第二章 差別・不条理・戦争の人間社会

差別・不条理・戦争の歴史観
古代、中世、近代、そして現代と引き継がれてきた従来の歴史観は、差別・不条理・戦争に明け暮れた歴史でした。
竹山道雄氏の「剣と十字架」によると、1480年から1941年までの450年の間の各国の戦争の回数は、イギリス78回、フランス71回、ドイツ23回、日本9回であったそうで、近代社会に入ってからは、一世紀、つまり、100年の間で戦争のなかった平和な時期は10年もなかったのです。
二十世紀になったら、ほとんど戦争に明け暮れていた。
一体何故でしょうか。
人間社会が「オス社会」だからです。
オスの役割は、種を提供することと戦うことだからです。
戦争の勝敗の決着がついた後に必ず起こることがメスへの暴行です。
これは何を象徴しているのでしょうか。
戦いが終わったオスの残りの役割が種の提供だからです。
オスとしての自己の存在証明がメスへの暴行なのです。
まさしく、差別・不条理・戦争はオスの本能行為の為せる業なのです。
性行為は暴行行為そのものなのです。
オス同士の闘いに勝ったライオンが、グループのメスライオン達とする交尾は壮絶なもので、すべてのメスライオンに種付けをする際のオスライオンは、メスライオンを噛み殺す勢いで、まさに、レイプ(強姦)そのものです。
ところが、そんなオス(ボス)ライオンであっても、自分が種付けした子供のライオンが、ボスの後釜にはできないのです。
世襲・相続の差別制度が一切ないからです。
オスライオンがボスライオンではない証左です。
他の生き物のメス社会では世襲・相続の差別制度はないのです。
人間の「オス社会」だけが世襲・相続の差別制度があるのです。
差別・不条理・戦争が「オス社会」の為せる業である証明です。
差別・不条理・戦争を繰り返す人間の「オス社会」のオスがメスにのべつ幕無しに種を提供するから、人口が激増するのです。
差別・不条理・戦争のない他の生き物の「メス社会」では、交尾の時期は限定されていて、数の調整をしているのです。
差別・不条理・戦争の歴史観が数の異常発生の原因なのです。


差別・不条理・戦争のない新しい歴史観
地球温暖化といった地球環境問題の原因は、一重に人類の数の異常発生にあることは明白です。
唯一の解決策は、人類の数を適正にするしかありません。
適正数の判断は、自然の食物連鎖の法則に沿ったものでなければなりません。
つまり、不増不減の法則に沿ったものでなければならない。
イエス・キリストの時代、つまり、紀元0年の頃の人口が3億だったのに対し、1500年後のルネッサンス時代でも4.3億だったのに、それから100年毎に1600年には6億、1700年には8億、1800年に10億と増えはじめ、1900年初頭に16億と急増しだし、その100年後の2000年には63億まで激増し、更に止まるところを知らない状態が現在続いているのです。
人類の数が、不増不減を堅持してきた時期は、紀元0年から紀元1500年の間でした。
紀元0年で3億人。
紀元1500年で4.3億人。
従って、人類という種の適正数はおよそ4億人だと考えていいでしょう。
現在の人類の総数は66億を超えていて、更に毎年0.8億人ずつ増え続けています。
毎年1億4000万人の赤ん坊が生まれ、6000万人が死んでいるわけです。
1500年間維持してきた4億という人口が、今では、5年間で同じ数の人間が新たに誕生しているわけです。
地球上に悪質の癌細胞が増殖している様相です。
正常な細胞というのは、およそ一ヶ月で生死を繰り返しますが、絶対に増え過ぎたり、減り過ぎたりしません。
異常な細胞が増殖する。
それが癌細胞です。
人類が癌という病気を抱えはじめたのは、近代社会が誕生してからではないかと思われます。
その理由は、先述しましたように、近代社会になってから、人類の数が急速に増えはじめたからです。
中世の時代にペストという病気が、当時の世界に蔓延して、何千万人という人間がペストで死んだそうです。
ペストは「黒死病」と言われていたそうで、まさに、「暗黒の中世」を象徴するような病気だったわけです。
癌は、異常増殖する人類ゆえに発生した病気のように思えてなりません。
更には、すべての人間が“お金がすべてだ!”と信じ込む超拝金主義の現代人間社会に相応した新しい病気が発生しています。
アルツハイマー(認知症)です。
従来のアルツハイマー(認知症)は超高齢者だけの病気でしたが、現在では若年性アルツハイマー(認知症)が発生しています。
アルツハイマー(認知症)は、“お金がすべてだ!”と信じ込む超拝金主義社会に相応した新しい病気のように思えてなりません。
現に、2000年頃から、一億総日本人の行動様式が超画一化されるという現象が表われています。
それまでは、日本人の車の運転マナーには、地域別の特徴と職業別の特徴が顕著にありました。
東京や神戸のドライバーの運転マナーは極めていいのに、大阪や京都のドライバーの運転マナーは最悪といった具合でした。
一般のドライバーの運転マナーはいいのに、タクシーやトラックのドライバーの運転マナーは最悪といった具合でした。
ところが8年経った現在では、北は北海道、南は沖縄まで、一般ドライバーからタクシーやトラックのドライバーまで、まるで同じ運転マナーになってしまったようです。
一見、一億総日本人の運転マナーがよくなったイメージですが、実はそうではありません。
一億総日本人がアルツハイマー(認知症)になっているのです。
この原因は、一億総日本人が、“お金がすべてだ!”と信じ込む超拝金主義に陥っているからではないでしょうか。