七才の女の子で、夢の中でまだ生きている年頃だ。夢の中でのナタリーはいつも真っ白だ。こんな真っ黒な者が自分の中にいたなんて信じられなかった。この急性の、自己分裂症状の状態のままで、家族と顔を会わすことは、自分の裸体を見せるよりも恥ずかしいように思った。その正体を知るために、もう一度ユダヤ博物館に行こうと決意したのは、朝の四時過ぎだった。
ルノーへの手紙を書いて、小さなバッグをひとつ持って家を出たのは五時半過ぎだった。
先ずパリに出てそしてドゴール空港に着いたのは、午後の五時前だった。
五時三〇分発のフランク行きの便があったので飛び乗ったが、飛行機の中でナタリーは、急に寂しさが込み上げてきて、パリの灯りを下に見ながら涙が自分の手に落ちていることにも気が付かないぐらい落ち込んでいた。
フランクフルトに七時に着いた時はもう暗くなっていた。もう今から、ユダヤ博物館に行っても閉館していると思い、ちょうどマイン川沿いにあったホテルを思い出しタクシーにそのホテルに行くようにと言った。ホテルに行く途中でユダヤ博物館の前の道路をタクシーが走りすぎて行ったとき、ナタリーはタクシーの窓を開け、建物を見た。まだ五階のフロアーだけは電気が点いていた。
「運転手さん、ここで降ろして」
と咄嗟にナタリーは言っていた。
タクシーは急ブレーキをかけて、ユダヤ博物館を五〇メートルぐらい過ぎたところで止まった。ナタリーはタクシーの運転手に料金を支払い、ユダヤ博物館の方に向かって歩きだした。
だが足元がなかなか進まない感じがして、まるで夢の中で追いかけられながら、必死に逃げるのに前に進まない感じとまったく同じだった。五〇メートルの距離をまるで一時間かかっているぐらい長く感じた。
十段ほどの階段を上がったところに入り口がある。
まだ灯りは点いていた。
ナタリーは入り口の前に立って、ふっとため息をついた。
と、その時。
入り口は開いているかどうか分からなかったが、とにかく入ろうと手をドァーにかけたとき、後ろから誰かが呼んでいるような気がして振り返った。
あの時の日本人だった。
「あなたは、この前の妹さんですね」
「どうしたんですか、パリに帰られたと思っていましたが」
ナタリーは一瞬ためらったが、あの時の紳士的な対応に好印象を持っていたから、あまり警戒心を持つより、返ってひとりで不安に思っていただけに、古い友人に会ったような気持ちだった。
この日本人と出会わなかったら、ユダヤ博物館には入れなかった。
日本人の口ききで、博物館の人も気持ち良く対応してくれた。
早速、なぜひとりでここに来たのかを説明しなければならなかった。
家族の対応、そして自分の心の動揺を正直に日本人と、この前この日本人と親しく話していたユダヤ人女性に話すと、ふたりは真剣にナタリーの話を聞いてくれた。
「この前、あなたが見た名簿の名前は何という方ですか」
とユダヤ人女性が聞いた。
ナタリーが答えるとその女性は驚いた様子だったが、日本人の方は驚かずに、
「この前に名前を聞いていたから、だけドァーの時は本当に驚きました」
と言った。
「まさか、あなたのお母さんがあの方の、御孫さんだとはね」
横から日本人が言った。
「お母さんが、この名前の人の孫だというんですか?」
「それでは、お母さんは・・・」
と言いかけてナタリーは黙った。
「あなたは、お母さんのことをユダヤ人だと思っていらっしゃるのね、ユダヤ人だったらいや?」
とその女性に聞かれ、何も答えられなかった。
「わたしから、よく説明してあげましょう、あなたの、お母さんのお祖母さんのことを」
と日本人はユダヤ人の女性に同意を得る表情をして、その女性も頷いたので話しだした。
ナタリーは話しを聞いていくうちに涙が溢れていることにも気が付かなかった。
何ということか、こんなことがあっていいのか、だけどそれでも明るく生きて、そして自分とルノーをここまで育ててくれた母の大きさに比べて、自分の、頭では差別はいけないと分かっていても、いざ自身の問題になるとまったく違う反応をする自分だということを想い知らされた。
そして、母に対して取った自分の態度を思うと、何とも言えない自己嫌悪が全身を麻痺させてしまった。
「ごめんなさい、お母さん」
そう心の中で呟くしか今の自分に出来ることはなかった。
前に座っていたふたりは、
「明日、もう一度ここへいらっしゃい」
「素晴らしいものを見せてあげよう」
と言われ、ナタリーは頷いた。
「ホテルにはチェックインしたの」
と聞かれ、「まだです」と答えると、
「じゃあ、よければわたしの家に泊りなさい、ユダヤ人の家でもよかったら」
と笑って言われ、ナタリーはただ首を横に振って
「よろしくお願いします」
と言うだけだった。



第一楽章 〜第十章 メノーラの刻印〜



翌朝、ユダヤ人女性の車に乗せてもらってユダヤ博物館に向かった。
市街地まで三〇分ぐらいの郊外に母ひとり子供ひとりで住んでいるその女性は、ユダヤ博物館でホロコーストの犠牲者を十年研究していた。どうして今の研究を始めたのかを聞くと、彼女の父親もそのホロコーストの犠牲者で、まだ彼女が生まれて間もない頃のことで、彼女自身は何も憶えてはいなかったが、本当は母も自分も父と同じ運命を辿るべきところを、あの日本人のお父さんが当時日本の外交官をしていて、日独伊三国同盟もあって、危うくみんなゲットーに連れられて行くところを死んだ父の嘆願を聞いて、母と自分だけ終戦まで、その日本人外交官の家に匿われたのだった。
その時、六才だった子供があの日本人だったのだ。
ホロコーストはナチスドイツが降伏する直前だったから、彼女は子供の日本人のことはまったく憶えていなかった。
一九四七年にイスラエル国家建設が国連で認められた時に、助けてくれた外交官日本人をイスラエル政府がエルサレムに招待したとき一緒に来てその時出会ったといってもまだ三才で余り記憶はないはずなのに、彼女は鮮明に憶えていると言った。
あの頃のユダヤ人の子供たちは一才の子供でも記憶が鮮明に残っているという。
それぐらい、強烈な体験だったのだろう。
彼女の身の上話しをしているうちに、ユダヤ博物館に着いた。
五階に上がると、日本人はもう来ていた。
「今回はどこでお泊りですか」
「新しく出来た、マリティムだ、とうとうフランクフルトにも出来たね」
「ベルリンのマリティムが懐かしいわね」
「今回フランクフルトに来る前にベルリンに寄ってフリードリッヒ駅の前にあるマリティムに泊まったよ」
「じゃあ、あのジャガイモレストランに行ったの」
「勿論さ、懐かしかったね」
「壁が出来る前にはベルリンに行くとあのレストランに行ったからね」
ナタリーはその会話にはまったく入ることが出来なかったので、途中で部屋を出て、三階の展示場を歩いてみた。
あちこちに燭台が飾ってあった。人間の手みたいに七本の燭台が左右対称になっている。
それを見たナタリーは
「これがメノーラだ」
と呟いた。
必至になって彼女は探した。あの名前が彫ってあるメノーラを。
母親のアルバムに載っていたメノーラを。そこにルノーが教えてくれた名前が彫ってあった。
一番右奥にある部屋に入ったとき、アルバムにあった写真のメノーラと同じものが飾ってあった。
「これだ」
ナタリーは思った。
じっと目で見回すと、
「あった」
と思わずナタリーは叫んだ。
「知っていたんですか、このメノーラのことを」
後ろから日本人の声が聞こえた。
「ええ。母の、アルバムの中の写真にあったんです」
「昨日、素晴らしいものを見せてあげようと言ったのはこれのことだったんです」
「この燭台と母とどんな関りがあるんですか」
とナタリーは日本人に聞いた。
「それは、わたしが話してあげるわ」
とユダヤ人女性が部屋に入ってきて言った。
「よく見てごらんなさい。このメノーラの、真ん中の燭台の下を」
ナタリーは食い入るように見つめた。
何か、模様のようなものが彫ってあるようだった。
それの説明を部屋に戻って聞いたときナタリーは飛び上がるぐらいビックリした。
三階の展示場には至るところにメノーラが置いてあった。
メノーラというのは、ユダヤ教の教会であるシナゴーグの祭壇に置いてある七本の蝋燭をさす台で、真ん中に一本の燭台があり、あとの六本が左右対称に三本づつになっている燭台の名前で、ユダヤ教では特別なもののようだ。
その中でも一際大きく金色に輝くものだった。
その中心の燭台の下にある模様が彫ってあった。
もちろん、ナタリーは知る由もなかったが、全体の形として、丸く、同じ模様が円の中に三つあって、その中心に黒い点があった。
これは日本の家紋というもので、代々それぞれの家を示すトレードマークみたいなものだと日本人が説明した。どうして、日本のそんなものがこの燭台に彫られているのか、ナタリーにはまったく理解出来なかった。
「実は、あなたのお母さんの血には日本人の血が混ざっているんです」
「しかも、その血は何百年も前からのものなんです」
「あなたのお母さんの祖先が四〇〇年以上も前に日本にキリスト教の布教活動のために来たとき、当時の日本の支配者だった人に大事にされて、姫君と言うのですが、その人の娘さんとの間に恋が芽生えて子供が出来、その支配者が将来必ず自分も行くから、一緒に国へ連れて帰るようにと言われ、連れて帰る時に与えられた家紋がこの模様なんです」
ナタリーは信じられなかった。
「この家紋はその支配者の一族のものなんです」
「それから、その一家は国に戻って、その岳父にあたる支配者の来るのを待っていたんですが、一年後に家来の一人によって暗殺され、とうとう来る夢は見果てぬ夢になってしまったんです」
「そこでその人は岳父の偉大さを後世に残しておこうと思って本を書いた、それが今でも日本では貴重な歴史書として認められています」
「その支配者は、日本を統治したら、やがて中国、インドからヨーロッパまで統治しようと考えていたようです」
「そして、その子孫がやがて、スペイン、ドイツ、オーストリアを経てオランダ に移って、あなたのお母さんはパリで生まれたんです」
どうして、ついこの前までまったく見知らぬ人だった人たちが母の一族のことを知っているのか、ナタリーにはまったく理解出来なかった。
「わたしも、この前あなたと、あなたのお兄さんがここへ来てあの名簿の名前があなたのお母さんと関係があったことを知らなかったら、こんなことにはならなかったでしょう、偶然とはいえ、ローテンブルクで、会わなかったらと思えば、何か運命の糸がわたしたちを結んでいたとしか思えません」
そして、その日本人とユダヤ人女性は、ナタリーのお母さんと会いたいと申し入れした。
ナタリーはルノーに連絡を取りたかったが、家出した身なので、その日本人に家に電話してもらうことにした。
「もしもし、ルノー君はいらっしゃいますか」
電話に出たのは母だったようだ。
母はその言葉の訛からすぐに日本人だと悟ったようだ。
新たなる運命の幕が切って降ろされた瞬間だったとはナタリーは予測すべくもなかった。



