第二十一章 この世の正体

生の世界は時空世界だ。
一方、
死の世界は『今、ここ』世界だ。
従って、
生の世界とは、時間が介入する世界に他ならない。
逆に言えば、
死の世界とは、時間が介入していない世界である。
では、
時間が介入する世界とは一体どんな世界なのか?
まさに、
過去・現在・未来の世界に他ならない。
では、
過去・現在・未来という、いわゆる時間とは一体何者なのだろうか?
そこで、
未来とは、過去を映し出した映像に他ならない。
現在とは、過去を未来に映し出すための媒体に他ならない。
言い換えれば、
未来を過去に引き寄せるための道具に他ならない。
結局の処、
過去・現在・未来という、いわゆる時間とは、既に起こった事実、すなわち、既成事実の過去に他ならない。
言い換えれば、
過去・現在・未来という、いわゆる時間とは、変え難い事象を変え得る事象にしようとする不可能な想いに他ならない。
従って、
時間と空間の世界、すなわち、生の世界とは、変え難い事象を変え得る事象にしようとする不可能な想いの世界なのである。
まさに、
時間と空間の世界、すなわち、生の世界とは、映像世界である所以だ。
まさに、
映像とは、変え難い事象を変え得る事象にしようとする不可能な想いに他ならない。