第六章 大企業が消滅する(2)

団塊の世代の異色性
(1)政治色・・・保守性
一部の大学生が新左翼の影響を受け、大学を封鎖するなどの学生運動がエスカレート、「全共闘世代」と言われるがそもそも大学進学率が低かったため学生運動に携わったのはほんのごく一部であり(団塊の世代で全共闘運動に関わったのは15%、多く見積もっても2割に満たない、その関わった人々も卒業とともに保守化した)、総じて保守な傾向が強かったのです。
(例)ライブドアによるフジテレビ買収騒動の最中、当時のライブドア社長、堀江貴文を支持するかというアンケートで他の世代を押さえ、最も「支持」という答えが出たのが団塊の世代であったようです。
(2)家族色・・・核家族意識
従来の家制度の意識が薄れ、核家族による家庭指向が強い。
見合い結婚と恋愛結婚が逆転した世代である。
結婚して2人前後の子をもうけ、家族のきずなを大事なものと考えているが、会社人間化して家庭をかえりみなくなった父親も多かったのです。
他の世代と比べて最も専業主婦率が高く、「女は家を守る」という考えの保守的な結婚をした世代です。

団塊の世代の青年期
団塊の世代は膨大な人口のため、幼い頃から学校は一学年2桁のクラス数であり、教室は50〜60人学級のすし詰め状態で教室不足は常態化していました。
好むと好まざるにかかわらず学校を主な舞台として競争が繰り広げられたのです。
但し、団塊の世代の受験事情と少子化の進む現代の受験事情について、「団塊の世代は受験戦争が激しかった」と評する人もいるが必ずしも適切な評価とはいえません。
団塊の世代は人口が多いが高校卒業時の大学進学率は低かったからです。
一方、現代は学生数の割に大学進学率は高いため、競争の激しさを単純比較することはできません。
当時の国公立大学の授業料は月額が1、000円で、インフレなどの物価を考慮しても現在の1万円ぐらいの感覚でした。
有名私立大を除いては、概ね国公立大学の競争率が高く、経済的に貧しい学生は地元の国公立大学進学を望む傾向がありました。
地方農村の中学校卒の若者は、高度経済成長後期であり、働き口が豊富だった東京や大阪などの大都市へ集団就職して、彼らは「金の卵」と呼ばれ、工場や商店などで大勢雇われ、日本経済の底を支えたのです。
青年期、高校から大学へ進学して都市部に集まった若者たちは既存社会への改革心に燃え、その強いハングリー精神と自己主張の強さから、いわゆる学生運動と呼ばれた大学改革やベトナム戦争反対の反体制運動に身を投じたのです。一部の青年らは全共闘運動などで政府や既成秩序に反発し過激な活動を行ったが、1969年に東大紛争が敗北に終わり、70年安保闘争も不調に終わると、多くの若者が運動から離れていき、追い込まれた一部の運動家の暴力行為はエスカレートしていきました。
あさま山荘事件や党派の分裂による内ゲバの横行などで反体制組織に対する世間の目が冷たくなると、急速に「しらけ」が進み、1970年代半ばまでにほとんどの若者が政治活動から距離を置くようになりました。
文化的側面から見ればファッションが浸透し始めた世代であり、男性はジーンズ、女性はミニスカートを好んで装い、レジャーやドライブを好むなど、そのスタイルは現代の若者文化の基盤を形成したのです。
高度経済成長をなしとげた日本で最初に青年期を過ごした世代として、それまで絶対的なものとして意識されていた欧米(主にアメリカ合衆国)と東洋(日本)の文化の対立を相対化し、両方楽しんでしまう多文化世代でした。

団塊の世代の壮年期
団塊の世代が親元から独立して家庭を持つようになると、著しい住宅不足となり、対策として、大都市の近郊には数多くの核家族向けの近代的な団地が造成されました。
大手企業は福利厚生として集合住宅タイプの社宅を構え、その周辺に生活物資を売る商店が集まり、衛星都市と呼ばれる中都市ができたのです。
大都市を取り巻く都市圏は大きく広がり、それに伴う通勤通学のための交通網の整備が急がれ、鉄道の輸送力増強や新線建設、道路の新設や拡張が行われたのです。
いわゆる、都市膨張の時代です。
1986年〜1991年のバブル景気の時代には彼らは40歳前後の働き盛りとして社会の中核を担い、企業戦士として過労死した者も多くいます。
1990年代に入って、バブル崩壊後の不景気が続くと、団塊の世代は壮年期を迎えます。
彼らの所属する日本型年功序列制度に基づく高賃金は既得権益化し、日本企業の収益性が低い要因の一つとなったといわれ、また、その高い労務負担が、1990年代から2000年代前半の若年層の大規模な就職難の原因となったとも指摘されています。
高度経済成長を支えた世代として記される場合が多いが、この世代が就職したのは中卒で1962〜1964年、高卒で1965〜1967年、大卒で1969年以降で、中学校を卒業した人々が労働力となった時代は高度経済成長の後半であるが、大卒の人々はすでに高度経済成長末期であり、この世代が高度経済成長を支えたとする見方はあまり適切ではありません。
この世代が主軸となって支えた経済成長は30代で経験した世界の機関車の時代と対米攻勢の時代、さらに40代始めのバブル景気ということになるでしょう。

団塊の世代の退職期
2007年から2010年にかけて、団塊の世代が一斉に定年退職をするため、年金制度をはじめとして、社会に大きな影響をもたらすことが予想されています。
一斉大量退職によるベテラン職員不足を回避し、技能継承のため、定年延長、再雇用等で乗り切ろうとする企業がある一方、彼らの蓄えた技術や能力、人脈を自社で生かすべく、団塊の世代の人材を獲得しようとする企業も現れています。
こうした、この世代が及ぼす多大な影響を「2007年問題」と呼ばれています。
この問題への対策として、「団塊の世代」が長年にわたり蓄積してきた知識や技能をいかに後進に伝承するかが企業内部にとどまらず、社会全体の課題となっていくでしょう。
ところが、彼らが社会人として組織で生き残るために、自身の経験やノウハウを自分の中で「閉じ込める」方法を選んできたことも事実であり、経験の伝承を実現することは決して容易ではないでしょう。
このままでは、組織として知識や技術の伝承を進めさせるための配慮を検討しなければ、彼らの莫大な財産が生かされないことになってしまう事態に陥ります。