第一楽章 〜第十一章 マインのほとり〜



母は何も言わずにルノーに電話だと告げて受話器を手渡した。
「もしもし」
「ルノー君、ユダヤ博物館でお会いした日本人です、ちょっと替わります」
「ルノー、わたし、ごめんなさい」
受話器の向こうでナタリーは泣いていた。
「今の日本人の方と、あの時一緒だった女性の方が、是非とも両親にお会いしたいと言っておられるの」
「その前に、こちらに来てくれない、おふたりからいろいろな話しを伺ったの」
ルノーは日本人と話しをしている振りをするためにわざとよそよそしく言った。
「ええ、僕はかまいませんが、両親に相談しないと、そちらへご返事する方法はどうしたらよろしいでしょうか」
横で聞いていたユダヤ人女性が自宅の電話番号をメモしてナタリーに渡した。
「あの女性の自宅に昨日泊めて頂いたの、そこの電話番号を今から言うわ」
ルノーは電話番号をメモして受話器をおろした。
後ろを振り返ると両親がダイニングテーブルの椅子にすわってこちらを見ていた。
「ナタリーは無事かい」
と父が訊ねた。
「多分そうだと思うけど、電話のそばにはいなかったようだよ」
そして、あの日本人とユダヤ博物館の女性が両親に会いたいと言っていることを両親に伝えた。
両親は察しがよく、
「ルノー、あなたフランクフルトにいってらっしゃい、ねえ、お父さん」
と母は父の顔をうかがった。父は頷いた。
その夜八時ごろ、ルノーは電話をして、明日の午後三時にユダヤ博物館の前のマイン川に架かっている橋に行くと伝えた。
どうしても先ずナタリーとふたりで話しをしたかったからだ。
翌朝、早くルノーは家を出るとき両親が見送ってくれた。
パリのドゴール空港に着いたのは昼前で午後一時の便に乗った。
パリの空からフランクフルトまでずっと下の景色をルノーは見ていた。
今まで一度も感じたことのない思いがよぎった。
「フランスもドイツもこうやって上空からみれば、境界なんてない、住んでいる人たちの家並みも急に国がかわったからといってかわるわけでもない」
「それなのに、フランス人や、ドイツ人や、ユダヤ人と区分けする。だけど自然は何にも区分けなどしていない。」
「地球というひとつの国にどうしてならないのだろう」
とルノーは思った。
この思いは最初何気なくふっと思ったことだったが、その後の、ルノーの考えの大きなバックボーンになっていくとは、当のルノーさえその時は思わなかった。
フランクフルトの空港からタクシーに乗ってマインの橋に向かったが、午後三時の約束より早く着いて橋の信号を左に曲がろうとしたとき、橋の上に立っているナタリーの姿を見た。何か恋人にこれから会うときのような胸の高鳴りをルノーは感じた。
橋の上で立っているナタリーを見てルノーは橋の信号の手前でタクシーを降りた。
五〇メートルほどの距離だったが、歩きだした。
ナタリーは約束の三時よりも二〇分ほど早かったが、約束の場所に来ていた。
ユダヤ博物館で待っていることが出来ずに飛び出したのだ。
ナタリーのうしろ姿を見ながらルノーは近づいた。
ナタリーの背中を軽く叩いた。
びっくりしたナタリーはまさかルノーだとは思っていなかっただけに、ルノーの顔を見た瞬間、もう目から涙が頬に落ちていた。
ユダヤ博物館の、一階のロビーの右側にある小さなカフェで日本人とユダヤ人女性が紅茶を飲みながら待っていた。
「やあ、ルノー君、よく来てくれたね」
と日本人は歓迎の意を立って表してくれた。
「ナタリーが、お世話になりありがとうございます」
とまずユダヤ人女性にお礼を述べたあと、ルノーは日本人の方に向きなおり、
「この後の、お話し次第で、ウイーンにご一緒して頂けませんか、皆さんで」
「ウイーンから北西に車で二時間ぐらいのところにメルクという町があります、そこにあるメルク修道院で母方の祖母が修道院長をしています」
「分かりました、今はお疲れでしょうから、今晩食事をしながらゆっくりお話しをしましょう」
ルノーとナタリーはマイン川のほとりに立つホテルにチェックインした。
今晩七時にホテルに迎えに来てくれるということで、ユダヤ博物館からホテルまで送ってもらった。
今度のホテルは二部屋だったが、ホテルの三階の部屋の前に立つとナタリーは隣の自分の部屋を開けようとはせずにルノーの後ろで待っていた。
部屋の鍵を開けてふたりは中に入った。
ドァーが閉まった瞬間、ナタリーはルノーの腕の中に飛び込んだ。
「勝手なことをしてごめんなさい」
とまた泣きだした。
あの時の、ナタリーの髪の香りが蘇った。
約束の七時まで二時間ほどあったので、ナタリーはあのふたりから聞いた話しをルノーの部屋でした。
ルノーの知らないことばかりで、
「やはり、メルクに行くしかないね」
とルノーはつぶやいた。
七時前にふたりはロビーに降りてフロントの前にあるソファーにすわって待っていたら、
七時ちょうどにあのふたりが玄関のドァーを開けて入ってきた。
「ここから三〇分ぐらいのところにおいしいドイツ料理を食べさせてくれるレストランがあります、そこに八時に予約しましたのですぐに行きましょう」
と女性が言って女性の運転で郊外に向かった。
アウトバーンに入って十分ぐらいでインターを出たときにはもう辺りは真っ暗で、両脇がずっと並木になっている道路を走っていると、右側に静かなたたずまいの、看板もないが結構立派なレストランが見えた。そのレストランの駐車場に入ったとき、左手にある木造の建物が見え、ルノーははっとした。
「ずうっと、前だがこの景色に憶えがある」
「ここにはよく来られるのですか」
とルノーはふたりに聞いた。
「ええ、母が亡くなった父とよく来ていたからよ」
ルノーはまた胸さわぎがした。



第一楽章 〜第十二章 日本人の血〜



「ここのレストランはもう二〇〇年以上の歴史を持っています」
「プロシア帝国の宰相だったビスマルクも来たことがあるそうです」
確かに、レストランの玄関の横にあるちょっとしたパブの壁にビスマルクの直筆のサイン帳が掛けてあった。
「さっき、外からレストランのたたずまいを見たとき、大昔に来たことがある錯覚を持ちましたが、よく考えればフランクフルトに来たのはこれが二回目で、最初は三年前ですから、だけど不思議な感じを持ちました」
とルノーが話すと日本人が頷きながら、
「そういうことはよくあることです。日本では前世に実際に来たことがあって、その場所に来て前世に来たことを思い出すことがあるといいます」
三年前にベルリン、ウイーンに行ったときに同じ錯覚をしたことを思いだした。
ベルリンのブランデンブルグ門の横にあった首都時代の巨大な国会議事堂の正面に立ったとき、ベルリンから一時間ぐらいのところにあるポツダムの宮殿の前に立ったとき、そしてウイーンのシェーンブルンの広大な裏庭の丘の上に立った時のこと。
最初は夢の中か、どこかの写真で見た記憶の残像が現実のものの前に立ったときに前に来たことがある錯覚に陥る現象だろうと思ったが、こういった体験は人間なら誰にも一度や二度はあるもので、その原因は想像するすべもなかったが、今回も同じ錯覚が起きたことに、ルノーは何か因果関係があるように思えた。
「僕が三年前にメルクの祖母に会って母の一族の話しを聞いたときには、一族の発祥の地はオランダのアムステルダムでダイヤモンドの商いをしていて、その後フランクフルトでもダイヤモンドの商いをやっていたことが、ナチスドイツのユダヤ人狩りに巻き込まれた原因だということです」
「ナタリーから聞いたんですが、それよりずっと前に遡ると日本人の血が混じっているという話しですが、祖母からは聞いていません」
「あなたたちのお母さんやお祖母さんが知っておられたかどうかは分かりません」
「我々はユダヤ博物館でのホロコーストの犠牲者の研究をしていることは前にも申しあげました」
ユダヤ人女性が話し出した。
「膨大なリストですから、まったくの偶然から知ったのです」
日本人がそのとき、
「私がその偶然をつくった張本人です」
と話しを繋げて喋り出した。
「父といっしょにエルサレムに行った時、彼女と彼女のお母さんと出会いました」
「父は大歓迎を受けて、いろいろな人たちから招待を受けていた時のことです」
「私もよく憶えているわ、まだ小さかったけど」
「父は外交官でしたが、歴史学者でもあったんです。そして四〇〇年前の当時の日本をまとめあげた一代の、英雄の真実の歴史を研究していました」
「これは、公式にも日本で認められていますが、その英雄のことを最も真実に近い形で後世に伝えている文献が、当時キリスト教の布教に来ていたポルトガル人によって書かれたものなんです」
「その文献を父は詳細に研究したら、そのポルトガル人と日本の英雄の娘とが結婚して、ポルトガルに帰って子供が出来ていたことが書かれてあったのです」
「最初は父がその後のふたりのことを知ろうとリスボンによく行っていましたが、九六〇年に父が亡くなり、その後を私が引き継いでいるわけです」
「そして、ユダヤ博物館に辿り着いて私と再会したのです」
ユダヤ人女性がこの話しをした。
ルノーとナタリーは俄かには信じられなかったが、その時日本人がテーブルの上に大きな、厚い封筒を出した。
ちょうど、そのとき注文した食事がテーブルに運ばれてきた。
話しは中断して食事を始めたが、その封筒が気になって食事する気にもなれなかったルノーは、ナタリーがうれしそうに食事を楽しんでいるのを見て、思い直してフォークを手にした。
日本人がテーブルに置いた封筒の中には、一冊のボロボロになった本だった。
約四五〇年前に日本にキリスト教の布教に行った宣教師が書いた本で、ポルトガル語で「日本史」と書かれていた。
「これだな。例の、日本のサムライの娘と結婚した宣教師の書いた本というのは」
ルノーはすぐに分かった。
「この中に母の、祖先の日本人のことが書かれてあるのですか」
ルノーは日本人に尋ねると
「ええ、その通りです、ポルトガル語は分かりますか」
「はい、少しなら分かります」
それなら話は早いと思った日本人はその本にしおりを入れてある部分を開いてルノーに手渡した。
ルノーは幼いときから、英語とオランダ語を教えてもらっていた。しかし母はそれ以外にスペイン語も出来た。
スペイン語とポルトガル語はよく似ていたから、母はどちらが先にマスターしたのかは分からなかったが、ルノーはポルトガル語が先だなとそのとき確信した。
確かに読んで見るとそのサムライはよほど偉かったのか絶賛されていて、
そしてそのサムライの娘がこの本の作家と結婚してポルトガルに帰って三人の子供を産んだと書いてあった。
その宣教師は一五六五年に日本に渡り、そのサムライが暗殺される一年前の一五八一年までの十七年間、日本にいて布教活動をしていたこと、一五八一年にポルトガルから来た巡察使と一緒にポルトガルにそのサムライの娘を連れて帰ったことが書かれてあった。
その時、日本で生まれた子供ふたりもいっしょにと書いてあったのを見て、ルノーは
「ポルトガルで子供は生まれたのと違うのですか」
と尋ねた。
「ここのところはよく分からないのですが、どうやら日本ですでに結婚をしていてふたりの子供を産み、その後ポルトガルに帰ってもうひとり産んだということでしょう」
「男の子か女の子かはこの本ではそこまで書かれていません、なにぶんこの本はその宣教師の自叙伝ではなく、その日本の英雄のことを書いた歴史書ですから。」
ナタリーはそこで急に日本人に尋ねた。
「母の祖先はそのサムライの娘さんとの間で出来たんでしょう」
「なぜ、そうだと断定出来るのですか。」
とルノーも聞いた。
「ここからが、謎めいたことが多くなるのですが、最近決定的な証拠が出てきたのです」
「それはメルクの祖母は知っていたのでしょうか」
「いや、ご存じないでしょう、ご存じだったらわざわざ修道尼までなられなかったでしょう」
と日本人は答えた。
ルノーはますますメルクに行こうと思い
「その決定的証拠というのは何だろう」
ということを尋ねる勇気はなかった。
ユダヤ博物館はホロコーストの犠牲者のその後を調査研究していると言っていたことを思い出したルノーは、メルクの祖母の両親がこの日本人の当時外交官をしていた父に嘆願して一人っ子だったメルクの祖母を一族の拠点だったアムステルダムまで無事運ばれホロコーストから免れた。
一九六〇年に亡くなったこの日本人の父親は少なくともメルクの祖母を助けたのだし、その時、この日本人も子供であったけれどメルクの祖母のことは知っているはずだとルノーは思った。
まず、この四五〇年の謎解きをするキーパーソンはこの日本人とメルクの祖母だと思ったらルノーは今からでもウイーンに行こうと言いたかった。
しかも、メルクの祖母は自分の体に日本人のしかも、四五〇年前に日本の支配者だった人間の血が入っていることを知らない。
その証拠はこの日本人が持っている。
やはりメルクの祖母に会ってもらうしかない。
ルノーは日本人にメルクの祖母に会いに行くことを提案した。
日本人は願ってもないことで、横にいたユダヤ人女性、そしてナタリーにも一緒に行こうと言った。是非もなかった、ふたりにとっても。
こういうことは、早ければ早いに超したことはない。明日にでもウイーンに行くことになった。
食事も終わって、話しも一応の結論が出たので、レストランを出た。
駐車場に向かうとき、またもやルノーはこの景色を思い出し、やはり実際に来たことがあったのではと思った。記憶もない小さな頃に来たことがあるから、これほど鮮明に思い出すのだと、確信に近いものが心の中に生れたがその根拠は分かるはずも今のルノーにはなかった。



