第十六章 自然への回帰

本当の生=死
わたしたちが死を怖れる原因の一つは、死には明日がない点です。
“死んだら、愛する人と会うことも、話をすることも二度と出来なくなる、つまり、明日の人生がなくなる。それが死だから恐ろしい!”
しかし、生きていても明日など無いのです。
あるのは『今、ここ』だけです。
厳密に言えば、『ここ』だけです。
明日などない。
時間を究極に収斂してみるとすぐにわかる筈です。
一年、一日、一時間、一分、一秒、十分の一秒、百分の一秒、・・・・、百万分の一秒、・・・。
結局の処、
他者など何処にもいない。
『ここ』にいるのは自分独りだけです。
『ここ』にいる自分独りだけの『今』は、時間の収斂の極限値である『ゼロ時間』であって、百万分の一秒でもありません。
過去・現在・未来の現在とは、・・・百万分の一秒・・・ですが、『今』とは『ゼロ時間』、つまり、時間ではないのです。
時間とは流れる、つまり、運動することに他ならない。
『今』とは静止している状態に他ならない。
だから、死の概念=時間の概念に他ならないのです。
死の概念を持つわたしたち人間が、先伸ばしの人生を送っている証左であるとも言えます。
死の概念を持つわたしたち人間が、過去・現在・未来に想いを馳せて生きている証左でもあります。
死の概念を持つわたしたち人間が、自我意識(エゴ)を自分だと想い込んでいる証左でもあります。
『今、ここ』には明日などありません。
死とは、『今、ここ』に生きることに他なりません。

自然 vs. 科学
人間の平均寿命が80才まで伸びた日本のような先進国の一方で、平均寿命が30才にも満たない後進国が山とあります。
人口が増えている国の平均寿命が低く、人口が減っている国の平均寿命が高いという現象であります。
エイズや飢餓が原因で平均寿命が30才にも満たないアフリカの国で爆発的な人口急増現象が見られるわけです。
一見、逆現象のようです。
豊かな衣食住と医療の発達で平均寿命が伸びているなら人口も増えていい筈なのに、人口が減っている先進国。
貧しい衣食住と医療の不足で平均寿命が縮んでいるなら人口も減っていい筈なのに、人口が増えている後進国。
この逆現象を一体どう捉えたらいいのか。
先進国では、
余るほどの衣食住環境を持つ両親が世襲・相続できるのに何故子供を生まないのか。
余るほどの医療環境を持つ両親が病気の心配の無いのに何故子供を生まないのか。
後進国では、
エイズになっている両親が遺伝するのに何故子供を生むのか。
飢餓で苦しんでいる両親が食物を与えられないのに何故子供を生むのか。
一見、理解に苦しむ現象であるわけです。
わたしたち人間だけが有する知性では理解できない現象が起きているからです。
知性では到底理解できない現象とは、自然の食物連鎖の法則に因るものです。
知性に基づく科学ですべてを解決しようとする人間社会ですが、現実はそういう風には行かないことを、この現象は示唆しているのです。
知性を有しているわたしたち人間だけが、“生が好くて死が悪い”という好いとこ取りの相対一元論の「考え方」で生きているからです。
知性を有していない他の生き物は、“生も死もない”という絶対一元論の「在り方」で生きているからです。
「考え方」と「在り方」二元が分裂する人間。
「在り方」一如の他の生き物。
「在り方」が「考え方」を打ち負かすのは明白です。
一見、逆現象に見える理由の所以がここにあるのです。

厳粛な自然の法則
科学の力で平均寿命を80才まで伸ばした人間もいますが、自然の食物連鎖の法則で平均寿命が30才にも満たないようにされた人間もいて、結果的には依然人口が爆発的増加をしているのですから、自然の食物連鎖の法則は厳しい反応をこれからも人間にしてくる筈です。
人口が減少している先進国にとって、人口が急増しているのは後進国であって、自分たちの責任ではないと思っているでしょうが、それは大きな間違いであります。
数の少ない先進国が、数の多い後進国から搾取してきた結果であります。
近代社会になって人口が急増したのであって、近代社会以前の後進国では人口は急増などしていなかった。
欧米列強帝国主義が植民地政策を採って後進国から搾取しだした結果、自己防衛本能の一環として人口が増えだしたのです。
これは明らかに自然の食物連鎖の法則の為せる業であります。
シマウマを食べるライオンが、今日の糧だけでなく、明日の糧も見込んでシマウマを大量に殺すようになると、シマウマは本能的に絶滅を怖れて大量の子供を生むようになる。
食う側(支配者側)が余計な食う量を増やすと、食われる側(被支配者側)は余計な食われる量を増やす。
それが自然の食物連鎖の法則であり、延いては、食う側(支配者側)も、食われる側(被支配者側)も、自然の食物連鎖の法則を破った罰として絶滅させられるのです。
従って、他の生き物の自然の社会では、決して余計な食う量を増やすことはしません。
今日の糧だけで満足するのです。
人間社会だけが、今日の糧だけで満足せず、明日の糧まで溜め込もうとする。
その結果、支配・被支配二層構造社会を形成してしまい、オス社会を形成してしまい、世襲・相続の差別制度まで形成してしまい、挙句の果てに、差別・不条理・戦争の横行する社会にまで行き着いてしまったのです。
この悪循環はピークにまで達しています。
従って、あとを待ち受けているのは、自然の食物連鎖の法則の厳しい対応による絶滅の事態であります。
現に、カエルといった両生類は絶滅の危機に陥っており、世界の珊瑚も海温があと4℃上がると絶滅すると言われ、哺乳類の北極熊や鯨も絶滅の危機に直面しています。
これらの現象はすべて人間の為せる業であり、後進国において平均寿命がますます低くなる一方で人口が急増しているのと呼応しており、これらの現象の元凶は、先進国が自分たちの欲望のために搾取を続けていることにあるのです。
近代に入って人口が急増しはじめた原因であります。
今日の糧だけで満足せず、明日の糧まで追い求めるのが原因であります。
拝金主義とは、今日の糧だけに満足せず、明日の糧、明後日の糧、・・・、死ぬまでの糧を追い求めることであり、超拝金主義とは、今日の糧だけに満足せず、明日の糧、明後日の糧、・・・、死ぬまでの糧、更には、死んだ後までの糧を追い求めることに他なりません。
この悪循環現象を食い止めるには、“生と死を超える”という三元論の全体観に辿り着くしか方法はないのであります。