第三章 文明社会は分裂症社会

21世紀に生きる我々人類は、文明社会という間違った社会から脱却した、正しい社会を新たに構築してゆかなければならない。
そして、
新しい社会=正しい社会とは、狩猟型生活から農耕型生活に移行した12000年前以来続いてきた人類の文明社会の正反対をすればいい。
まさに、
脱文明社会とは反文明社会に他ならない。
そこで、
文明社会をひとつ一つ検証してゆこう。
先ず、
狩猟型生活から農耕型生活に移行した12000年前以来続いてきた人類の文明社会=間違った社会とは、本音と建前の社会だった。
新田哲学風に言い換えれば、
本音と建前の両方で生きるということは、「考え方」として建前論があって、「在り方」として本音論が両立する、いわゆる、分裂症に陥っている状態で生きることに他ならない。
まさに、
一元論世界である自然社会の生きものは本音一元で生きているのに、二元論世界である人間社会の人類は本音と建前の二本立て(二元)で生きるようになった。
その原因が、
狩猟型生活から農耕型生活に移行したことに起因するわけだ。
なぜなら、
狩猟型生活は自分の狩猟能力次第という自己完結型の生き方だが、農耕型生活はお天道様次第という他者依存型の生き方という違いがあるからだ。
言い換えれば、
農耕型生活をするようになった人類はより高度な道具を使用するための知性(考える能力)が磨かれた結果、自他の区分け意識が芽生え、自己の想いである本音と他人の想いを推し量るための建前の両方が生じたからだ。
更に、
より磨かれた知性は、狩猟型生活の時には必要なかった蓄積の観念に芽生え、やがて、蓄積の概念(考え方)が誕生したことが大きな違いだ。
まさに、
貧富二元論の概念が誕生したわけだ。
まさに、
本音と建前二元論が誕生したわけだ。
まさに、
文明社会と呼ばれる所以がここにある。