第一楽章 〜第十三章 再びメルクへ〜



明日は八時十五分のウイーン行きの便なので、ホテルに戻ったふたりはさすがに疲れたのか、ほとんどお互い話しかけもせずにそれぞれの部屋に入った。
ルノーもナタリーもそのままベッドに横たわるともう意識がなくなっていた。
翌朝目が覚めたのは午前六時ごろだったが、ふたりとも同じ夢を見ていた。
母がメルクの祖母と一緒にどこまでも走っていて、自分だけが取り残されて行くあと味の悪い夢で、目が覚めると、余計疲れが残っているように感じた。
ウイーンについた四人は空港からレンタカーを借りて、高速道路に入った。
その高速道路は北に行けば、チェコのプラハに、南東に行けばハンガリーのブカレストに通じる道路でウイーンはちょうどその真ん中に位置したところで、メルクはその道路に直角に交差した東西に走る高速四号線を西に向かって行く、メルクのまだ西には、音楽のもう一つの都ザルツブルグに行く道路だ。
途中高速道路の中にある、ホテルもあるドライブインに寄って四人でお茶を飲んだ。
メルクまでもう三〇分ぐらいのところだった。
そこから、ルノーは今から行くことを祖母に伝えるためメルク修道院に電話をした。
以前、祖母の部屋に電話はなかったが、観光客に売るチケットの事務所に電話があり、そこに電話すれば、呼んでくれると祖母から教わっていた番号を取り出して公衆電話の受話器を上げた。
五分ほど待たされたが祖母が受話器に出た。
簡単に説明したら、祖母はあまり驚いた様子もなく突然の訪問を許してくれ、
ルノーは今まで胸につかえていたものがとれてほっとした。
高速道路が丘陵地から抜けて視界が広くなると、右の遠くの方に町が見え、その横を雄大に流れるドナウ川が見えてきた。
一番の高台に黄色を基調にしたメルク修道院がどっしりと構えていた。
高速道路を出てドナウの川沿いを五分ほど走るとドナウを左に眺めながらメルクの町とその上に修道院が見えてきた。
「ちょうど昼を過ぎたところだから、先にどこかで昼食をしよう、どこかいいところはないかね、ルノー君」
と助手席にすわっていた日本人が言った。
ルノーは少し考えて、
「三年前、ここに来たときに泊まった古いホテルが川の向こう側にあります。なかなかおいしいものを食べさせてくれます」
「ほう、何て言うホテルかね」
「カイザーハンツと言います」
「それは、オーストリア帝国時代のハプスブルグ家が統治していた時代の有名な一族の方だったはずよ」
とユダヤ人女性が言うと
「たしか、もともとはその方の別荘だったそうです」
とルノーは答えた。
右手にメルクの町と修道院を見ながら川沿いの道を上って行くと、橋が見えてきた。
「この橋を渡ってまた、川沿いの道を右に折れて下さい、そしたら五分ぐらいでホテルが見えてきます」
左側に雄大な、川幅にして三〇〇メートルぐらいの見るからに水量の多いドナウが見える。
地道の駐車場に車を停めて左手にあるカイザーハンツと描かれた看板の建物に入ると、そこはちょっとした展示場になっていて、ホテルの入り口は右端から入れるようになっていた。
ホテルのフロントの向かえにレストランが川を眺められるような位置であった。
いかにも昔、ここの主人が食事をしていたダイニングルームといった感じの雰囲気のあるレストランだった。
「このドナウ川はどこまで行っても川幅が変らないし、流れもゆったりとして水量も豊富で、この川の両側にはドナウの恵みで起こった町がいっぱいあります」
「たしか、デューレンシュタインもこの近くにあったはずよ」
「何かね、そのデューレンシュタインというのは」
「昔、獅子王とか言われた人が幽閉されていた教会があって青い城って言われているの」
日本人と向かい会った席のユダヤ女性とが会話を交わしている間、ナタリーはメニューとにらめっこして夢中になっていた。
その姿を見てルノーはふと、この横のふたりはどんな関係か深くは知らないが羨ましく思った。
食事を終えて、来た道を戻って、修道院の専用駐車場のある、丘の頂上に上って行った。
その駐車場から階段を降りるとすぐに事務所があり、そこで院長の孫のルノーが来たと院長に伝えて欲しいと言った。
すでに連絡が入っていたようで、すぐに院長の部屋に案内してもらった。
院長の部屋に行くまでに教会の礼拝堂の場所を通って行くのだが、ルノーが三年前に来たときと同じ驚きを他の三人も持ったようだ。
「素晴らしい礼拝堂だね」
「ノートルダムより素敵、何ていったってとても美しいわ」
「フランクフルトのドームも顔負けだわ」
と三人三様の驚きの言葉だった。
礼拝堂を横切って廊下に出たところに祖母の院長室があった。
案内の事務員がノックしたら
「どうぞ、入ってください」
と返事が部屋の中からあったので、ドァーを開けると、事務員は戻って行ったが、ドァーの前には祖母が微笑んで立っていた。
「やあぁ、久しぶり、何年ぶりかな」
と日本人が急に言った。
「本当に、何十年ぶりでしょう。今のわたしは自分の歳さえも忘れてしまったから」
と祖母はその日本人と抱き合って再会を喜んだ。
横で見ていたルノーとナタリーは呆然とその光景を見ていた。
祖母がフランクフルトでナチスドイツのユダヤ人狩りに巻き込まれたとき祖母の両親がある日本人に頼み祖母だけをアムステルダムに運んでくれたことは知っていたが、この日本人が当時外交官をしていた人の息子さんではと、はっとルノーは思った。
「どうして、お互いご存知なの」
とユダヤ人女性も不思議に思い日本人に尋ねた。
「わたしが八才の時、両親がフランクフルトでダイヤモンドの商いをやっていたのが原因でユダヤ人と間違われて、両親はナチスドイツの犠牲に遭ったの。その時わたしだけ助けられてアムステルダムまで無事運んでくれた日本人がいたの。その方が、この方のお父上の部下だった外交官だったの」
「あの時、父は領事をしていて、たくさんのユダヤ人の人たちを何とかこの惨劇から救おうと努力していたことは、当時六才だったわたしもよく目にしていて憶えています」
「この方のお父上は、自分がアムステルダムまで行けないから目立たない部下の方でしかも外交官の特権で自由に国外に出られる人を選んでわたしをアムステルダムまで運んでくださったの」
「その時、わたしはこの方のことは知らなかったのですが、戦後父が歴史を研究していて、その調査研究にポルトガルによく行っていましたが一九六〇年に亡くなりました。その時父の死を知ったこの方が父の葬儀にわざわざ日本まで来て下さってそこで知り合ったので。」
「そうでしたわね、わたしはパリにいて、お父上の死をアムステルダムから報せを聞いて、すぐに日本に行きました」
「もうあれから、四〇年経ったのですね、お互い歳をとりました」
「だけど、どうしてルノーをご存知なの」
「あなたは、ご存知ないでしょうが、わたしの父は戦後歴史の研究をしていました。そして一九六〇年に亡くなった後、わたしも父のある研究を継いできました。その縁で再会したこの方がユダヤ博物館でおられたのです」
とユダヤ人女性の方に顔を向けた。
「わたしもこの方のお父上に母と一緒にあの惨劇から助けていただいたのです」
「そして、父の研究にとって貴重なものがユダヤ博物館にあったのを偶然発見したのです」
祖母は意味が分からず聞いていた。
「ルノーとは?」
「彼とナタリーさんとはローテンブルグのワインショップで偶然会ったのです、つい最近。そして同じ日にユダヤ博物館でも。これがあなたとの再会のきっかけだったのです。人生、不思議なことが多いですね」
と日本人はため息まじりに言った。
そして日本人が話し始めたことは祖母にとっては青天の霹靂だった。



第一楽章 〜第十四章 メノーラの持ち主〜



ユダヤ博物館にある日本の家紋の入ったメノーラの話しを日本人は語り始めた。
彼はイスラエルで再会したこのユダヤ人女性がその後フランクフルトのユダヤ博物館で研究をしていることを知ってから、何度目かの時に、あれは何年前かも忘れていたが、いつもは博物館の真ん中にあるエレベーターを乗って五階に直行するのだが何気なく三階に降りてどんな物が展示してあるか好奇心から見てまわったときに一番右側の奥にある一際大きな燭台が目についた。
メノーラと言うものだということは知っていた。
メノーラに関しては日本でも遠い昔にユダヤ人が渡来してきたという伝説は、歴史の勉強をしてきたこともあって一般人の日本人よりよく知っていた。
特に大和朝廷の時代に建てられた奈良にある石上神宮というところに七支刀という国宝があってその刀がメノーラそっくりの形をしていて、その神社の伝説でも、渡来人と関係あるらしいと聞いたことがある。そして実際に石上神宮まで行ったことがあるぐらいだったから興味があったのだ。
そのメノーラをじっと見ていると、下の台のところに模様を発見し、その模様が例の宣教師の書いた本の主人公の家紋だったのだ。
びっくりと偶然の奇跡に感謝しながら、五階の女性に聞いてみた。
このメノーラの由来は記録に残っているのかと。
女性はすぐには思い出せずにいたが、一応すべての展示品の目録も説明書もあったことを思い出して、ヘブライ語でメノーラと書いたノートを書棚から探し出した。
中味もすべてヘブライ語で日本人はユダヤ人女性にあの大きなメノーラのことを書いてあるか調べて欲しいと言った。
すぐに女性はノートからあのメノーラの説明文を読んだら
何と、予想した通り、あのメノーラは昔、日本に来た宣教師がその英雄のために持って来た献物のひとつで、その英雄がメノーラを見て宣教師に家宝にすると言って喜んだものだった。
そして宣教師と自分の娘が恋に落ち、将来のことを考えて宣教師が帰国する時に娘に形見がわりにそのメノーラに家紋を彫って自分の娘だと後世分かるように持ってやったのだ。
父が戦後ずっと研究し続けてきたことがついに究明されたと思ったとき、ユダヤ人女性と必ず子孫を探し出そうと堅い約束をした。
日本人の話に驚きながら祖母はこころの中で過去の思い出を巡らしていた。
アムステルダムで生まれ育ったころのこと。
フランクフルトに移り住んだ時のこと。
そして忌まわしいあの思い出。
そしてまたアムステルダムへの逃亡の思い出。
パリで今の夫と出会って結婚して娘をひとりだけ産んだこと。
娘がアメリカに留学している間の、夫の乱行のこと。
せっかく娘がアメリカから帰国したのに夫とジュネーブに移って娘とまた別れたこと。
そして娘の結婚でまたもやあの忌まわしい思いが再現したこと。
夫とも別れてメルクで尼になったこと。
たしかに経済的には常に他人よりはるかに豊かな人生だったが、幸せという点では他人よりはるかに薄幸だったと、決して自己憐憫ではなく思った。
一体どこにその原因があったのか、そのことを知りたかったためメルクに来たことは確かだった。
世間の常識からみれば、経済的豊かさは幸福の第一条件であり、自分は充分にその資格はあったのに、なぜか。
メルクに来て、ユダヤ人の負わされた悪循環の宿命がユダヤ人に間違われた自分に振りかかってきたのが薄幸な自分をつくったのだと思っていた。
ユダヤ人の永い流浪の旅。帰る国がない民族にとって自分を守ってくれるものは他人よりも経済的に優位に立つことしかなかった宿命。
経済的優位に立った人間が直面する一般世間から受ける嫉妬、妬みの運命的迫害。
この悪循環がユダヤ人に対する偏見となって、世界が混沌した曲がり角に差しかかるたびに受ける迫害。そしてまた経済的優位性に頼る努力を重ねる。
この宿命的悪循環の原因はどこにもない。人間の悪意もない。結局すべての生命あるものが不確かさの中で生きなければならない偶然の所産だということであった。
ただ、自分のこれまでの運命はそれにもう一つ偶然の所産が加わったこと、それはユダヤ人に間違われたこと。この原因が今でも分からなかった。
それが今日の話を聞いておぼろげながら見えてきた気がしたのだった。



