第八章 政治・経済崩壊後の人間社会

政治・経済の根幹
第七章で述べた通り、
政治の要諦はオスの役目である外敵からの防衛にあります。
経済の要諦はメスの役目である食の調達、つまり、狩猟にあります。
つまり、
生きものの基本動作である「食う・食われる」行為が、政治・経済の根幹を成すものです。
人類の場合も基本動作は「食う・食われる」行為ですが、人類が知性を得ることによって、「食う・食われる」行為が「生きるか死ぬか」の行為に変わっていったのです。
言い換えれば、
「食う・食われる」行為、つまり、「食のための戦い・種保全のために戦い」であったのが、「生きるか死ぬか」の行為、つまり、「経済・政治」の行為に変わっていったのです。
つまり、
政治・経済の根幹とは「戦う」ことにあったのです。

政治・経済と差別・不条理・戦争
人間社会だけにある差別・不条理・戦争。
人間社会だけにある政治・経済。
差別・不条理・戦争と政治・経済の共通項が「戦い」です。
つまり、
政治・経済が差別・不条理・戦争を生んでいるわけです。
この論理は誰もが納得するでしょう。
国同士の戦争は国民がしているのではなく、政治家がしているのです。
戦争の殆どの原因は経済問題から発生しています。
まさに、
政治・経済が差別・不条理・戦争を生んでいる。
逆に言えば、
差別・不条理・戦争が政治・経済を生んでいるわけです。
この逆説的論理は誰も気づかないのです。
差別をしたいから政治をするのです。
差別をしたいから経済をするのです。
不条理をしたいから政治をするのです。
不条理をしたいから経済をするのです。
戦争をしたいから政治をするのです。
戦争をしたいから経済をするのです。
この逆説的論理はほぼ真理に近い。
政治・経済問題が原因なら差別・不条理・戦争問題が結果である。
と同時に、
差別・不条理・戦争問題が原因なら政治・経済問題が結果である。

差別・不条理・戦争問題
人間社会だけにある差別・不条理・戦争は何故なくならないのでしょうか。
政治家が集まっては和平会議をしているのに、一向に平和はやってきません。
政治家が集まっては差別撤廃会議をしているのに、一向に差別はなくなりません。
政治家が集まっては不条理をなくす会議をしているのに、一向に不条理なことはなくなりません。
何故でしょうか。
差別・不条理・戦争は人類の永遠のテーマであると誰もが認めるのに、何千年の歴史の中で、差別・不条理・戦争のない時代など一度もありません。
人類が本気で差別・不条理・戦争のない社会をつくろうとしたら、とうに実現していたはずです。
どうやら、差別・不条理・戦争問題は人類にとっては建前論であって、本音ではなさそうです。
政治・経済問題が原因の結果、差別・不条理・戦争問題が起こっていることに、そろそろ気づく時がやってきたようです。

政治・経済問題
人間社会だけにある政治・経済は必要不可欠なものだと思い込んでいます。
衣食住問題は「生きる」問題に直結していて、衣食住問題を解決する手段が政治・経済だと信じているからです。
しかし、
政治・経済問題が原因なら差別・不条理・戦争問題が結果である。
と同時に、
差別・不条理・戦争問題が原因なら政治・経済問題が結果である。
となると、衣食住問題を解決する手段として政治・経済が必要不可欠な問題であるかどうかはなはだ疑問になります。
人間社会だけにある差別・不条理・戦争の方の歴史が、人間社会だけにある政治・経済の方の歴史よりも古いことは間違いないでしょう。
そうしますと、
政治・経済問題が原因なら差別・不条理・戦争問題が結果である。
よりも、
差別・不条理・戦争問題が原因なら政治・経済問題が結果である。
の方に軍配が上がりそうです。
つまり、
差別・不条理・戦争が政治・経済を生んだのです。
人間社会だけにある政治・経済は必要不可欠なものだと思い込んでいる。
衣食住問題は「生きる」問題に直結していて、衣食住問題を解決する手段が政治・経済だと信じている。
どうやら、大きな勘違いをしていたようです。

政治・経済崩壊後の人間社会
政治・経済問題が原因なら差別・不条理・戦争問題が結果である。
差別・不条理・戦争問題が原因なら政治・経済問題が結果である。
差別・不条理・戦争問題と政治・経済問題は表裏一体の関係にあったようです。
これまでの人間社会は、
差別・不条理・戦争問題を解決するために、政治・経済問題を議論してきたのですが、どうやら、お門違いだったようです。
だから、
政治家が集まっては和平会議をしているのに、一向に平和はやってこないのです。
政治家が集まっては差別撤廃会議をしているのに、一向に差別はなくならないのです。
政治家が集まっては不条理をなくす会議をしているのに、一向に不条理なことはなくならないのです。
差別・不条理・戦争問題に手をつけるのではなく、政治・経済問題に手をつけるべきだったのです。
つまり、
政治・経済のない人間社会をつくることが根本だったのです。