第四章 国家の春夏秋冬

アメリカは建国が1776(独立宣言)だから、今年で建国237年の若い国家である。
一方、
日本は建国が紀元前660年だから、今年で建国2637年の古い国家である。
だが、
国家の値打ちはその建国年数の長短にあるのではなく成熟度にあって、「組織の時代」と「個人の時代」を繰り返すことによって成熟度は増してゆく。
言い換えれば、
国家の春夏秋冬のどの位置にいるかで決まる。
そういう観点では、
たとえ建国237年の若い国家であっても、共和制国家を実現しているアメリカという国家の方が、いくら建国2637年の古い国家であっても、依然君主制国家のままでいる日本という国家の方よりも成熟度においては優っているのである
そこで、
明治維新最大の陰の功労者である草莽の士、吉田松陰は享年30歳で世を去ったが、彼の辞世の句の一つを紹介しよう。
日本の歴代の支配者側についた連中は、吉田松陰の爪の垢でも煎じて呑むべきであろう。
“今日、私が死を目前にして、平穏な心境でいるのは、春夏秋冬の四季の循環という事を考えたからである。つまり、農事で言うと、春に種をまき、夏に苗を植え、秋に刈り取り、冬にそれを貯蔵する。秋、冬になると農民たちはその年の労働による収穫を喜び、酒をつくり、甘酒をつくって、村々に歓声が満ち溢れるのだ。
この収穫期を迎えて、その年の労働が終わったのを悲しむ者がいるというのを聞いた事がない。私は三十歳で生を終わろうとしている。
未だ一つも事を成し遂げることなく、このままで死ぬというのは、これまでの働きによって育てた穀物が花を咲かせず、実をつけなかったことに似ているから、惜しむべきことなのかもしれない。
だが、私自身について考えれば、やはり花咲き実りを迎えたときなのであろう。なぜなら、人の寿命には定まりがない。農事が四季を巡って営まれるようなものではないのだ。人間にもそれに相応しい春夏秋冬があると言えるだろう。十歳にして死ぬものには、その十歳の中に自ずから四季がある。二十歳には自ずから二十歳の四季が、三十歳には自ずから三十歳の四季が、五十、百歳にも自ずから四季がある。
十歳をもって短いというのは、夏蝉を長生の霊木にしようと願うことだ。百歳をもって長いというのは、霊椿を蝉にしようとするような事で、いずれも天寿に達することにはならない。
私は三十歳、四季はすでに備わっており、花を咲かせ、実をつけているはずである。それが単なる籾殻なのか、成熟した栗の実なのかは、私の知るところではない。”