第一楽章 〜第十五章 メルクとの別離〜



祖母の実家は今でもアムステルダムでダイヤモンドの商いをしている。
祖先のルーツを辿るには祖母自身がアムステルダムの実家へ戻って調べるしか方法はなかった。
祖母の両親は忌まわしい戦争の犠牲になったが、
実家の歴史についてはまったく今まで聞いたことはなかった。
「それで、わたしは何をすればいいの」
と日本人に聞いた。
「ユダヤ博物館にある、あの家紋の入ったメノーラの記録を調べたらナチスドイツがユダヤ人狩りをして、ゲットーにユダヤ人を移し、その後、各収容所へ運ぶときにゲットーに残っていたままになっていたのです」
「ユダヤ博物館を創立した方々の努力で戦後、廃墟になっていたゲットーを調べて見つけたのです」
と横からユダヤ人女性が説明した。
「そのメノーラがあったところがわたしの両親が住んでいたところだったのね」
「そうです、あの時あなたもゲットーに一緒に移されたのですか」
「いいえ、移される前に両親がその後起こるであろう惨事を予感して、わたしだけ、この方のお父上の下におられた方の家に匿われていました」
「なるほど、それならゲットーの家のことについてあなたはご存知ないわけです」
「それなら、ゲットーにご両親が移される前に一緒に住んでいた家でメノーラがあった記憶はありませんか」
「メノーラそのものの記憶はありませんが、両親が代々伝わる家宝があるとは言っていたような気がします、何となくおぼえているわ」
日本人も祖母もお互い目を合わせたとき、祖母は心の中で決意した。
自分がこのメルクの修道院に入った原因も結局はこの問題にあったことで、
メルクにまた戻るにしても、この問題の究明をしない限り今でも胸につかえているものは取れないと思った。
「フランクフルトに戻りましょう」
と祖母は言った。
「そしてパリ、アムステルダムにもね」
と日本人は言った。
ルノーとナタリーは思いもかけない展開にお互いの顔を見ていたがそのふたりの表情は明るかった。
お祖母さんが、フランスの母と再会できると思うと嬉しくなった。
「お母さんは元気にしている?」
と祖母はふたりに向かって聞いて、
「あなたがナタリーね」
「はい、そうです。」
「母はきっと今、心を痛めていると思います」
「どうして」
「わたしが悪いんです、家出なんかしたものだから」
「それはいけないわね、それじゃあ、一緒にお母さんのところへ戻りましょう」
祖母が取敢えずの身のまわりのものだけ片づけるまで、みんなはメルクの礼拝堂で待っていた。
「さあ、行きましょう」
祖母が礼拝堂に入ってきたその姿を見てみんなは驚いた。
尼さんの服装から普段の服装になっていた。
車に乗ってメルクの高速道路に入ったとき祖母はじっと修道院を眺めていた。
ウイーンに着いたのはもう夕方の六時半過ぎで、空港に着いてフランクフルト行きの便を確かめたら一便あったが五人分の席がなかった。仕方なく翌日の朝八時十五分の便をとってその夜はウイーンに泊まることになった。
ウイーンの最も人が多く集まるオペラハウスの近くのケルントナー通りに面したホテルにチェックインしたのはもう九時前だった。
空港から祖母はウイーンに泊まることになった時、ウイーンに住んでいる夫に電話をしていた。
夫は、今は事業もしていないが、ウイーンで銀行やホテルのオーナーをしていてそのホテルも夫がオーナーのホテルだ。
大型のホテルではないが格式は高く、一番の繁華街の中にあり、地下鉄の駅もホテルのブティックが面しているケルントナー通りにシュテファンプラッツ駅が歩いて一分もかからないところにある。その前には有名なゴチック建築のシュテファン寺院がそびえている。
チェックインしてエレベーターの前に来た時、
「ちょっと、おそかったね」
と白髪の老人が祖母に声をかけてきた。
「お祖父さんだ」
とルノーとナタリーは言った。
「初めて会ったのに、わたしが、おまえたちの祖父だとよく分かったね」
「だって、目がお母さんそっくりだもの」
とナタリーは微笑して言った。
そばにいた日本人とユダヤ人女性が祖父の前に出て挨拶をすると、
「電話で、大体のことは聞きました」
「わたしとしては、彼女がメルクを出て、戻ってきてくれたことが何よりも朗報です」
「メルクを正式に出たわけではないですよ」
と祖母は言った。
「ウイーンに住んでおられるのですか?」
と日本人が尋ねた。
「この人は、この歳になっても道楽は直らないのよ」
「バーデンというギャンブルのカジノがある町に住んでいるの、分かるでしょう」
と祖母がため息をついて言ったところへ、ホテルの支配人が祖父のそばに緊張した表情でそっと耳うちをした。
「支配人が、気がつかずにチェックインしてもらって、まことに申し訳ないと恐縮しているよ」
と祖父が笑って言った。
祖母以外、何の意味かはかりかねていたので、
「このホテルは主人がオーナーなの」
と祖母はみんなに説明した。
「支配人がバーデンに行かれるならリムジンを用意すると言っているが」
と祖父が言ったが、
「明朝、早い便でフランクフルトに行くのでこのホテルに泊まった方が便利だから」
と祖母が祖父に答えた。
それぞれ、部屋に入って三〇分後にロビーで集まった。
「食事はまだだろう、それなら、この通りにおいしい中華料理の店があるから行かないか」
と祖父はみんなの顔を覗きこみながら言った。
「それはかまわないけど、わたしはその前にシュテファン寺院に先に行きたいので、皆さんをその中華料理店に案内して。後から行きますから」
と祖母が言うと、ルノーが自分もその寺院に行きたいと言い出したので、結局みんなでシュテファン寺院に行くことになった。
ホテルからケルントナー通りを歩いて一分もかからなかった。十時前というのに通りは人でいっぱいだった。
寺院の前にくると一段と人が多くなった。地下鉄の出口の前にあることも人だかりの理由だが、ちょうど十時から最後のミサが始まるので人が集まってきていたのだ。
祖母が寺院の入り口を入ったすぐ右側にあるオフィスに行くと、黒色のスーツを着た男性が祖母と一緒に出てきてみんなに挨拶して、そして礼拝堂の方へ案内してくれた。
この寺院はメルクの寺院と違って、大きさはゴチック建築の粋をこらした天に届かんばかりの巨大なものだが、中は質素だった。
ゴチック建築の特徴だと、ユダヤ人女性もフランクフルトのドームのことを思い出した。
「あなたはユダヤ教信者でしょう、それでもミサに行かれますか」
と祖母がユダヤ人女性に尋ねた。
「かまいません。たしかにわたしはユダヤ教信者ですが、物事の是非は宗教の枠を超えたところにあると思います」
「こころが洗うことができるところなら是非もありません」
と答えた。
祖母は嬉しそうに頷いた。
みんなで寺院の神父さんが聖書をもとにしたお話をしているのを聞いている間、ルノーはこれから先、どうなるのだろうと思った。



第一楽章 〜第十六章 花紋〜



翌朝ホテルを出たのは六時半だった。
空港まで三〇分以上はかかるからそれでも遅いぐらいだったが、ウイーンからフランクフルトへは国内線と同じで入出国検査はない。フランスからだとある。
やはりドイツとオーストリアは今でも同じ国扱いなのだ。ヒットラーもオーストリア生まれだった。
結局祖父も昨晩はホテルに泊まって、空港まで見送ってくれた。
「必ずウイーンに戻って来るんだよ」
と祖母にウインクして微笑った。
「はいはい」
と祖母も微笑みながら答えた。
フランクフルト空港に着いたのは十時半前だった。時差が一時間あるからで実際にはフランクフルト、ベルリン、ウイーンはちょうど三角形の点に位置していてそれぞれの距離はほぼ飛行機で一時間程度の距離だ。
空港からユダヤ博物館に向かう途中、ルノーもナタリーも何か自分の住んでいる町に帰ってきたような気分になって、途中の景色も慣れ親しんだものばかりに思った。
祖母の方がフランクフルトに住んでいたことがあるのに、何か緊張している感じだった。
やはり、いやな思い出があるからだろうとルノーは思った。
「まったくフランクフルトは変わったわね」
と祖母は言った。
「変わっていないのはドームとその広場だけです」
とユダヤ人女性は答えた。
ユダヤ博物館に昼前に着いたが誰からも昼食の話は出なかった。
さっそく三階の奥の部屋に行った。
大きなメノーラの前に立った祖母は何かを思い出そうとしている様子だったので、みんな祖母の後ろで沈黙を保っていた。
祖母がメノーラの家紋の入ったところをじっと見つめていたら、急に言った。
「このメノーラを出してくれませんか」
「いいですが、一応許可が必要なのでちょっと待って下さい」
と言ってユダヤ人女性は上にあがっていった。
「何か思いだした、お祖母さん」
とナタリーが聞いた。
「このメノーラにはまったく記憶はないわ、だけどこのメノーラを見ていると、ある光景が出て来たの」
「ゲットーに移される時、家の中で必要なものを荷づくりしていた両親が何か長い金属性のものを一生懸命にさわっている光景が思い出されるの」
ユダヤ人女性が許可をもらってきたので、さっそくガラスの箱からメノーラを取り出して、前のテーブルに置いた。
祖母はすぐに、メノーラをひっくり返してみた。
メノーラの台の裏を見ながら
「この台の裏のビロードをはがすことができますか」
「いいですよ」
ユダヤ人女性はここまできたらとなかば諦め気味に答えた。
日本人が緑色のビロードでカバーしてある布を剥した。
五センチぐらいの大きさの穴があった。
祖母はその穴を覗いて、そしてその穴に細い指を入れて何かを探っていた。
白い細長い紙が出てきたのを見て、みんなが驚いた様子のなか祖母はその紙を広げてみた。
「これは日本語の文字でしょう」
と日本人に尋ねた。
日本人はその広げた長方形の紙の中に書かれてあるのをじっと見た。
たちまち、その日本人の表情が変わっていった。
「この紙に書かれてある最後のところに模様みたいなものがあるでしょう」
「これは花紋と言って、所謂サインと同じもので、その花紋で誰が書いたのかがすぐ分かるようになっているのです」
「そしてその花紋の上に書いた人の名前があります」
「その人の名前は?」と祖母が聞くと
「やはり、四五〇年前に日本を統治した一代の英雄の名前です」
「これで、このメノーラはその日本の英雄が自分の娘とポルトガルの宣教師に持たせた時に与えた証文書であることは間違いありません」
祖母もルノーもそのとき思いはすでにアムステルダムに行っていたが、
「お祖母さん、お母さんも連れて行きましょう」
とルノーは咄嗟に言った。
「そうね、その方がいいわね」
と祖母も頷いた。
ルノーとナタリーはその日の内にパリまで祖母と一緒に帰ることにした。
日本人とユダヤ人女性はアムステルダムで合流することになった。
夕方の便でパリまで向かった三人は飛行機の中でお互いに無言のままだった。
特に祖母が口が重く、ルノーとナタリーも話しかける雰囲気ではなかったし、ナタリーも家出してからの帰宅だけに気持ちが重かった。
ドゴール空港に着いた三人は明朝に両親の住む家に向かうことにして今日はパリで泊まろうと祖母に言うと、祖母は空港から電話をした。
「サンラザールのテルミナスホテルに泊まりましょう」
「お祖母さんがお祖父さんと初めて出会ったホテルね」
とナタリーが言うと
「そうよ、もうあれは何十年も前のことだけドァーのホテルは今もあの頃とまったく変わらないの」
「だから懐かしくて行ってみたかったの、いいでしょう、お祖母さんの我が侭だけど。」
「いいよ、僕たちもその方がうれしいから」
とルノーはナタリーの顔を見ながら相槌を打ったら、ナタリーもうれしそうに頷いた。
テルミナスホテルに着いたのは七時過ぎだったが、大きな部屋をひとつ取ってくれていて部屋に入ると三つもベッドのあるスウィートルームだった。
「まあ、すてきなお部屋!」
とナタリーは大喜びであっちこっち飛びまわってはしゃいだ。
「まだ子供だねえ、ナタリーは。体は立派な大人なのに」
と祖母は笑った。
祖母の言った、ナタリーの体が大人になっていることを聞いてルノーは一瞬複雑な気持ちになった。
部屋で着替えをして三人はホテルのレストランで夕食をした。
テーブルに座って食事をしながら、ルノーは今日ユダヤ博物館のメノーラの中にあった紙に何が書いてあったのかを尋ねた。
祖母の話しだと、普通の日本人ならあそこに書いてあった日本の文字は昔の文字でなかなか読めないが、あの日本人は歴史を研究しているだけに読むことが出来たこと。そして、あの文を書いたのは四〇〇年以上も前の何か日本の暦で『てんしょう何年』とかで、その時日本を治めていた有名な英雄が書き添えてメノーラの中に入れたらしい。
日本人の話しだとその英雄の血の入った外国人の子孫が存在していることを証明出来るように書いたらしい。
「なかなか、あの時代では、考えられない発想の進んだ持ち主だった人ね」
と祖母は言った。
ルノーやナタリーには想像すら出来なかった。



第一楽章 〜第十七章 母娘の再会〜



翌朝八時には朝食をすませホテルを出て、約五時間のドライブだと祖母に言うと、
「そんなにパリから離れたところに住んでいるの」
と尋ねたがルノーには何と返事していいのか分からなかった。
パリの郊外を走り抜けると一面の葡萄園が見えてきた。
「この景色は懐かしいね、よくお祖父さんと来たわ」
と言った祖母の目が光っていた。
午後一時過ぎに家に着いたら、家の前で母が立っていた。
パリから電話をしておいたからだ。
車から祖母が降りると母は目に涙をいっぱいにして祖母の胸にとびこんだ。
祖母も無言で母の背をかかえた。
何十年ぶりかの母娘の再会だった。
母と一緒に家に入ると父がソファーにすわっていたが立って迎えた。
「あなたと、こういうかたちで初めて会うとは思わなかったですね」
と祖母の方から父に話しかけた。
「本当にそうですね、わたしの実家の、心の狭いおかげでこんなことになってしまって申し訳なく思っています。私たちが駆け落ちをしてここに来てすぐに、会社は他人の手に取られ、弟も家を出てドイツのローテンブルグに移るやで、ショックを受けて、両親とも、立て続けに亡くなりました。自業自得の罰を受けたのです」
父はひとりで喋り続けた。
「そんなに、ご両親のことを責めては駄目ですよ。いろいろな事情がそちらにはそちらであったのでしょう」
と祖母は父を慰めた。
父の実家の会社は長い歴史のあるフランスの名門の会社だった。
ドイツナチスがパリを占領したときはフランス人にとってこれほどのショックはなかった。
ヒットラーが戦争を起こした理由には、いくつかあげられるが一番は、やはり第一次大戦での敗戦による賠償金で、フランスが天文学的な要求をしてドイツの経済が瀕死状態になったこと。それに加えて、その瀕死状態のドイツでユダヤ人だけが、利益をむさぼっていたのを見かねたヒットラーが、国外に退去するよう警告を発したにも拘わらず、ほとんどのユダヤ人がその警告を無視して居座って、天文学的インフレに疲弊したドイツ国民をよそ目に、相変わらず利益を得ていたことが、ヒットラーをあのような狂気に走らしたのが真相だ。
だが敗戦後のドイツ国民は決してそれに対する弁解はしなかった。
ヨーロッパではみんなその事実は何も言わなくても知っていた。
当時フランスでも同じ問題を抱えていた。
これはローマ帝国の時代からのユダヤ人と、ローマ帝国をルーツにしたヨーロッパ諸国、特にフランスとの宿命だった。
どちらが悪いとは言えない問題なのだった。
ユダヤ人からすればローマ帝国に国家を失くされ、それ以来二〇〇〇年近い国を持たない民として世界各地にばらばらな放浪生活を余儀なくされたら、頼れるものは個人の経済力しかなかった。結果、人より努力するから当然経済活動で優位に立てる。それがまた反感を買う。
この問題は人類の歴史に必ず生じる坩堝なのだ。
ただ父の実家があまりにも保守的過ぎ、しかも良く事情も理解せず、母の実家をユダヤ人と勘違いしたことが母との結婚を反対した理由だった。
だがふたりが駆け落ちした後、会社の経営不振で人手に渡され、あっという間にふたりとも亡くなってしまった。
父の母が死ぬ間際に、夫の葬式に母だけ参列することを拒んだことを悔やんで涙を流しながら死んでいった。
考えてみればお互いの両親とも歴史の坩堝に振りまわされた人生だった。
誰が悪いとか短絡的に言える問題ではなく、人間の本質に関る永遠の問題だと言えると祖母も父も母も思った。
ルノーはなんとなく理解できた。一人の人間の欲望が人類全体を狂わすことが歴史にはいっぱいある。
自分のこれからの長い人生にどんな問題が待ちうけているか分からない。
ふとナタリーの顔を観て、ルノーは何かを予感したような気がした。



