第二十二章 二十一世紀のイデオロギー

概念 vs. 観念
わたしたち人間は概念の生き物です。
つまり、考える生き物です。
まさに、「人間は考える葦である」。
つまり、映像を現実と勘違いしています。
考える生き物は、神の概念=時間の概念=死の概念で以って生きています。
他の生き物はすべて観念の生き物です。
つまり、在る生き物です。
つまり、自分独りで生きています。
在る生き物は、神の観念=時間の観念=死の観念で以って生きています。
神の概念は、間違った神の観念に他なりません。
つまり、人間が勝手に捏造した宗教は間違いです。
つまり、自然(地球)や宇宙の法則が正しいのです。
時間の概念は、間違った時間の観念に他なりません。
つまり、人間が勝手に捏造した過去・現在・未来は間違いです。
つまり、『今、ここ』が正しいのです。
死の概念は、間違った死の観念に他なりません。
つまり、人間が勝手に捏造した“自分もいつか必ず死ぬ”という考え方は間違いです。
つまり、自殺(自然死)が正しいのです。

「二十一世紀のイデオロギー」の意義
“自分もいつか必ず死ぬ”という死の概念。
誰もが当たり前のように思ってきた死の概念が実はとんでもない錯覚だった。
未だ来ぬ未来の出来事を恰も過ぎ去った過去の出来事のように錯覚する。
誰もが当たり前のように思ってきた時間の概念が実はとんでもない錯覚だった。
神のみが人間が勝手に捏造した概念の問題解決者だとするなら、神を捏造(創造)したのもまた人間であり、神は天地創造者では決してない。
誰もが当たり前のように思ってきた神の概念が実はとんでもない錯覚だった。
死の概念=時間の概念=神の概念という自己矛盾も甚だしいとんでもない錯覚だった。
わたしたち人間は、死をタブー視し、自殺を罪悪視していながらも絶対絶命の窮地に立たされると、無意識の中で死のことを考えます。
死の概念は、わたしたちの遺伝子にまで深く染み渡っています。
わたしたち人間は、知性的な者のみならず感性的な者でも絶対絶命の窮地に立たされると、無意識の中で未だ来ぬ未来と過ぎ去った過去を同時に捉えてしまいます。
時間の概念は、わたしたちの遺伝子にまで深く染み渡っています。
わたしたち人間は、有神論者のみならず無神論者でも絶対絶命の窮地に立たされると、無意識の中で“神さま!たすけてください!”と胸の内で囁いてしまいます。
神の概念は、わたしたちの遺伝子にまで深く染み渡っています。
死の概念=時間の概念=神の概念という自己矛盾も甚だしいとんでもない錯覚を当たり前だと、わたしたちひとり一人の遺伝子にまで深く染み渡っているのです。
“差別は絶対よくない”
“不条理は絶対よくない”
“戦争は絶対よくない”
わたしたち人間ひとり一人がこのことを信じて疑わないのに、差別・不条理・戦争が絶えないのは、わたしたちひとり一人の遺伝子に深く染み渡っている死の概念=時間の概念=神の概念という自己矛盾も甚だしいとんでもない錯覚の所為であります。
まさに、建前と本音が混在する分裂症生き物・人間の所以であります。
「二十一世紀のイデオロギー」の意義がここにあるのです。

四苦八苦の根源
“自分もいつか必ず死ぬ”という死の概念。
未だ来ぬ未来の出来事を恰も過ぎ去った過去の出来事のように錯覚する時間の概念。
天地創造者であり人間の上位に位置する神の概念。
結局の処、概念とは実現不可能な考え方に他ならないわけです。
神の概念=時間の概念=死の概念は、わたしたち人間にとって制御不可能な問題であります。
実現不可能なこと、制御不可能なことを考えるのが、「考える葦」である人間なのであります。
概念とは、実現不可能なこと、制御不可能なことに他なりません。
観念とは、実現可能なこと、制御可能なことに他なりません。
死の概念=時間の概念=神の概念という自己矛盾も甚だしいとんでもない錯覚から、わたしたち人間は、実現不可能なこと、制御不可能なことである概念を、恰も、実現可能なこと、制御可能なことである観念に摩り替えてしまった。
実現不可能なこと、制御不可能なことである概念を表面にして、実現可能なこと、制御可能なことである観念を裏面にした一枚のコインを捏造してしまった。
間違った二元論、つまり、好いとこ取りの相対一元論の誕生です。
“(実現・制御不可能な概念である)生が好くて、(実現・制御可能な観念である)死が悪い”
“(実現・制御不可能な概念である)オスが好くて、(実現・制御可能な観念である)メスが悪い”
“(実現・制御不可能な概念である)善が好くて、(実現・制御可能な観念である)悪が悪い”
“(実現・制御不可能な概念である)強が好くて、(実現・制御可能な観念である)弱が悪い”
“(実現・制御不可能な概念である)賢が好くて、(実現・制御可能な観念である)愚が悪い”
“(実現・制御不可能な概念である)富が好くて、(実現・制御可能な観念である)貧が悪い”
“(実現・制御不可能な概念である)幸福が好くて、(実現・制御可能な観念である)不幸が悪い”
“(実現・制御不可能な概念である)天国が好くて、(実現・制御可能な観念である)地獄が悪い”
“(実現・制御不可能な概念である)健康が好くて、(実現・制御可能な観念である)病気が悪い”
“(実現・制御不可能な概念である)神が好くて、(実現・制御可能な観念である)悪魔が悪い”
“(実現・制御不可能な概念である)支配者が好くて、(実現・制御可能な観念である)被支配者が悪い”
わたしたち人間だけが、悩みや苦、そして、死の恐怖に苛まれる人生に足を踏み入れた根源がここにあるのです。