第一楽章 〜第十八章 久しぶりのふたり〜



この十日間ほどはあまりにもいろいろなことがあった。
その原因をつくったのは自分だとルノーは思った。
考えてみれば、ナタリーとローテンブルグに行ったとき、フランクフルトのユダヤ博物館に行かなければこんなことにはならなかった。
だが、ローテンブルグであの日本人と偶然出会い、しかもまたユダヤ博物館でも会ったことを考えると何か運命の糸に操られているとも思った。
祖母も母との再会を喜び、母と一緒の家にいれることに幸福を感じている様子だったからルノーもしばらくはこのままにしておいてあげた方がいいと思って、アムステルダム行きのことは口に出さなかった。
日本人からもそれを察してか電話はなかった。
久しぶりの以前と同じ穏やかな日々だった。
ナタリーも家出をした時の深刻な気持ちから解放されて母に対してまた以前と同じような態度に戻っていた。
久しぶりにふたりは湖にボートを出した。
「わたしがボートから落ちて以来ね」
「そうだね」
とルノーはそっけなく答えるとナタリーは恥ずかしそうに笑ってルノーの顔を見つめていた。
「どうして、わたしをユダヤ博物館に連れて行ったの」
そうナタリーから質問され、ルノーはドキッとした。
自分でもはっきりとは分からなかったが、湖に落ちた彼女を抱きかかえたときに感じた男と女の感情と、兄妹の感情が複雑に交錯したこと。両親の過去のことを知ればナタリーが悩むことを百も承知で引き込んだということ。そのことに対して罪の意識をはっきりと認識していた。
今までの兄妹の関係以上のものが欲しかったため両親の過去の問題をふたりでシェアーしたかったのだ。そこまではルノーは分かっていたし、誰にも言えないことだが、自分自身も認めていた。
だが何故そんな気持ちになったのか、そこがルノーには依然分からなかった。
もちろん、妹に対して女の意識をしたことは分かっている。だが何故。
あの時、泣きじゃくるナタリーを抱きかかえた時の、ナタリーの髪の香りがきっかけで、まったくそれまでナタリーに持っていた感情と異質なものがルノーのこころの中に生じたのだ。
男と女が恋に陥るきっかけはそれまで気がつかないうちに醸成されてきた感情というか、抑制してきた欲望が何かのきっかけで、たががはずれてどっと抑えてきた感情が一気に洪水のようにあふれ出る。それが恋だということをまだルノーには理解出来なかった。
だがボートに乗って湖の上でぼっとふたりで話しをしているとき、あの香りがまたルノーに伝わって、その時本能的にルノーは悟った。



第一楽章 〜第十九章 アムステルダムへ〜



祖母が家に来てから一週間が経った。
毎日が穏やかで、笑いが絶えない日々だった。
ルノーのナタリーに対する感情も大海の荒波というより、凪さのような静かで心地よいものだった。
父も今まで心の奥底で溜まっていた罪意識の蓄積が取れたのか普段から静かな態度だったのが最近は大笑いすることも絶えない程変わったことにルノーは言葉には出さなかったが感激していた。
幸せの気持ちというのはこういうものなのだ、何か今までなかった素晴らしいものが得られた時が幸せの気持ちにさせると思っていたが、実は日々生きている人間が振りまわされているどす黒い欲望がもたらす心の荒波が不幸感の原因で、その欲望から解放された自由な気持ちが幸せな気持ちだと初めて気がついた。
不幸も幸福も他人がもたらすのではなく自分の心の透明度が問題だけなのだと、ルノーはこの一週間の穏やかな日々から学んだ。
「そろそろアムステルダムに行こうかね」
と夕食の団欒の中で祖母が呟いた。
「そうだね、あの人たちをあまり待たせていたら悪いから」
とルノーも相槌を打った。
「そうね、わたしたちの先祖探しの探検旅行だからわくわくする旅になりそうね」
と母も答えた。
「お父さんも一緒に行くかい」
とルノーは尋ねたが、父は笑いながら自分は
ひとりで留守番役をすると言った。
祖母はまずアムステルダムの実家に電話をした。
祖母のいとこが今でもダイヤモンドの会社を経営している。
ホロコーストに遭った祖母の父の兄が他界した後その息子のいとこがあとを継いでいる。
電話で祖母が簡単に説明したら、電話の向こうで驚いている様子がみんなにも分かった。アムステルダムの実家の人たちも何も知らないのだとルノーは思った。
そうなると先祖のルーツを辿っていく手だてはあるのだろうかとちょっと不安になったが、祖母はそのあと日本人の泊まっているフランクフルトのメルティムホテルに電話した。
実は首を長くして連絡を待っていたらしく、アムステルダムにいつでも行けると答えたようで、祖母はこちらを向きながら明後日の午後の便を取って行くことを伝えた。
その後、日本人から電話が入って、明後日のフランクフルトからの便とパリからの便のスケジュールを教えてくれた。
そして明後日の午後三時半にアムステルダムの空港到着出口でおちあうことになった。
パリまで四人でルノーの運転で向かった。
アムステルダム行きの便は午後一時三〇分だった。
母にとっては祖母の実家がアムステルダムにあることは知っていたが今まで行ったことはなかった。
祖母の父が、昔からダイヤモンドの商いをアムステルダムでやっていた一族から、暖簾分けの形で、フランクフルトで始めていたものだから、母からすればアムステルダムに対する印象はまったくなかった。
ドゴール空港に昼前に着いてチェックインを済ませてサテライトゲートに行く前のメインロビーで四人は軽く食事をした。
母にとっては二〇何年ぶりのドゴール空港で、アメリカのカンサスの高校を卒業してパリに帰って来た時以来でその時と空港はまったくかわりはなかった。
まだ当時はオルリー空港とパリの市街地を挟んで正反対の方向につくられたこの空港は斬新なデザインと搭乗するゲートがメインロビーから放射線状にのびていてそれをサテライトと呼ぶ今までの空港と違うものだった。
当時のフランス政府が国の威信をかけて完成させた空港だった。
母が高校までいたカンサスシティーの空港も、このドゴール空港によく似た感じのつくりでアメリカの大きな空港はその後みんなこのサテライトシステムを採りいれた。
アムステルダムのスキポール空港に三時前に着いて、到着出口を出ると祖母のいとこが出迎えに来てくれていた。
いとこと会うのも二〇年以上ぶりだったがすぐにお互い分かった。
三時半にここでフランクフルトから来る日本人とユダヤ人女性と待ち合わせていることを言うと近くのロビーへ案内してくれた。
「やあぁ、今着かれたのですか」
とロビーの向こう側から声が聞こえた。日本人とユダヤ人女性がこっちを向いて立っていた。
「便の関係で一時間も早く着いていたんです」
「そうですか、待たせてごめんなさい」
と祖母が言いながら、いとこを紹介した。
祖母のいとこは運転手付きのリムジンで来ていたので全員で七人が一台の車に乗れた。
「ホテルは取っていません、わたしの家に泊まって下さい」
といとこは横並びになった長いソファーの端から言うと、
「以前の、お父さんのままのお家なの」
と祖母は尋ねた。
「ええ、そうです」
「それなら街を通って行くんでしょう」
「いえ、今は空港から街を通らなくても行けるけど、何か街に寄りたいことでもあるのかね」
といとこが聞いたら、祖母は
「あまり懐かしいから、パリへ移る前のあのスクゥエアーのオフィスに寄ってみたかったの」と言ったので
「それじゃ、市街地を通って行きましょう」といとこは言うとハンドルを回した。
空港は、市街地の南側にあり高速道路で、二〜三十分ぐらいで街の中心に行ける。
アムステルダムはダイヤモンドの取引では世界で有数の街で特にユダヤ人がほとんど牛耳っている。
世界のダイヤモンドの取引はアムステルダムとニューヨークだ。
ニューヨークという町もイギリス領になる前に、一六〇〇年代の中頃にユダヤ人が先に入植しており、その頃はニューアムステルダムと言われていた。
それほどダイヤモンドとアムステルダムとは切っても切れない、深い関係があった。
しかもダイヤモンドの大半の生産地はキンバリーで、イギリス領ではあったが、イギリスのアフリカ縦断植民地政策に、当時対抗したのがオランダであったからキンバリーの人々にとってはオランダそしてアムステルダムは、イギリス帝国主義からの保護者的存在だった。しかも当時はヨーロッパでオランダが一番豊かな国だった。
それはユダヤ人の受け入れに一番寛大だったからだ。
アムステルダムの一番中心にあるスクゥエアーにある五階建てのビルがいとこの経営する会社のオフィスだった。
「昔と少しも変わってないわね」
と祖母が言うと、
「この町では変化がないことが安定で平和の象徴だと思っているよ、それは昔からそうだったからよく知っているだろう」
といとこが答えた。
他の者はただふたりの会話を聞いているだけだった。



第一楽章 〜第二十章 系図〜



いとこの邸はオフィスから三〇分ぐらいの郊外にあった。
さすが、ネザーランドというだけあってオランダの国土の大半は海抜ゼロ以下だ。
ネザーランドというのは低い土地という意味だ。
あちこちに風車が見える。水を掃き出すためだ。
いとこの邸は代々引き継がれたものだけあって、まるで城のようで、ホテルに泊まらなくてもいいはずだ、ホテル並みの大きさだ。とルノーは思った。
八時から夕食だと言われてそれぞれ部屋をあてがわれた。
夕食までの間、一階の大きな書斎兼図書室にみんなが集まって話し合った。
「まず当家の系図はありませんか」
と日本人が祖母のいとこに尋ねた。
いとこの父は祖母の父の長兄だったから当然代々の歴史を引き継いでいるはずだと日本人が思ったからだ。
「それが、・・・」
といとこが返答に詰まった。
「あるにはあるんですが、これが封印されているのです」
「封印とはどういう意味ですか」
とユダヤ人女性がまた質問した。
「わたしは父が亡くなる一年前にその系図やほかにもいろいろ代々引き継がれてきた品物を渡されました。」
「ただ父からこの系図については代々封印されていて、口頭で父は十八代目の当主だと祖父から伝えられただけなんです」
「そうするとあなたは十九代目だと、お父さんから言われたのね」
と祖母が言うと
「ええ、そうです」と言ったいとこに、
「ところでその系図は今どこにあるのでしょうか」
と日本人は真剣な面前で聞いた。
「この部屋にあります」
と言って広い部屋の奥にある壁一面のボードの右端にある小さな引出しを指した。
「見せて頂けますか」
とまた日本人が言った。
「いいですが、封印してあるから外から見たら何の変哲もない封筒ですよ」
「かまいませんから、お願いします」
「わかりました」
と言っていとこは奥のボードのところまで行って引出しを引いて、そして、ちょっと厚めのかなり古い紙の封筒を持ってきた。
封筒を受けた日本人は開けられない封筒を舐めまわすように見ていてある発見をした。
封筒の裏面の真ん中に何段かでいろいろな文字が書かれてあった。
「ここに書かれてある文字は何を意味しているのでしょう。」
「系図という意味の言葉だと思います。ただ一番下の文字は南ドイツ語と英語で書かれています」
「この国ではケースによってオランダ語、南ドイツ語そして英語を使い分けられるよう子供のころから教えられています」
たしかに「The Genealogy」と英語で書かれてあった。
その中にヘブライ文字が入っているのをユダヤ人女性が見つけた。
「これはヘブル文字で系図という意味です」
とびっくりしながら言った。
他にもポルトガル語、スペイン語、フランス語、ドイツ語そしてなんとアラビア語まであった。
「多分、代々の先祖の方々が移動してきた国なんでしょうね」
と日本人が呟いた。
「だけど封印されたのはいつの代からなんでしょう、口頭で伝えられてきた人はこの中の系図には記載されてないはずよ」
とルノーの母が初めて口を開いた。
「その通りだよ、なかなか鋭いね」
といとこは言った。
「その謎を解く鍵はこの部屋にあるんだよ」
と笑った。
その時、何も言わずに聞いていたナタリーが急に大きな声を出した。
みんなはびっくりしてナタリーの顔を見た。
ナタリーが叫んだのはこの大きな部屋の壁に飾ってある絵だった。
「あの絵の人、お母さんのアルバムにあった写真の人にそっくり」
と言ったのだ。
ユダヤ博物館にルノーに連れられて行ったあと、母の部屋で見たアルバムからホロコーストの犠牲者の名前がそのアルバムにあったことを発見した時の写真の人だった。
「あの写真はお祖母さんのお父さんよ」
と母が言ったが、
「父と叔父さんは顔がそっくりだったようです、あの肖像画はわたしの父です」
といとこが横から加えて、
「実はここには代々の当主の肖像画が飾られています、いずれ私のものも加わるでしょう」
「だけど肖像画は七つしかないよ」
とルノーが言った。
「それが、系図が封印されて以後の当主の証明をしているのです」
「そうするとここに七代の当主の方がいてあなたの父君が十八代目だから、十二代目の方から肖像画になっているんですね」
と日本人がいとこに向かって言うと
「ええそうです、だからここに封印してある系図には多分初代から十一代までのことが書かれているということです」
「そしてこのアムステルダムにやってきたのが十二代の当主であり、その前はどこにいたかはこの中を見ない限り分かりません」
「多分、この系図と書かれてあるいろいろな言葉の国を移動してきたんじゃないでしょうか、上から順に」
と母がまた鋭い洞察で言った。
「多分そうでしょうね、そうするとポルトガル語が一番上にあるから、ルーツはやはりポルトガルと言えますね」
と日本人は目を輝かせて言った。
「だけど初代から十一代までの間にスペイン、フランス、ドイツ、それとこれが分からないのですがどこの国を指しているのかヘブライ語とアラビア語が入っている」
「アムステルダムに行き着くまでに五つの国を移動していることになるわけね」
と祖母が言った。
「この封印はどうしても開封出来ないのでしょうか」
と真剣な眼差しで日本人がいとこに向かって尋ねた。
「アムステルダムに来てから七代の祖先が守ってきたのを私が破る勇気は今はありません」
「だけど手がかりはあります」
といとこは答えた。
「何ですか、その手がかりというのは」
「ここにある七つの肖像画にあります」
「肖像画のどこかに何か書いてあるのですね」
と日本人は言って、肖像画に近づいた。
その時、部屋のドァーがノックされて八時の夕食が用意できたと執事がいとこに伝えたので
「まあ、まだ時間はあるのですから、ここまでにして食事をしましょう」
と言って執事にみんなをダイニングルームに案内させた。
日本人は肖像画をまだ見ながら部屋を出ていった。



第一楽章 〜第二十一章 ポルトガル系ユダヤ人〜



ダイニングルームで豪華な夕食が始まった。
ルノーもナタリーも見たこともないような料理だった。
みんなで食事をしながら、いとこが先程の話しを始めた。
彼の話しだとオランダに住んでいるユダヤ人はほとんどがポルトガルから十六世紀から十七世紀にかけてフランスやドイツを経由して入ってきたスファラディー系だという。
いわゆる聖書に出てくるセム系で本物の古代ユダヤ人の血を引いている。
そしてほとんどのユダヤ人はアムステルダムでダイヤモンドの加工とその取引で財をなした。それはスファラディー系ユダヤ人がローマ帝国に滅ぼされた後、世界に離散した時、アフリカを南下した人たちもいてエチオピアでまず落ち着き、その後ケニア、タンザニアと比較的気候も温暖でナイル川もある東側をつたって南アフリカに行き着いた。そこで、ダイヤモンドの鉱床を発見したのがダイヤモンドの商いのきっかけだった。
そのユダヤ人とポルトガルやスペインに住み着いていたユダヤ人は、同じルーツだから交流があった。
ユダヤ人に比較的寛容だったイベリア半島のイスラム最後のナスル王朝は、アラゴンとカスティリャ両国の合併により強化されたキリスト教徒の国土回復戦争により一四九二年に滅ぼされ、同年ユダヤ人にキリスト教に改宗せずば追放との追放令が両キリスト王国によって発布された。そしてオランダ特にアムステルダムに行き着いたのが十七世紀から十八世紀だった。
ダム広場に集中しているダイヤモンド商はそういった歴史を経てきたユダヤ人だ。
一方、カスピ海近辺にカザールという国が昔あって、そのカザール人がユダヤ教に改宗して西へ移動して、ロシアから東ヨーロッパを中心にユダヤ人だと名乗る人たちがいた。
その人たちはセム系ユダヤ人とは違って白人で、人種的には聖書に出てくるアブラハムを祖とするユダヤ人とはまったく違う人種で東ヨーロッパにユダヤ人として住んでいる。
カスピ海を今でもイラン人はファルシー(ペルシャ語)で DARIUS KHAZAAR すなわちカザール湖と呼んでいる。彼らの使う言葉がイディッシュ語といわれドイツ語とヘブライ語が交ざった言葉だ。
そのアシュケナジー系ユダヤ人とスファラディー系ユダヤ人の交錯するところがドイツ・オーストリアだった。
ドイツでは十六世紀から十七世紀にかけてこの両ユダヤ人が混在しはじめユダヤ人の間でもしょっちゅう摩擦が起きた。
ナチスドイツの暴挙もこういった背景があったのだ。
アムステルダムを中心のオランダに住み着いたユダヤ人は、ほとんどスファラディー系だったのが幸いしてそれほどオランダではユダヤ人に対する迫害はなかった。
ただナチスドイツによる迫害は、オランダにも及びアムステルダムのあの有名になったアンネ・フランクのような悲劇が他にも山ほドァーったらしい。
アムステルダムのユダヤ人は、ダイヤモンドを商いにするスファラディー系だっただけにドイツでは定着しにくかったし、大航海時代のポルトガル・スペインにとってドイツとオランダでは、比較にならないほどオランダが先進国であって、ゲルマン人のドイツは所詮遅れた田舎であった。
実際、当時のオランダの人口は一五〇万人、イギリスが五〇〇万人、フランスは既に二〇〇〇万人を超えていたが一番金持ちの国はオランダであった。
さすがにアムステルダムでダイヤモンドの事業をやっているいとこだけにユダヤ人の歴史をよく知っていた。
「やはり自分の体にはユダヤ人の血が入っているのでは」
とルノーはその説明を聞いて思った。
系図にあったいろいろな国の言葉の中でヘブライ語と特にアラビア語でなぜ系図と書かれているのかこれにはみんな想像すら不可能だった。
ただユダヤ人女性の話しだと、このヘブライ語は現代のヘブライ語ではなく原型であったヘブル文字に近いものだと説明したことから、この文字で書かれているということはかなり古い話しになる。
しかし、系図はせいぜい今から四〇〇年程前のものと思われるので、この古代ヘブル文字が何を意味するのか、そしてその下にあるアラビア文字これは一体何なのか。
その謎を解く鍵はいとこがある程度知っていた。
それは、代々続いている一族の宗教だった。
代々一族はプロテスタントだ。しかしそれはアムステルダムに来てからで、その前はカトリックだったそうだ。これは口伝えで伝えられてきた。しかしその前はキリスト教だがエッセネ派という、実体は原始ユダヤ教に近いイエスの根本的な教えを踏襲している宗派だ。この宗派はイエスの生誕の数十年前にできたユダヤ教の一派で、救世主降臨が近いという教義であった。そしてイエスを少年期からその救世主と認めていた。
イエスもこのエッセネの小スクールで学んだことがある。
なぜそれが分かったのか、その鍵が七つの肖像画だった。
一族としてはプロテスタントであっても、源流はエッセネ派だ。
そのそれぞれの当主のエッセネ派名が肖像画の右下に書いてあったのだ。
「あなたのお父さんはどうだったの」
「私の父はプロテスタントだったわ」
と祖母がいとこに聞いた。
「私の父ももちろんプロテスタントです。表向きは」
「あれが父の肖像画です。右下に書いてあるでしょう」
と言うと、日本人がその肖像画の前に行って見たら、画家のサインがされる場所に書かれてある文字を見た。
「これはヘブライ文字じゃないですか」
ユダヤ人女性が近づいて行ってその文字を見た。
「これは古代のヘブル文字でJ-SSNRSと書かれています」
とユダヤ人女性が説明した。
「Jは父のファーストネームのイニシャルです。SSNRSはエッセネネストリウスという意味のヘブライ語です」
ヘブライ語は世界でも珍しい言語で母音が一切ない。すべて子音だけで前後の文章や語彙で母音を判断して発音する、変わった言語なのだ。
「この横の肖像画はあなたのお祖父さんですか。」
とまた日本人が言った。
「ええ、そうです」
「この文字もヘブライ文字のようですね」
「M-SSNRSと書かれています」
「そうするとわたしたち一族は、本当はプロテスタントではなかったの」
と祖母がいとこに言った。
「そういうことになるね」
といとこが答えた。
みんな顔を見合わせて首をひねった。一体どういうことなのかと思っていた。
「あなたは、ところでどうなの」
と祖母がいとこに尋ねた。いとこは少しの間黙っていたが、決心したように口を開いた。
「わたしも、もちろんエッセネ派です。表向きはプロテスタントだがね」
と答えたのには、みんな納得したが、その後の彼の説明には全員仰天した。
「このヘブライ文字と同じことが絵の裏側にペルシャ語で書かれてあります」
アラビア語だとみんな思っていたのは実はペルシャ語だったのだ。
「なぜペルシャ語でも書かれているのですか」
と日本人は訊ねた。
「そこがわたしもよく分からないところなのですが、エッセネ派とペルシャのゾロアスター教との間に何か関係がありそうです」
「だけどゾロアスター教は拝火教と言われるようにいわゆる光信仰でしょう。エッセネ派は逆に暗闇信仰だからまったく逆のはずよね」
とここでも知性のあるところを母は披露した。
「よく知っているね、そこまで知っている人は一般ではまずいないね」
といとこも母の博識に感心した。
「宗教というものは奥が深いということだ。原始宗教というものが教えるところは結局みんな同じなんだろうね。万教同根ということだ」
といとこは話しながら急に襟を正して言った。
「わたしは当主になった年から、毎年必ず中国の西安、昔は長安と言っていましたが。それと日本の京都に行っています」
この言葉で日本人の顔色が変わった。
ルノーとナタリーは何が何だかさっぱり分からなかった。
キリスト教エッセネ派といっても実体は原始ユダヤ教だ。
そのユダヤ教もルーツを辿ると公式には紀元前七世紀のアケメネス朝ペルシャ時代にゾロアスターによって開かれた拝火教にいたる。
その発祥は紀元前二〇〇〇年とも言われる最も古い宗教のひとつだ。
インドとは、人種的に同じアーリア系ということもあってこのゾロアスターの教えは、インドのシバ神もゾロアスターからあった神であるし、ユダヤ教の神ヤーベェが言った『我は初めであり、終わりである』と言った言葉もゾロアスターが『光の主』としたアフラマズダーが預言として言った言葉を引用している。
ゾロアスターからユダヤ教、ユダヤ教からキリスト教エッセネ派と表向きはまったく違う宗教が原点を辿っていくと同じところに行き着く。
どうやら宗教の世界にも表の顔と裏の顔があるらしい。
人間の歴史も辿って行くと表の顔と裏の顔がある。
そして裏の顔が実は真実なのだ。
この一族の歴史も同じことが言えるのだった。
表向きはプロテスタントだ。だが実際はエッセネ派、すなわちユダヤ教だ。
ユダヤ人とユダヤ教との関係は複雑だ。
純粋の人種としてのユダヤ人は古代セム系人種だが世界に散らばるユダヤ人はユダヤ教徒をもってユダヤ人としている。
そういう点においては、一族はユダヤ人だと言える。
ナチスドイツの時代、アムステルダムのある北部オランダはプロテスタント系でしかも一族は、表向きはプロテスタントだったから、ダイヤモンドの商いをやっていたが難を逃れることが出来た。
しかしフランクフルトではそうはいかなかった。プロテスタントであってもユダヤ人が儲けている商売と同じ商売をやっていることがドイツ国内では宗教よりも優先された。
それだけ第一次大戦での敗北の経済的ダメージは大きかった。
ヒットラーが選挙で選ばれたのも経済復興政策を国民から支持されたのが最大の理由だった。
アウトバーンを建設したのもヒットラーだったし、フォルクスワーゲンの大衆車をつくったのもヒットラーだった。
ヒットラーの最重点課題はドイツの経済復興にあったことを歴史家は見逃しがちだ。
その経済復興に最大の障害になったのがユダヤ人の経済力であったことが、あの悲劇を生んだ歴史の裏の顔だ。
アムステルダムでダイヤモンド商をしていた一族はアムステルダムでもユダヤ人迫害があったにも拘わらずプロテスタント故に助かった。
フランクフルトにいた祖母の両親はプロテスタントでもダイヤモンド商をしているだけで悲劇に遭った。
長い歴史の中での民族、国家の争いは宗教と経済の相関関係で起こる。
政治問題ではまず戦争は起こらない。話し合いで解決するものだ。
長い歴史を持つ一族はこのことをみんな熟知している。
アムステルダムの一族とそこから分かれたフランクフルトの祖母一族のこの悲喜劇はこういった複雑な宗教と経済の相関関係に振りまわされた結果だと祖母は思った。
ルノーと日本人の頭には宗教のことよりも、祖母のいとこが言った中国の西安と日本の京都に毎年行くという話が離れなかった。



第一楽章 〜第二十二章 西安と京都〜



なぜいとこが中国の西安と日本の京都に、当主になってから毎年行く必要があったのか、誰にも想像すらつかなかったが、いとこの話しだと彼の父もそうしていたらしく、彼に家督を譲るときに申し渡されたらしい。
その時に西安には徐という一族がいて、京都には秦(はた)という一族がいてずっと昔から姻戚関係にあるということだった。
いとこの代になってからも彼はこの両家との付き合いを続けている。
しかし姻戚関係といっても相手はれっきとした中国人と日本人だ。
ルノーは思った。
「一体自分の体にはどれだけの民族の血が流れているのだろう」
「姻戚関係とはどういう意味ですか」
と日本人が言ったがルノーは聞きたくても聞けないだけに何か代弁してもらったような気がした。
「代々当主に娘がいたら必ず徐家と秦家に嫁がせることになっていたようです」
「それはいつの頃からなの」
と祖母が聞いた。
「さあ、それは分からないが両家に行けば分かるのじゃないかな」
「初代の方の時代はポルトガルにおられたのではないのですか」
と日本人が聞いた。
「ええ、そうです。初代の時にキリスト教国のアラゴン・カスティリャ両王国が、当時イベリア半島南部を支配していたイスラムのナスル王朝の首都グラナダに侵攻し、ナスル朝を滅亡させ、グラナダにかたまっていたユダヤ人にキリスト教に改宗するか、追放されるかの選択を迫りました。一四九二年のことです」
「初代は、別にスファラディー系ユダヤ人ではなくて、純粋のポルトガル人だったのですが、カトリックの偽善性に疑問を持ち、宗教者としてユダヤ教とキリスト教を研究している中でエッセネ派ネストリウスに出会い、これこそ聖書を正確に具現している教えだということを発見するのです」
「では、改宗せずにポルトガルを出たのですか」
「いえ、留まります」
「そんなことが許されたのですか」
とユダヤ人女性が不思議そうな顔をして聞いた。
「エッセネ派ネストリウスだから許されたのです」
「なぜです」
「イスラムにとってユダヤ教はルーツです。その上エッセネはまさに、原始ユダヤ教でマホメットの書いたコーランの教えに共通することがたくさんあったからではないでしょうか」
そして、結局三代目までポルトガルにエッセネ派のままでいて、三代目がこの教えが一〇〇〇年も前に中国や日本に伝わっていたことを知って、一五六五年に中国から日本に渡り、布教活動をし、一五六九年に当時日本を治めていた武将に出会うことになる。
日本では七世紀にエッセネ派の教えは景教という名で伝わっていた。それを日本で広めたのが秦家だった。
秦家は紀元前の、中国の秦王朝の末裔で、その秦王朝の都が長安だった。その長安で秦王朝に仕えていたのが徐家だった。
三代目はそのことを知っていたから長安と日本の京都に行きたかった。
そしてエッセネ派の教えを広めたかった。
幸いにも日本の支配者がそれまでの日本人にはなかった新しいタイプの人物だった。
そして三代目を厚遇した。
その日本の支配者は三代目のためにセミナリオという神学校まで建ててくれたが、三代目が日本に落ち着いて布教活動に本格的に動き出した矢先、その支配者が部下の反乱に会い、五〇にならずして京都で憤死するアクシデントが発生した。
その反乱者を討ち滅ぼした家来が天下人になったとき、恋仲になっていたその憤死した武将の娘と一緒にポルトガルに帰ったのだ。
「その時、このメノーラも一緒に持ち帰ったのでしょうね」
と祖母が言って、ユダヤ人女性に目配せをした。
彼女はダイニングテーブルの下に置いてあったメノーラをテーブルの上に置いた。
いとこは驚いた様子でしげしげとメノーラを見てそして、
「これとまったく同じものが西安の徐家と京都の秦家にも、今でもあります」
「まさか、それと同じものがフランクフルトのユダヤ博物館にあるとは驚きですね」
と言った。
「今でもあなたは毎年行ってらっしゃるの」
と祖母は尋ねた。
「ええ、行っています。内密旅行ですがね」
「毎年四月十九日に秦家である儀式に出席するためです」
いよいよこれは新たなる真実が湯水の如く出てくると日本人が胸をおどらせている様子をルノーはただ傍観者のように見つめていた。
自分のこれからの人生に大きな影響を与えることになろうとは夢にも思っていなかった。



第一楽章 〜第二十三章 系図と花紋書〜



メノーラをテーブルに置いて日本人はその中にあった花紋の証明書をいとこに見せると、
いとこは日本人からこの証明書の内容を聞いて
「多分、西安にあるメノーラにも、京都にあるメノーラにも同じものが入っている可能性はありますね」
と言って何か思いつめた感じだった。
「大体、わたしたちの祖先のルーツがはっきりしてきたようね」
と母が言うと、
「結局ユダヤ人であっても、ユダヤ人でなくても、人間の性が悲劇を日々生んでいるのでしょうね」
「悲しいことね」
と祖母が言った。
「確かに、ユダヤ人でなかったのに同じ惨劇にあったことは不運といえば不運かも知れないけれど、だからと言ってユダヤ人だったら仕方なかったということも不条理なことですね、人間の世界というものは」
と母がため息をついた。
母の言葉を聞いたユダヤ人女性の目から涙がおちた。
「国を亡くするということがどんなに辛いことか、それを知っているのは我々ユダヤ人だけです」
「国がある人は国のある幸せを感じないものです、特に我々日本人は島国で隣の国という意識を持たないで来たから余計そのありがたさが分からないんです」
確かにユダヤ人と日本人は両極にある民族だ。
ホロコーストという悲劇を味わったユダヤ人。人類で被爆経験を唯一持っている日本人。
ホロコーストはギリシャ語で『丸焼き』を意味する言葉で、そしてユダヤ教で丸焼きの供物を神に捧げることから使われ出した言葉だ。
戦後、ナチスドイツの虐殺はジェノサイドと言われていた。
一九四八年に国連でジェノサイド条約が採択され、人間の歴史であまりにも多い国民、人種、民族ならびに宗教上の集団を迫害し殺害する行為を、国際犯罪としたことからジェノサイドという言葉が生まれ、その後一九三三年から一九四五年に至るナチスドイツによるユダヤ人の迫害と殺戮のみをホロコーストと呼ぶようになった。
しかし、日本人もアメリカによって丸焼きにされたのは事実だ。そういう点ではユダヤと同じだ。
ここに逆説的共通点がユダヤ人と日本人にある。
このことを現在の日本人が殆ど認識していない。と日本人は深刻な顔をして説明した。
ルノーも確かに日本人の言う通りだと思った。
原爆を人間が密集する町のど真ん中に落とすアメリカ人もナチスドイツと少しも変りはない。
それなのに、アメリカはそのことで世界から非難されない。不条理な話しだと思ったら無性に腹が立ってきた。人間の世界の不条理というか、アンフェアーなことに。
「系図を開けてみましょう」
と突然いとこは言い出した。
「今の話しを聞いていて、我々の祖先のやってきたことに疑問を感じ始めました。」
「その昔の日本を支配した武将のことを知りたくなりました」
「そうね、その方の当時のいろいろやってこられたことを研究すれば、人種差別や民族紛争による悲劇を避ける方法が見つけられるような気がするわね」
と冷静な母が目を輝かして喋った。
「その鍵を握っているのが系図だね」
「よし、開封してみよう」
といとこは言った。
食事もほぼ終わって、お茶はさっきの書斎で、みんなで飲みながら続きの話しをすることになった。
いとこが決意して封印してある系図を開けるという。
十一代までは系図に書かれているはずだ。
十二代からはこの邸でいとこの十九代まで続いてきたことは肖像画で明らかだ。
アムステルダムに来たのは十二代目の当主で一八二一年のことだ。今から一七九年前のことだ。
この邸は一七九年も前に造られたのだ。
祖母もこの邸のことは良く知っていた。当主の家系ではなかったが何かあると祖母の父が母と娘を連れてこの邸に来たことがあるからだ。
オランダはスペインから独立した国だ。オランダは一六四八年のウエストファリア条約で正式に独立承認されたが、実質的には十六世紀末に独立を達成していた。一五七九年ネーデルランド北部の七州は、ユトレヒト同盟を結成し、一五八一年ススペイン人に対する独立宣言をしたのだ。その前から北部の北海沿いの地域と南部内陸地域と宗教上の違いで分断されていたのをスペインにつかれて属国にされていた。
オランダという言葉も北部海岸沿いの地域の名前からきている。この地域はプロテスタントで南部内陸地方はカトリックだった。
スペインは、カトリックで北部海岸沿いオランダ地方のプロテスタントを弾圧しようとして、当時のスペイン国王フィリップ二世が攻め込んだが、失敗してネーデルランド王国が誕生した。
以来オランダはプロテスタントでユダヤ人には寛大だった。
十二代から一七九年も続いているのも、表向きはプロテスタントを装っていたが実際はユダヤ教の流れのエッセネ派であってもそれは自然に分かるものだ。
だが、ここまでこられたのはやはりこの国の生い立ちと関係があったからだ。
南に位置するベルギーだったらそうはいかなかったはずだろう。
カトリックにとって、ユダヤ人はイエスを売った裏切り民族だという観念で凝り固まっている。
いとこが十一代目までの系図の封印にはさみを入れた。
中からほとんど茶色に変色した一枚の紙が何枚にも折って入れられてあった。
開くとかなり大きな紙の系図だ。
上から人の名前が順々にポルトガル語で書いてあった。
日本人が三代目の名前を見つけた。
「やはり間違いありません」
「日本に一五六五年に来た宣教師の名前が載っています」
その名前の横に日本人の名前がアルファベットで書いてあった。
『NOU』と。
「この日本の英雄には四人の男子がいました。そしてその名前は歴史書でもはっきりしていますが、女子ははっきり残っていません」
「多分、NOUと呼ばれる方だったんでしょうね」
と祖母が言った。
「だけどその下に書かれてある人たちが三人いますがポルトガル語ではないですね」
「この三代目の宣教師と日本の女性との間に生まれた子供たちでしょうが、どうして言葉が変わったんでしょう」
と日本人は不思議に思った。
「これはヘブライ語です」
とユダヤ人女性が口を開いた。
どうやらここらあたりから話が複雑になってきそうだとルノーは黙って聞きながら思った。



第一楽章 〜第二十四章 新たな花紋書〜



系図を開いて大きな会議テーブルの上においてみんなで見ているとナタリーが、
「まだ封筒の中に何かあるみたい」
と叫んだ。
系図を見ていたみんながいっせいにナタリーの顔を見た。
ナタリーは急にみんなが自分に注目したので顔を赤らめた。
いとこが封筒の中に手を入れて、そして白い日本の和紙のような紙を引っ張り出して、そして開いてみた。
「これもメノーラの中にあった花紋と同じものですね」
と言ったので日本人が手を差し出して求めた。
そして読み始めた。
「あかしのふみ。われは、にほんのくにをおさめるものなり。さきのためにここにいっぴつかきとどめておくなり。わがひめ、おのうを、われこのましきこのばてれんのしに、あたえるものなり。われののぞみは、とおくなみのかなたにまでおよぶものなり。ひつじょうなり、このばてれんのしの、くにもとまでいかんことを。してのおりのためにあかしのしるしとしてこのふみをもたせるものなり。てんしょうきゅうねんしはす」
「この手紙をおのうという娘に持たせた年は本人が家来の裏切りで自害した年の前年の十二月になっています。自害したのは翌年の六月二日ですからその六ヶ月前のことですね」
「それと将来ポルトガルの国まで遠征するとも言っていますし、宣教師だった三代目のことを気に入っていたと書いています。」
「これはメノーラにあったものと内容が違いますね」
と祖母が日本人に聞いた。
「あれは単純に自分の娘と証明できるものを持たせたようですが、こちらのものは本人の考えていることが明らかに書かれていて歴史的価値は相当なものでしょうね」
と日本人は答えた。
「だってヨーロッパまで進出するとはっきり書いてあるのですから」
と加えた。
「もしその翌年の六月の事件がなくて、もっと生きておられたら本当にヨーロッパまで来られたでしょう。きっと」
と祖母が強い口調で言い放った。
そのときまたナタリーが叫んだ。
「小さな紙が落ちたわ」
と言ってテーブルの下から紙きれを拾って日本人に渡した。
「日本史とだけ日本語で書かれています」
「どこかに宣教師だった三代の方が書いた日本史という本があるかも知れません」
みんな何か手がかりがないかとそれぞれ思いを馳せた。
「系図は昔からあの戸棚の引出しに置いてあったのですか」
「ええ、わたしが父から教えてもらったときはあの引出しでした」
日本人は戸棚の側に行って回りを見渡すと
その戸棚のすぐ横に小さな日本製と思われる黒い漆塗りの手下げ書庫のようなものに気がついた。
「これは!」
と日本人がいとこに尋ねた。
「これも昔からそこに置いたままのものです」
「ただ開け方が分からないので、誰も触れたこともありません」
「からくり箱になっているのでしょう」
「からくり箱は日本の伝統のものですから当時日本から持ち帰ったものでしょうね。」
ナタリーが興味を持ったらしくその箱を最初は見ているだけだったが、だんだん気に入ったのか開けることに熱中しだした。
からくり箱というのは、大工職人が昔よくつくったもので、外観はなんの変哲もない木の箱だがどこにも引出しの引き手がない。
どこから開けるのかさっぱり分からない。名前のようにからくりが施されている。
最初のきっかけさえ見つければあとは簡単だ。
ナタリーが箱の真ん中の部分を横から押してみた。すると箱の右端のところから左の方向へスライドをさせるとカタカタと音がした。
カタカタという音とともにちょうど薄い板が左に動く分だけ箱のうしろ側では上下に同じ幅の薄い板が動いた。
完全にスライドさせると、後ろ側の板も下から上に完全にスライドして、その一番上のところに四角い小さな凹んでいる部分が現れた。それを押すと、急に反動で四角い部分が前へ出て来た。それを引っ張ると、何と最初に右から左にスライドさせて現れた中の部分が、引出しになっていて前へ出て来た。
引出の中は空だった。
同じように引出しを戻して、最初の状態から真ん中の部分を、今度は左から右にスライドさせて行くと、真ん中の引出しが出てくる。
そして最後の、一番下の引出しの中に黄色く変色した紙の束が入っているのを、ナタリーは見つけた。
まわりでみんなが黙ってナタリーのおもちゃと遊んでいるような姿をじっと見ていた。
中から紙の束を出してナタリーは日本人に渡した。
三センチメートルぐらいの厚さの束だった。
日本人は一番上の紙に書かれてあった文字を見た。
「Historia Japonesa」と書かれてあった。
「これは本人直筆の日本史の原本でしょう」
「日本でも彼の書いた日本史が後世になって伝わってきて、今ではいろいろな人が翻訳したものがあります。わたしもほとんど全部読みました」
「それじゃ、これがその元になるもので三代目の方が書いたものなんですね」
「内容はどうなのかしら」
と祖母がつぶやいた。
「中はポルトガル語で書かれているようです」
「わたしは、ポルトガル語は読めません。」
と日本人が言うと、
「わたしが読めます」
と母が言った。
「やはり母はポルトガル語も出来たのか」
とルノーは母の顔を見て驚くとともに、彼女を母として持ったことを誇らしく思った。



第一楽章 〜第二十五章 日本への思い〜



「どんなことが書いてあるの」
と祖母が母に聞いた。
母はしばらくその本をパラパラとめくっては読んでいた。
「まず、三代の祖先がこの本は公式の日本史では書けない部分を後世に残す為に書いたこと、そして一番大事なことは、その日本の支配者が亡くなった後の歴史であまり良く書かれていないで誤解されていることを知って真実の姿を後世に伝えなければならないと思ったことだ。と最初に書かれています」
「それじゃ日本に伝わっていない分があるわけですね」
「そうだと思います」
「特にその方の人となりを細かく観察されて書かれているのが多いですね」
「例えば、どんな風に。」
と祖母が聞いた。
祖母はその日本の武将に関心を特別持ったようだ。
「わたしも読んで感動したところがあるの、詠んでみましょうか」
と母がみんなに聞いてみた。
もちろん誰も聞きたくないはずはない。
「それじゃ」
と言って母は詠み始めた。
「彼は、日本人にしては、背は高い方で、しかもスリムで、いかにも節制し、鍛え抜いた体格をしていた。その後、発表された彼の似顔絵では、癇の強い神経質な顔つきに描かれているが、実物とは似ても似つかぬ顔つきで、これは明らかに、彼に対して悪感情を持っている者の意図が働いているとしか思えない。
実際の彼は、濃い髭をはやし、精悍そのものの顔つきをしていた。
彼は正義心が強く、一個人の人格としてのプライドは強烈なものを持っていた。そのプライドは、血統や身分などをまったく考慮しない、一人の人間として持つ能力に対する自信から生じたものだった。自己の能力を向上させるためには如何なる努力も惜しまず、若いときからしていたと、本人も後年述懐していた。
身分が低い者でも実力のある者なら重用したのも、彼のそういった公正な判断力からだった。
戦を非常に好んだのも、自己の実力を試してみたいという思いから発したもので、それだけに、常に自己を律し、修練することは怠らなかった。そして他の家来にも同じ努力を要求したから、彼の期待に応えられる者はよかったが、そうでない者に対しては苛烈なものであったことは容易に推測できる。
したがって、自らに加えられた屈辱に対しては目には目、歯には歯で徹底的に対応する一方で、ときには人情味と慈愛を示すという、極端さがあった。
自己を律するために、睡眠は極端に短く、特に朝早く起きることの出来ない者は、他に良い面があっても、絶対に評価しなかった。また食事も徹底して節し、酒も堕落の素として決して口にしなかった。そして身のまわりを常に清潔にし、だらしない人間を徹底的に排した。だから人と話をする際も、まわりくどい言い方や、だらだらした前置きを嫌った。
彼は驚異的な知性と明晰な判断力を持ち、戦運が自己に不利になっても、最後には必ず道を切り開いてみせる自己に対する信頼を持って物事に対処し、そしてその通りにしてきた。ある意味で奇跡を生む能力を持っていたが、それは神仏のお陰ではなく自己の努力の結果であると信じ、人間の能力の差は身分や血統ではなく、努力の差で生まれるだけであるという公正・平等主義に徹した人物だった。
とにかく、我々キリスト教を布教する宗教者も驚くほどの禁欲主義に徹した人物だった。といって宗教に対する姿勢は、神や仏の一切の礼拝、尊敬や、あらゆる迷信的習慣を無視・軽蔑していた。だから父の葬儀にも、他の者があきれるような振る舞いをしたという。
我々宗教者に対しても確固たる信念で接し、それまであった既存の仏教者の生き様に不信感を持ち、その後彼らに対して徹底した弾圧・殺戮の見せしめをしながらも、真摯に生きる宗教者には、たとえ我々のような異人であっても過分なほどの保護をしてくれる人物であった。そういう点から見れば、決して神をも恐れぬ無神論者だと決めつける訳にもいかない不思議な人物と言える。
それは、言い換えれば徹底した合理主義者であったのだろう。
自身にも厳しく、他の者にも厳しく対応した、率先垂範を地で実践した指導者で、ヨーロッパ諸国の支配者にも、これほどの人物を見たことはない。
戦に勝利した際にも、決して敗北者に対する暴行・略奪・強姦を許さず、支配者のみ処断し、その国の民には一切責任はないとしたポリシーは、当時の日本のみならず、ヨーロッパ諸国においても例のないことだった。
それ以外にも、彼の実行した政策は、ヨーロッパ諸国でも誰も為し得なかったものが多い。
たとえば、道路の整備をし、治安を良くし、それまでいたる処にあった通行税を取る関所も廃止して、往来を自由に出来るようにした。その結果、彼の治世になると、人々は夜でも旅行できるようになった。
彼のこの好意は民衆から歓迎された。一般の人々はますます彼に心惹かれ、彼を主君に持つことを喜んだ。
当時、名将と呼ばれる領主が、他にもたくさんいたらしいが、そういった国々でも、彼が替わって領主になることを民は期待したという。僧侶や他の領主にとっては悪魔の化身であっても、民にとっては最高の領主であったのだ。
市場を開放し、自由に商いをやれる制度をつくったことなどは、世界で類のない、画期的なものばかりだった。
不幸にも、家来の裏切りにあったが、わたしにいろいろとヨーロッパの事情を聞く彼の目には、いつしか日本のみならず、世界に自分の考えを広げて行こうとする思いがあったような気がしてならない。
そう思うと、イエスキリストの教えを広めて、民を救っていくことを標榜しながらも、実は、自国の植民地政策の片棒を担いでいる自分たちに失望せざるを得ない思いをさせた、世界で唯一の人物だったと言えよう」
母はここまで詠んでため息をついた。
「現代の世界でも、これだけ民衆のことを中心に考えた為政者がいるかしら」
と祖母が感動して言った。
「今の日本は表面的には、平等な民主主義社会をうたっていますが、実体は、これほど巧妙に仕組まれた特権階級社会はありません。この武将が関所や道路の通行税を免除したのに対して、今の日本は、道路を造る費用は国民の税金でまかない、その時、通行料金は償却したら無料にすると言っておきながら、無料どころかどんどん料金を上げ、その収入で自分たちの天下りの受け皿を作り、結局自分たちの懐を肥やしている。まったく、当時の堕落した僧侶たちと同じことが為されているのが実体で、日本国民もそのことに黙っている。困った国です」と日本人がため息をついた。
今から四〇〇年以上も前にこんなことを考え、実行した人がいたのか、しかもひょっとしてその人の血が自分にも。とルノーは感激した。
「たしかに二〇世紀に起きたことは、この方がいたら絶対にさせなかったとわたしは思います」
とユダヤ人女性も感激していた。
「そんな立派で、民衆から慕われていた人がどうして暗殺されたの」
と突然ナタリーが叫ぶように言った。
その質問に誰も答えることは出来なかった。
「「あなたがたの中に今まで一度も罪を犯したことのない者だけが、この娼婦に石を打つ資格がある」
とイエスが言ったらみんな黙って去っていった」
祖母がぽつりとみんなに向かってつぶやいた。
この『Historia Japonesa』のもうひとつの重要なテーマであり、かつホロコーストに巻き込まれた忌まわしい出来事の決着をつけるための、一族のルーツの解明をこの本がつけてくれるはずだとルノーは母のこの本の主旨の説明を聞いて確信した。
今まではユダヤ人の血が混ざっているのではと、内心恐れていたことは確かだった。
ナタリーもそう思ったからショックを受けて家出までした。
口では人種差別は不条理だとか、ヨーロッパ諸国の、過去の植民地帝国主義の横暴さを批判していても、こと自分の問題としてふりかかってくるとすべては他人の奇麗事であることを人間は露呈する。
そう思うとルノーは自己嫌悪におちた。ナタリーも横で同じような思いになっているようだった。
母が言った人間のエゴが為す不条理が、人類同士で傷つけ合う愚かさを繰り返すという意味が、はっきりと自分の体でわかったと、ルノーは確信というより決意と言った方がよい気持ちになっていた。
三人の子供はヘブライ語で系図に書かれてあった。
その言葉から、一人の男子と二人の女子だと思うとユダヤ人女性は説明した。
しかし、名前から察するに宗教上の問題からあえてヘブライ語で書かれたのだろうと思われる、その宗教上の問題とはエッセネ派との関りだと思うと、ユダヤ人女性は自分の意見だがと、注釈して言った。
現在でも一族は表向きプロテスタントと言っており、実際はエッセネ派を信仰している。
エッセネ派はイエスが学んだユダヤ教の原点でキリスト教の原点ともいえる。
宗教改革がルターによってなされたのは一五一七年で、正式に認められたのは一五五五年のアウグスブルグの宗教和議だから、当時まだプロテスタントは生まれて間もなかった。
だからカトリックからの弾圧を恐れて表向きはイエズス会を装っていたが事実として後世に残すためにヘブライ語で名前を書いたに違いないと日本人も同意見だった。
いわゆる洗礼名だろうと。
だから実名は別にあったはずだ。
系図を見ていたいとこと日本人が顔を見合わせて言った。
「この一人の男子が四代目ですね」
「間違いないでしょう」
「そして二人の女子が中国の徐家と日本の秦家に嫁いだと」
「そう考えてもいいでしょう」
とふたりで何度も顔を見合いながら頷くのだった。
「その二人の女の子が中国と日本に行ったと書いてあるの?」
と祖母が聞くと
「本にはそのことは書いてないようよ」
と母が答えた。
「系図にはその二人の女子の横に一人はXUWEIと、もう一人はHATA-Nobumasaと書かれてありま。」
と日本人が説明した。
「やはり、口伝えで代々伝承されてきたことは間違いなかったのね」
と祖母が言った。
これで自分の血のルーツははっきりしたとルノーは思ったが、何ともいえない複雑な気持ちが彼を襲った。
「わたしを日本に連れて行って下さい」
とルノーは無意識に言っていた。
「わたしも日本に行きたい、ルノーと」
とナタリーも咄嗟に叫んだ。
母は何も言わずに頷いた。
「お父さんに相談しないでいいのかい」
と祖母が訊ねたが、母は言った。
「家を出てくる時、こういうことを予想して、お父さんとは話してきたの」
「それじゃ、何もいうことはないわね」
「ルノーとナタリーのことお願いできるかしら」
と祖母が日本人に訊ねると
「喜んで、わたしの家に来てもらいますから安心して下さい」
「ありがとう」
これがルノーとナタリーの新しい人生の船出における最初の言葉だった。